第5章 鳳来山天安寺 その1
素空は
いよいよ天安寺の
見上げると
傍らの桐箱を背負い、その先の
素空が更に山門に近付くと、明らかに周りの僧達とは
「私は、
僧は、柔和な笑顔を向けて重々しく口を開いた。
「私は、
栄信は28才で、落ち着いた物腰と、理知的な目鼻立ちが印象深い僧だった。瘦身で色白だったが、弱々しさが
栄信は奥の僧院まで来て履物を脱いだ。
「今すぐに
「何をなさいますか栄信様。恐れ多いことです。濯ぎは私自身でいたしますので、どうかお先にお上がり下さい」
恐縮して拒む素空に、栄信がぴしゃりと言った。
「希念様はお大師様の大切なお客様なのですよ。ご遠慮なさいますな。さあ、お御足をおだし下さい」
素空が観念して足を差しだした。
栄信が
「栄信様、この草鞋は私が解いて供養しますほどに、どうかお切りなさいませんように…」栄信は背負った荷物の中に同じように履き古した草鞋を見てただならぬ思いを感じた。
素空が
「これはこれは、たいそう難儀いたしましたね。私など
「痛くありませんか?」栄信はそっと布を当てながら言い、素空はジッと目を閉じて答えた。「いいえ、見た目ほど痛くはありません」栄信と素空は、互いに何となく気が合うような気がした。
栄信は、忍仁堂の
素空は桐箱をしっかりと抱き、長い廊下を3度曲がり、見事な庭園を見ながら進んだ。
「失礼いたします。希念様をお連れいたしました」
「お入りなさい」柔和な声が、薄暗い部屋の奥から聞こえた。
部屋に入ると、奥の人物の輪郭は分かるものの、顔の表情までは見えなかった。
「お前さんのことは玄空からの知らせで存じていたが、姿形は、わしの想像通りであった。玄空め、見事なまでにそなたの特徴を書き表したものだ。それも、わしがどう想像するかまで考えた上のことよ。さすがは、わが友玄空じゃ。希念よ、今日からはわしの門下で修行するのだよ。諸事栄信に従い、天安寺に早く馴染むことじゃ。既に玄空から多くのことを学んでおろうが、修行の手法も様々で、経典も膨大に収蔵してある。僧も随分と仰山いる故、様々なことを思う存分学ぶが良かろう」
瑞覚大師は上機嫌だった。
素空は傍らの桐箱を開いて口上を述べた。
「これはお大師様に献上するために持参したものです。お納め下さい」
瑞覚大師は、素空が差し出した1尺5寸(45cm)ほどの薬師如来像を見るなり、目を
「見事じゃ、おお、実に見事な如来様じゃ…玄空は若い頃から才があったのじゃ。これほど見事な如来様をようもようもわしのために作ってくれたとは…」瑞覚大師は実に感じ入った様子で、薬師如来像を手に取って嘗めるように眺めた。
素空は誤解を解くには早い方が良いと思い、意を決して申し上げた。
「お大師様、誠に申し上げにくいことながら、如来像を彫りましたのは私でございます。師に教授を受けて7年、この度御本山に上がるに際して、お大師様に献上せよとの師の勧めに従いましたもので、未熟ではありますが心血を注いでおります。なにとぞ改めましてお納め下さい」
素空は整然とした語り口で、瑞覚大師の誤解を解き、改めて献上の意を示した。
「なるほど、そうであったか。希念よ、そなた、ひょっとしたら…わしの誤りは彫り手を間違ったのではなく、そなたの才を測り
「お大師様、これから希念様を宿坊にご案内いたします」栄信の言葉に、瑞覚大師が答えた。
「おお、そうであったな。明日の朝、勤めが終わったら皆に見知らせようぞ」
栄信と素空は、深く頭を下げて部屋を出た。
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