第7章 十人部屋 その1
素空が宿坊の
宇鎮は、明智が制裁を下すと決めた相手に、
当時、天聖宗の僧の飲食について、さほどの縛りはなかったが、本山での修行となると、質素そのもので、口の奢った者には、何とも味気ないものだった。
明智は切れ者で、先進的な考えを持っていた。当時としては誰も気に留めないほどの常識を、まったく別の切り口で説いて見せたりするのだが、瑞覚大師や栄信のような、言わば正しい僧は明智を嫌っていた。だが、一派の者から見ると、
明智が、山籠もりをするのは、一派30余名の賞罰のけじめのために他ならず、当然、山籠もりは褒美だった。
この
天安寺の老僧や高僧の中には、このような者が幾人もいて、仏の示す道を正しく歩む者ばかりではなかった。そのような『腐った者ども』に、明智はことあるごとに反発を繰り返し、その結果、当然のごとく一派は、老僧高僧の巧みな締め付けにあい、異端の札付きになったのだった。
瑞覚大師でさえ、明智を嫌っていると言うことは、老僧高僧の声は耳に届き易く、明智の所業が目に余るほどになって、溝がハッキリしてしまっているせいだった。
素空は十人部屋の1番年長の僧に声を掛けた。
「もし、私は素空と申します。本日よりこのお部屋に入ることになりました。皆様にお世話になりますが、よろしくお願いいたします」
「…」
「私の荷物を納めるところをお教え願えませんか?また、寝具と身の回りの物はどれを使えばよろしいですか?」
「…」
素空は聞きしに勝る僧達の無反応に驚いた。そして、これが同じように神仏を拠りどころに修行をする者のあり
この日、『自分に相手をしてくれる者は誰もいない』と割り切って自分のするべきことを次々と片付けて行った。
先ずは、
素空は、手紙を書き終わると、栄信の部屋を訪ね、滝野から本山まで仏師としてのすべての道具を送ってもらいたいが、送料は本山で負担して欲しいと願いでた。
「素空様、確かにおっしゃる通りです。お堂の建立は西院の差配ですから、瑞覚大師から興仁大師にお願いして頂くことにしましょう。ところで、素空様、明智一派の様子はどうでしたか?」
「部屋には3人いましたが、まったく相手にされませんでした。身の回りのことから不自由するのは覚悟していますが、まさか、あれほどとは思いませんでした」
栄信は誰も相手にしないことを不審に思って、更に部屋の様子を尋ねた。
「部屋の中にいた3人とは、どのような者達でしたか?」
「1人は、35、6才の目の鋭い人ですが、その人が3人の中では力を持っているのは明らかでした。2人目の人は27、8才の痩身で、眼の涼やかな人で、話しに聞く明智一派の者とは違っている感じでした。3人目は、22、3才の小太りの僧で、左耳の下に丸い
「初めの僧は
素空は、問われるままに答えた。
「初めに1人が入って来ました。背が高く、目の細い
栄信が、すぐに名を挙げた。
「最初の背の高い僧は
栄信は、カビが広がるように、明智一派の害毒が寺中を支配しないように、食い止めなければいけないと、改めて思った。
「素空様、肝心の明智がいないことに気付きました。一体どうしたことでしょう?」そう言うなり、1人の灯明番の僧を呼び、調べるように命じた。
「素空様、推測に過ぎませんが、噂によれば、明智は修行のための山籠もりを時折行っています。断食行や回峰行、滝行など様々な行を行っているそうです。天安寺内では自由な修行ができないとでも思っているのでしょうか?」栄信は暫らく考えてから、素空に気掛かりなことを伝えた。
「素空様を無視したと言うことは、明智が戻って来るまではそっとしておこうと言うことでしょう。明智の出方ひとつでどうなるかは分かりませんからね。本当に大丈夫でしょうか?」
「はい、明智様もお仲間も、御仏にお仕えする方々です。仏道に著しく背くことは、断じてないものと思います。私は、
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