私の推しは非攻略対象!~大好きな乙女ゲームの世界に転生したのに、推しのルートが存在しないってアリですか!?~

勝哉 道花

第1話 そうして『シンデレラ』は窓を割った

「あなたの言うそれは、『恋』ではありませんよ。Ms.シンデレラ」

 そうにっこりと笑うと、シンデレラの王子様は彼女の前から去って行ったのでした。


         ******


灰かぶり姫シンデレラ』の朝は早い。

 なぜなら、シンデレラには意地悪な継母と姉達がいるからだ。


 血の繋がらない継母とその姉達に、シンデレラは毎日こき使われている。

 朝は彼女達より早くに起きて朝食を用意しなければならないし、昼は広い屋敷の中の端から端まで掃除しなければならない。夜は彼女達の為に夕食を作り、お風呂を沸かす。

 灰を被りながら、それでも継母と姉達のいびりに従い、お城の舞踏会に行く事もできずに悲しみに暮れながら毎日を過ごす。

 それが『シンデレラ』の役目。

 灰かぶり姫という、お姫様主人公の物語。だからシンデレラの朝はいつだって早いのだ。



 ――……ではなく、そんな人間性ド腐れ女共の魔の手から逃げるために決まってるでしょーが⁉



 ガッシャーンッ! とその音が王立学園『フローリア』に響き渡ったのは、鶏も鳴き声をあげて直ぐの朝方の事だった。

 ついで、バタバタと、忙しない足音が学園内を駆けて行ったのは、その数瞬後の事。「学園長! 学園長!」と、庭に面する形で作られた廊下内に数人の女子生徒の焦った声が響き渡った。

 かつて中世ヨーロッパの宮廷を色づかせたというロココ様式似通った、派手やかな造りの廊下。太く大きな柱がアーチ型の屋根を支えるように等間隔に立ち並び、その天井ではいくつものシャンデリア達が朝日を受け光輝いている。

 そんな煌びやかな光景の中を、これまた派手やかで華やかな顔立ちの女子生徒達が、切羽つまった様子で駆けていく。


「何事ですかっ」と甲高い声をあげたのは、廊下の中央に立っていた妙齢の女性だった。

 女子生徒達のような華やかさはないものの、その伸ばされた背筋からは高い気品が溢れている。身に着けている服も、紫色のカートルと呼ばれる、ワンピースにも似たドレスを着ており、全体的にその年齢にマッチした落ち着いたものとなっている。


 が、落ち着いているのは恰好だけ。

 女子生徒達を見返すその顔は、怒りの二文字で染まりきっている。


 そんな彼女に、女子生徒達が縋るように駆け寄る。「学園長!」とようやく見つけられたお目当ての人物の呼称を再び叫ぶ。

 そして――、


!」


「窓が割れていました! 屋根をつたって逃げたようです!」

「掃除も洗濯も、寮の食堂のテーブルセッティングも、鶏へ餌やりも、全部終わらせないまま逃げたようでしてよ!」

「鶏さん達が憤慨していて、こちらが餌になっていまいそうですわ!」

「朝逃げですわ! 夜逃げならぬ、朝逃げですわ!」

「きぃーっ! またシンデレラですか!」


 各々に情報を提供してくる女子生徒達を前に、女性――、フローシア学園、学園長が金切り声にも似た怒鳴り声をあげた。

 その様相からは考えられないぐらいの暴れっぷりで地団駄を踏んだかと思うと、「警備兵! 警備兵はどこですか!」と、パンパンパンッと強く手を打ち鳴らし始める。

 瞬間、どこからか警備兵の男達が飛んできた。「お呼びでしょうか、学園長っ」と慌てふためきながら、学園長に向かって敬礼をする。


「シンデレラがまた逃亡しました! 今すぐ、あの子を捕まえに街へ出向きなさい! よいですか⁉ 1限目の授業が始まるまでには捕まえてくるのです! でなければ首をはねてしまいますからね!」

「が、学園長、それは別国の女王の口癖では」

「いいから、さっさとお行きっ!」

「は、はいぃいいっ」


 キッ! と睨みつけられた警備兵達が、これ以上、雇い主の血圧をあげる前にと、慌てて駆け出していく。警備兵達がバタバタと走り去る姿を見送った後、「あなた達もっ」と怒り冷めやらぬ様子で女子生徒達の方を振り返る。


