異端者明智 その3
明智の十人部屋を出た素空は、書庫に向かった。書庫は方々にあったが、忍仁堂の書庫は、
「書庫に保管されている書籍の中で、神仏の繋がりについて調べたいのです」
崇慈大師は笑みを浮かべながら答えた。
「書庫の書籍、経典は、修行のためのものじゃよ。言わば、書籍はすべてお前さんの物も同じじゃよ。いつでも自由にお使いなされ。右の奥の棚を探すがよいぞ」
素空は、玄空の弟子であるが故の好意を受けて、またしても、深い感謝を抱いた。
崇慈大師は更に言葉を続けた。
「素空よ、我が兄弟子は、御本山に上がって7日後に認可を受けたと聞いている。同時に、希念改め、玄空と名を頂いたのじゃよ。わしはそれから1年後に御本山に上がったのじゃが、運よく玄空様のもとで働くようになったのじゃ。書庫の司書として、蔵書の整理や、貸し出し、写経などをやったもんじゃ。4年ほど玄空様のもとにいたが、可愛がってもらったよ。玄空様は多才なお方で、仏師顔負けの仏像をお彫りになったので、新堂の裏門に安置する守護神を彫られた時、当時のお大師様を嫌って山を下りなさった。わしは胸が張り裂けるほど悲しかったのを、今でもようく覚えているよ。素空が、希念と言う名で御本山に上がったことを知り、わしには、すぐに、玄空様との関わりが分かっていたんじゃよ。誠に、素空お前さんは、玄空様によく似ていいなさる。更に精進して、師を超えるほどになりなされ」そう言うと、素空に書物の閲覧を薦めた。
夕食が終わり、僧達が宿坊に戻って行く頃、素空も1冊の書籍を手に、十人部屋に戻った。そこには、
やがて、素空は梵語の書物を文机の上に置いて、紙に何やら書き始めた。
一同は、素空が唱え始めた時、素空に
明智は胸の中がざわつき、心の奥底で仏の慈悲を願う己を見た。素空の声が、今度は耳から直接入って来た。己を責め立て、罪人を罰するような、重く鋭く、更には何とも
やっと、1本目の経が終わった時、明智は激しい動悸に襲われ、2本目の経を唱えることができなかった。素空が2本目の経を唱え始め、一同がそれに続くのを聞いていたが、次第に動悸が治まり、明智も素空の後に続いた。明智はこの時初めて、心の平安を感じ、素空の前に唱えていた時とは、まったく違った心模様が心地よかった。
素空の声は、心の隅々まで浸透して行くようで不思議だった。
3本目の経が唱えられる頃、宇鎮以下7人は目に涙を蓄え、
経が終わると、すぐさま布団に潜り込み、さっきの不思議な現象を考えていた。『素空は
明智はそう結論付けたところで、まどろみの中に入って行った。
夜半、明智は妙な夢を見た。素空が妖術の修行をしているところだった。前にいるのは、顔は見えないが、素空の師玄空に間違いなかった。『玄空は本山を下りた後、恐らく妖術の修行をしたのだろう。その後、弟子の素空にも妖術の手ほどきをしたのだろうことは間違いない筈だ』
明智は、夢の中で盛んに推理を巡らした。そして、師から極意の伝授を受けるのをハッキリと耳にした。『良いか素空、そもそも妖術とは心の技である。深く心を沈めれば、
玄空の教えは、ハッキリと聞こえて来た。しかし、既に素空の前にはいなかった。
明智はドキッとして背後を振り返った。玄空の顔が不敵な笑みを浮かべて、こちらを覗き込んでいた。玄空の顔はハッキリしないまま、明智に迫って来た。妖術の呪文を唱えながら、明智にぶつかりそうになった時、目が覚めた。
明智は額に
明智は立ち上がって、素空の枕元まで歩んで行き、帯を外して素空の首に巻くと、渾身の力を込めて帯を引いたが、素空の表情は変わらなかった。更に力を込めると、素空の顔から金色の光が溢れ、光は帯を金色に染め、金色の帯がフッと消え去り、それから先も宇鎮とまったく同じことになった。
明智は『これが宇鎮の体験したことなのか?妖気はどこにもなかった筈だ』そう呟きながら、堪らず気を失った。
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