第2章 福の神 その1
その年の暮れは雪が僅かに積もるだけの暖冬だった。素空が薬師如来像を手掛けて10日ほど経った頃、隣町の商家で不思議なことが起きた。そこは、姉のマキが連れ合いと開いた店で、素空が姉のために描いた
姉が掛軸を亭主の
マキが由来を話しながら箱を開き、壁に掛けて見せた時、茂助は目を
「そうだよ、お前さんが無事で仕事ができますようにと願い、元気で帰ったらそれに感謝しようと思っているよ」
「そうだな、俺はお前がいつも元気でいますようにと願い、俺が元気で稼げることを感謝することにしよう」2人はそれ以来、朝な夕なに壁に掛けた福の神に、毎日の健康とその日の糧に感謝した。
それから3年の歳月が経ち、2人の子ができた頃、茂助は行商をやめて店を開こうとしていた。茂助はまじめなだけの男ではなかった。商売にかけては才があり、話しも上手く、客を
普段は明るいマキもすっかり笑顔がなくなり心配で仕方なかった。掛軸の前で途方に暮れながら『福の神様、心配でたまりません。店をだして失敗したらと思うとどうしたものか…』フーッと溜息を吐きながら、すがるような眼差しで眺めていたら、福の神の口元が微笑んでいるように見えた。どう見ても笑顔を向けているではないか。
マキは見間違いではないかと何度も目を瞬かせたが、やはり微笑んでいる。やがて『店をだしても大丈夫だと教えていらっしゃるんだ』と理解したマキはだんだんと気が楽になり、今までの心配が吹き飛んでしまった。
マキと茂助が店を持ち軌道に乗って来た頃、前の年に生まれた次男が
「お前さん、この子が良くなるってのは、夕べのうちから分かっていたんだよ」
「それはどう言うことだ?」
「その時何故言わなかったんだ?」
「そうだね…言っても信じてもらえないんじゃないかって思ったし、自分でも夢か
茂助は目を細めて掛軸をしげしげと眺め、手を合わせて次男の病平癒を感謝した。
「不思議なことだ。希念様はただ者じゃないよ。お前の弟はたいしたお方だよ」
「お前さん、確かに源助が描いたけど、掛軸に仕立てたのは和尚様だって聞いているよ。多分、和尚様に特別なお力があるんじゃないのかねぇ」
「どちらにしても、お寺でこのことを
茂助とマキが所帯を持って7年が経った時、本当の不思議が起こったのだった。
2人は毎年少しずつ身代が大きくなっていることを実感していた。
暮れも押し詰まり、奉公人達を里に帰して、通いの番頭と家族の6人になった。
番頭の
夕食の片付けは下働きの女の仕事だったが、今日は
「旦那様、今年1年お世話になりました。おかみさんがいらっしゃらないのに申し訳ありませんが、そろそろお
作蔵は帰りに勝手の方に声を掛けて店を出て行った。茂助とマキは、慌てて帰った作蔵のいつにない態度を
夕食の片付けが終わり2人だけになった時、どちらからともなく掛軸を眺めた。顔を見合わせてニコリと笑い、また眺めた。
「正月は家族揃ってお前の里と、お寺にご挨拶に行こうか?」
「そうだね、ずっと気になっているんだから、和尚様に相談しなくちゃね」
「そろそろ俺たちも寝るとしようか?」そう言うなり掛軸の前に立ち、合掌して今年1年の
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