「シンデレラの件はこちらでなんとかしますっ。教えにきてくれた事は褒めるべきことですが、廊下を走るだなんてそんなはしたない事をしない! 淑女ならば、どんな時であれ、ドタバタと音を立てて走るだなんて野蛮な事はお控えなさいっ」


「それから淑女なら、何があっても廊下をドタバタと走らないっ。わかりましたね⁉」と、今度は女子生徒達へ向けて、鋭い眼光が飛ぶ。

 ひっ、と小さな息を漏らしたのは誰か。しかし次の瞬間には、「は、はい、学園長っ」と女子生徒達は声を揃えて返事をした。


「わかったのなら、お行きなさい。あの子がいなかろうがいようが、授業は普通にあるんですからねっ」


「次、足音を立てたところ見ましたら、シンデレラと同じ目にあって貰いますからね」と冷たい視線が彼女達を見下ろす。その視線に女子生徒達が、再び恐怖でぎくりと肩をこわばらせる。が、再び「はい、学園長っ」と力強く返事をすると、静かに、しかし確かに足早に、そそくさと逃げるように去って行った。


 そんな己の学園の生徒達を見ながら「はぁ」と学園長はため息をつく。そうして腕を組むと、「まったく……」と苛立たしげにつぶやきながら、とんとんとん、とつま先で床を叩き始めた。


「ほんっとうに、あの小娘は問題ばかり起こして……。一体、誰の力添えがあって、没落貴族の自分が、この王国随一の名門校フローリアに通えているのかわかっていないのかしらっ。父親を亡くし、家督も権威も失った家から拾い上げてやったのは、この私だというのにっ。一体どのような教育を受ければ、あのような野蛮人が育」

「――何事だ」


 凛とした低い声が、その場に響き渡った。


 その声音に、ハッと学園長が息を飲み込んだ。そうして、「ま、まぁ」と慌てて取り繕うかのように、その顔に引きつった笑みを浮かべながら声がした方へと振り返る。


 そこにいたのは、金髪碧眼の青年だった。


 まるで端正に削りあげられた彫刻のように、目鼻立ちのくっきりとした顔だちの青年。思わず見る者の目を奪うような、華やかで芸術的な美貌である。

 しかし、その華やかさは、先刻のような女子生徒達とはあからさまに一線を引いていた。それは男女といった性別の話ではなく、もっと人としての気品、身に纏う風格に関する話だ。堂々とした、絶対的な揺るぎない凄みのようなものが、彼からは放たれている。

 例え彼の正体を知る者でなくとも、この凄みは感じ取る事ができるであろう。それはあえて言葉に直すならば、上流階級という選ばれた地位にいる者のみが持つ、貴族としての風格だった。


「フ、フロイド王子……、いらしていたのですね……」


「お気づきできず、申し訳ございません」と学園長が引きつった笑みのまま、青年――フロイド王子に頭を下げた。

 そんな学園長の態度に、ふん、とつまらないものでも見たかのように鼻をフロイド王子が鼻を鳴らす。「別によい。顔をあげろ」と下げられた頭をあげるように促す。


「それよりも、今の騒ぎはなんだ。警備兵が慌てて走り去っていくのが見えたぞ」

「え、えぇ、その……。お恥ずかしながら、生徒の一人が問題を起こしまして。その者を捕えるように命を出したのです」

「……"生徒の一人"、か」


 ちらりと、フロイド王子が警備兵達が去って行った方を見遣りながら呟く。じっと、何かを探るかのように、その瞳が廊下の奥を見やる。

 しかしそんな王子の瞳には気づいていないのか、「え、えぇっ」と学園長は慌てたように頷く。そうして、まるでこの人物に、あの娘の名は聞かせたくないとでも言うように、矢継ぎ早に問われてもいない言葉を続けていく。


