異端者明智 その4

 翌日、明智は体の具合がすこぶる悪く、朝の勤めを休んだ。宇鎮は自分と同じ目にあったのだと確信していたので、朝の勤めを休み、明智の世話をすることにした。宇鎮は昨夜の顛末てんまつを聞きだしたかった。

 明智は、宇鎮と同じことをして、同じ目にあったとだけ言うと、黙り込んでしまった。明智が憔悴しょうすいしきっている訳は、宇鎮の体験を踏まえた上で、用心深く実行したにもかかわらず、ふがいない姿をさらしていることだった。手が小刻みに震え、声もれて、まさにみじめの見本のようだった。

 宇鎮は甲斐甲斐しく世話をした。昨夜、明智が体験した金色の光に包まれる恐怖を知っているのは、明智と自分の2人しかいないのだった。

 「明智様、朝餉あさげの支度ができました。お召し上がり下さい」宇鎮は芋雑炊いもぞうすいに焚き直して持って来た。

 「さあ、何かお口にしないと力が出ませんぞ。私は食べる気がしないまま、力なく1日を過ごしましたが、他人ひとからはほうけたように見えたことでしょう」

 宇鎮は、明智の性分を熟知していた。呆けたように見られることは、明智には到底耐えられないことだったからだ。

 明智は箸を取り、雑炊を口に流し込み、宇鎮に礼を言った。

 「宇鎮、ありがとう。おいしく頂きました。ところで、あの金色の光は、一体どのようにして作られたのだろうか?」明智は平静を装っていた。

 宇鎮は突然昨夜のことを切りだされてハッとした。咄嗟に答えられずに考えていると、明智は自問自答するかのように言葉を繋いだ。

 「光の正体は、3つしかない。1つは夢だったこと。1つは妖術による光だったこと。いま1つは御仏の放つ光だったこと。さあ、ここで、宇鎮の思うところを聞かせてくれまいか?」

 宇鎮は考えることを止めて素直な気持ちを語った。

 「あれは夢ではないかと思います。普段の夢とは違う確かな現実味と、色艶いろつや、痛み、事の流れ、確かに普段の夢とはまったく異質でした。妖術ではないように思いました。光を放つだけの妖術など、あり得ないことだと思います。それに、素空が妖術を使う前に首を締め上げているのです。夜通し起きて構えていれば、顔や身のこなしに変化が現れる筈です。…そして、あの光が御仏の放つ光なら、私はとても罪深いことをしているのではないかと言う思いに駆られます。そうであれば、これまで施した仏罰はすべて御仏の意に適わぬことになりかねないのです。恐ろしいことです。私には断じて受け入れられないことです」

 宇鎮はそれっきり黙り込んでしまった。十人部屋に重苦しい沈黙が広がった。宇鎮はこれ以上話すことが、敗北に繋がることを予感していた。

 「私も夢の中の出来事だと思っている」明智が重い口を開いた。

 「妖術にしても、御仏の光だったとしても、あれくらいですむ訳がないことは容易に想像が付く筈だが、光に包まれた時、恐怖心をかきたてられたことで赦されたからかも知れない。そう言う思いも確かにある。だが、お前も私も何の変りもない。夢を見ただけかのように、何も変わりはしない。今のところ、夢であると思っておく方が無難だと思っているのだ」そう言うとまた黙り込んだ。

 宇鎮は重苦しそうに口を開いた。明智に逆らうなど普段なら決してないことだった。「明智様、本当は、私は夢ではないと言う思いが、ずっとしていました。認めることは、素空への敗北になると、思っているからです。でも、認めることが僧としての務めなのかも知れないとも思います。あれは、確かに御仏の放つ光以外には考えられないのです。明智様もお分かりの筈です。お認めになることです。どうしても夢だと仰せなら、今夜もう1度同じことをしてみてはいかがでしょうか?明日の晩も、その次の晩も、何度試みても危害を加えられることはないと存じます。御仏の放つ光ならば、2度目の御慈悲は頂けないでしょう」

 明智は力なく頷いた。

 「宇鎮の言う通りかも知れないが、2度も3度も、そう易々やすやすと同じ夢を見ることはないだろうよ。我らの意思で行なった結果なら、我々は素空にひれ伏すことになるのだ。私は耐え難い屈辱を味合うことだけは、断じて避けたいのだ」

 明智の言葉に、宇鎮は交渉事をまとめる商人のように話をまとめた。

 「暫らく、様子を見ることにしましょう。私達は少々性急過ぎたのかも知れません。ひょっとすると、2人が同じ夢を見たことが、御仏の御慈悲であり、素空への関わりを避けよとの思し召しではないでしょうか?素空はやはり、ただの僧ではないのでしょう、時を掛けて見定めることがいいと思います」

 明智は誇りを保ったまま、幕を引くことができた。

 しかし、この2人の今後は大きく変わることになるのだった。僧と言えども、真の信仰が身に付いている者ばかりではなく、人に流されたり、縛られたり、動かされたりしながら、仏道を正しく歩むことができなくなるのこともあるのだった。

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