第32話 足止めのセデラ沼

「はぁ~ったく、ルカスのお人好しもいい加減にして欲しいもんだぜ!」

「ご、ごめん。でも、人間の俺に対して襲って来なかったわけだし……」

「そりゃあ、アーテルの義理ってのがあるからだろ。だけど、オークの奴らが教えるなんて、あたしは思ったことなんかねえってのに!」


 ミディヌがこんなにも腹を立てているのには訳があった。

 それは、俺が呪符を使わずに徒歩で移動していることが関係している。


 加えて、俺がオークたちの言葉を一切疑わなかったことだ。

 そしてもう一つは――


「こっちニャ~! 確かミルは沼の方に行くと言ってたニャ。きっとそこでボクのことを待ってるニャ~」


 ネコのミューちゃんこと、ミュスカの言うとおりに動いているからだ。

 ミュスカがはぐれたとされる仲間のネコたちは、散り散り状態。

 何とか仲間のネコたちの名前は聞き出せた。


 名前さえ分かれば、冴眼を使って探せなくも無かったわけだが。

 そうしようとしたら、どうやらそれぞれで待ち合わせ場所を決めていたらしく……。


 その言葉を信じ、セルド村の西にあるセデラ沼を目指すことに。

 問題は沼に行くことではなく、セルド村のオークに聞いた道案内が問題だった。


「うっ!? 結構ぬかるんでるな……」

「あぁぁ、もう!! もっとも嫌な道に来ちまった! ルカス、あたしをおぶってくれてもいいんだぜ?」

「動けなくなりそうだったらそうするから、我慢して歩いてもらえると~」

「くそっ……」


 セルド村を抜けてしばらくは、何の苦労も無い草地を進んでいた。

 そこから一転、雨が降り出した途端に土がぬかるみだし、一気に歩きづらくなる。


 さらに追い打ちをかけたのが、かなり低地にある沼地だ。

 無数に見える沼と水草が繁茂はんもする浮島。これに足を取られて歩みがかなり遅くなった。


 俺はこういった環境に慣れていなかったが、任務経験があったことでまだ何とかなっている。

 しかしミディヌは双剣士。なるべくなら剣を雨に濡らしたくない思いが強い。


「早く早く渡るニャ~!」


 それに引き換えネコ族のミュスカは、さすがといった軽やかな動きを見せて、浮島を難なくクリアしていく。


「ミューちゃん、本当にこっちでいいのかな?」

「きっといるニャ! ミルたちはボクと同じく黒い毛色をしてるから、遠くからでもすぐに分かるニャ」


 ミュスカによれば、漆黒のネコノワールキャットのメンバーはみんな黒色のネコ。

 見分け方は、語尾が異なるからすぐに分かるということらしい。


 セデラ沼の奥まで行くと帝都近くの森に抜けるトンネルがあり、ミルというネコとはそこで待ち合わせを決めているのだとか。


「くっ、あたしはこれ以上進めねえ。ルカス、肩を貸せ!」

「え?」

「……お前に背負ってもらう。あたしは軽いだろうし、問題無い」

「た、確かにそうなんだけど」


 ぬかるんでいるのは俺も同じだ。

 とはいえ、ミディヌよりは軽装ということもあって、泥で動けなくなることは無い。


「――ルカス、前方に魔物だ」


 俺の判断よりも先にミディヌが俺の背中に密着してきた。

 背中に感じる感触を気にする前に、顔を上げてすぐに魔物の影が前方にあった。


「あのネコも気付いたみたいだな」

「本当だね」


 調子よく前を進んでいたミュスカも魔物に気付いたようで、俺たちの方を振り向いている。

 助けを求めているというよりはどうするかを気にしている感じか。 


 そういえばミュスカは、雑貨屋で何も武器を手にしていなかった。

 冒険者パーティーかどうかはともかく、彼女はどういう戦い方をするのか。


「!! 魔物ニャ~! ルカス、今すぐこっちに来てニャ~!」 


 いや、やっぱり戦えそうになさそうだな。


「……ルカス。あんたなら手を使わずにやれるだろ? ネコが襲われる前に片付けちまえ!」

「このままで?」

「あたしがいても関係無いだろ? ほら、とっととネコの所に進みな!」

「わ、分かったよ」


 背中にはミディヌ、前方の浮島には手招きのミュスカ。

 とにかく魔物を片付けてここを抜け出さないと、先に進めそうに無いな。

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