「ですから、王子が気に掛けるような事ではございませんわ。私、学園長が責任をもって、それなりの処遇を行うつもりですから」


「えぇ、本当、何事も、万事、このフローリア学園長の私が解決するので問題ありませんわ」と、ニコニコと、わざとらしげに笑いながらフロイド王子を見あげる。

 フロイド王子の視線が、学園長の方へ移った。廊下の奥を探っていた王子の目が、次はその笑顔の裏にあるものを探ろうとするかのように細められる。

 が、


「…………まぁ、よい」


 しばしの無言の間の後、まるでため息でもこぼすかのように、王子が小さく口を開いた。


「確かに。この学園の生徒が起こした事は、学園長である貴様がどうにかするのが、筋といったものだろう。野暮な口出しをしてしまったな」

「滅相もありませんわ! 我が国第1王子のフロイド王子に気にかけて貰えて、野暮だなんて、そんな……」


「そ、それでは、その、私はその生徒の件で忙しいので、ここで失礼致しますわ。お、おほほほほ」と、しどろもどろに目を彷徨わせながら、学園長がずりずりと、少しずつ後ろに下がっていく。そんな彼女に、「そうか。忙しいところ邪魔したな」とフロイド王子も頷き返し、己もその場を去ろうと踵を返す。


 が、ふっと何かを思い出したかのように顎をさすったかと思うと、「あぁ、しかし」と再び学園長の方にふり返った。


「――シンデレラ我が愛しの君を、野蛮人などとは二度と言わないことだ。でなければ、あの警備兵達よりも先に、貴様の首の方がはねられることになるぞ」


「生徒ではない貴様の処遇を決めるのは、学園ではなく、国側な事を忘れるなよ?」そうニッコリと、完璧な作り笑いと共に、フロイド王子が言葉を続けたのだった。


         ******


「…………おい。行ったぞ」


 ぽつりと、そうフロイド王子が小さく呟いたのは、顔を真っ青にした学園長が、走り去って行ったあとだった。

 王子以外誰もいなくなった廊下。無音の空間の中、しばらく立ち尽くし続けた後、フロイド王子は呆れたような声音で、〝私〟に向かって話しかけてきた。


「……本当に? 行った? 誰もいない?」

「あぁ、もういない。あの権力媚びのお局は去ったぞ。……だからいい加減、その柱の影から出てきたらどうだ、シンデレラ」


「灰かぶり姫じゃなく、次は柱隠れ姫にでもなるつもりか」とフロイド王子が首を横に振る。あまりにもセンスのない言葉選びに、次の瞬間、「やだ、王子様、ネーミングセンスださ」と本音が、私と共に柱の影から飛び出していった。


「貴様……。それがあいつらから匿ってやった俺様への態度か」


 フロイド王子が引きつった声で言う。

 あ、やば、怒っちゃったかな。やばやば、と慌てて口をふさぐ。


「やっだもー、私、また思った事、そのまんま言っちゃった。フロイド王子、めんごめんご~」

「…………言ってることとやってる事が違うとわかった上でやっているのか、それは」


「反省の意思が見られん」とフロイド王子が顔をしかめる。「やだなぁ、反省してますよぉ。てへぺろん」と、反省の意を評して拳で頭をコツンと叩けば、はぁ、とあきれた顔でため息がつかれる。


「本当に、お前は貴族の女にあるまじき奴だな……。ふっ、しかしまぁ、いい。俺はお前のそういうところを気に入ってるからな。まったく。このグリム王国第1王子であるフロイド・ウェルヘルム・ヤゴード相手に、そのような態度を取る女はお前ぐら、」

「あ、ごめんなさい。私、フロイド王子のおもしれー女になるつもりはないので、フラグはへし折ってください」

「貴様……」


 フロイド王子が再び口元を引きつらせる。端麗に整えられた顔に、ピキリと亀裂が入ったかのように、浮かべられた笑みが崩壊する。

 あっ、俺様系プライドチョモランマ級独占欲マシマシ盛り付けイケメンの崩壊顔頂きましたー。『ヒロインお前にしか見せない特別な顔』系スチル一丁入りまーす、ありがとうございまーす。


(いやまぁ、確かに顔だけなら、フロイド王子って私の好みではあるんだけどさ)

 だって、最初はフロイド王子の顔に惹かれて手にとったわけだし。フロイド王子みたいな、ザ・王子さまフェイス、私めっちゃタイプなんだよねー。


 でもね、ごめんなさい。王子様。

 シンデレラの――、"私"の心は、あなたのものじゃないの。


(だっては、絶対に『推し』と発生させるって決めてるんだから!)


 だから、こんなところでフロイド王子推し以外の好感度をあげて、彼との恋愛固有ルートが発生させるわけにはいかないのよ! ――そう固い意思と共に、私は心の中で拳を天に向かって突き上げたのだった。

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