第14話 転移門を目指して

「ルカス、よく眠れた……?」

「ルカス!! 起きたんなら早く支度しなよ! あたしはウルシュラを起こしてくっから」


 俺はどのくらい眠っていたのか。

 初めに聞こえて来たのはナビナの声だ。次に聞こえたのが、威勢のいいミディヌの声。

 俺を起こす声ですらやたらに声が大きかった。


 ふかふかなベッドから体を起こし、ゆっくり目を開ける。


「……ナビナ、ちょっと近いんだけど……」

「ルカスの目、確かめてるだけだから問題無い」


 そう言われても、額がくっつくくらい近づかれているんだけど……。

 ナビナにその気が無くても何となく恥ずかしい。


 そんな俺に構わず、ナビナは無言で見つめてくる。

 ナビナの瞳は、細かい灰色の結晶石が混ざり合った不思議な瞳色だ。


「ん、分かった。まだまだ途中だけど、先に済ませればもっと輝きが増す」

「……覚醒は果たしたってことかな?」

「果たした。でも、まだ。その前にルカスは片付けておかないと駄目」


 ナビナの目からは先を見通す何かが見えている。

 そして完全な覚醒を果たすには、先にやらなければならないことも。


 おそらくそれは――賢者リュクルゴスとの決着。

 リュクルゴスが俺を追う限り、クランどころか冒険者ライフを送ることも叶わない。


「分かってるよ」

「うん。それならいい。それから、ルカス……アーテルが呼んでる」


 そう言うと、ナビナは満足気な顔で部屋を出て行った。

 ナビナか……未だに彼女のことはよく分からないままだな。


 アーテルがいる所に向かおうとすると、窓から見える外はすっかり暗くなっていた。

 

「ルカスさん、体の調子はもういいの? 少し顔が赤いようだけど……」

「あ、いえ、問題無いですよ。話って何ですか?」

「そうね、その前に…………」


 どういうわけか、アーテルの視線が俺の全身に注がれている。 


「その格好だとさすがに戦えないでしょうし、うちで用意した魔術師ローブを着てもらいたいんだけど……どうかしら?」

「格好……? げぇっ!? え、何で……薄いシャツ一枚に……」


 さすがに裸では無かったとはいえ。


「あなたを寝かせる時に、ウルシュラとミディヌさんが脱がしてくれてね」

「あの二人が……なるほど」


 俺だけ先に眠ってしまうとということらしい。


「そのシャツは『レグリースシャツ』っていって、ウルシュラが大量に作ったシャツなんだけど……間に合わせだから気にしないであげてね」

「……」


 アーテルからローブを渡され、すぐに着替えた。

 宮廷魔術師装備とは性能面で劣るが、身軽さがあって動きやすい感じがある。


「このローブもウルシュラが?」

「ううん、それはうちの余りも……最後の在庫になるわ。うちのお得意様が買いに来てたんだけど、最近は来なくなってね。でも結構着れるものでしょう?」


 余りものか。それでも物は良さそうだしいいけど。


「いや、なかなか着やすいですよ」


 魔法防御力は高く無さそうだけど、物理防御には強そうな感じがする。


「ところで、ウルシュラは?」

「ミディヌさんが起こしに行ってくれてるんだけど……あぁ、来たわね」


 ウルシュラは以前、ナビナに水をかけられてようやく起きた。

 ミディヌの疲れ切った様子を見ると、起こすのにかなり苦戦するみたいだ。


「おはようございます、ルカスさん~! そろそろ出発しますか?」

「まだ暗いけどね」


 俺が寝てしまった時間が中途半端だったこともあるが、夜明けまではだいぶ時間がある。


「ルカス。朝を待つ前に行った方がいいと思うぜ!」

「えっ?」

「もうすぐこの辺にまで奴ら……宮廷魔術師の連中が来るはずだ。ルカスとあたしを追ってな!」


 そうか、特務の連中だな。かなりの数が展開されているはず。

 皮肉なことに、リュクルゴスの言う代表のような奴らだ。


 そうなると夜のうちに移動するしかないか。


「ルカスさん。ここからどうやって帝国に向かうんですか~?」


 徒歩ではいずれ朝を迎えてしまう。

 それにゴブリンを相手しながら抜けて行くのも面倒だ。


「アーテルさん。ラザンジ村は今……?」

「ラザンジ? あの村はすでに廃村で、しかも獣の棲み処になっていたはずだけれど……そこに何かあったかしら?」


 バルディン帝国の宮廷魔術師なら、東西南北に位置する転移門の場所は把握している。

 だが南の転移門から転移可能なのは北のみ。一方通行で簡単には戻れない。


 問題は転移門を使わなくなって、数年以上も経っていることだ。

 果たして転移門が正常に動くかどうか。


 それに宮廷魔術師アルムグレーンでは無くなった俺が使えるかどうかも……。

 

「ラザンジ村には、帝国の宮廷魔術師が使える転移門があるんです。そこからなら北の転移門に飛べるんですが……」


 サゾン高地を突っ切るよりも、魔物の棲み処に行く方が手っ取り早いはず。


「えぇ? でも、ルカスさん。ルカスさんはもう宮廷魔術師じゃないですよね? 大丈夫なんでしょうか?」


 ウルシュラも痛いところを突くな。あれだけ興奮気味だったのに。


「もちろん確実じゃない。でも迷ってる余裕は無いし、ゴブリンに襲われるよりはマシなんじゃないかな?」

「そうね……歩くよりも早いだろうし、西の帝国に向かうなら北に行くのがいいかもしれないわ。廃村になってからは道も荒れてるけれど、ここからさほど遠くも無いわ」


 かつてのラザンジ村は転移門でしか行けず、セルド村すらも知らなかった。

 しかしけもの道となった今なら、直通で行けるはず。


「ルカスならきっと何とか出来る……行こう、ルカス」

「あたしはルカスが行くところに行くぜ! あんたは恩人だからな!」

 

 まるでウルシュラだけが渋っているように思ったのか、


「い、行きます行きます! ルカスさんなら魔物でも何でも問題無いじゃないですか~!」

「――よし、忘れ物が無いなら行こう」

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