第10話 内に眠る力の解放

 傷ついたアロンが回復し、目覚めてすぐオーディーの森にたどり着く。

 着いた矢先、手斧を持って構えていたコボルト族が俺たちを出迎えた。


 小柄ながら勇敢なコボルト族。

 彼らに怖さは無く、むしろ怯えられてしまったのは予想通りの光景だった。

 そして今は――


「……ルカス。ウルシュラは何をしてるの?」

「あ~あれは……おもてなしだね」

「…………?」


 ナビナが首を傾げるのも無理は無い。

 通常なら歓迎される側がもてなされるわけだが、


「さぁさぁさぁ! 美味しいミルクと一切れのパンを召し上がれ~!」


 なぜかウルシュラが彼らをもてなしている。

 警戒していたコボルト族から、次第に笑顔がこぼれ始めているが……。

 それが狙いだったようだ。


 農芸スキルだけにとどまらず、ウルシュラの本気度が感じられる。


「ルカス、おいら元気になれた! 以前より強くなれた気がするぞ」

「人間さま、アロンを感謝、感謝」

「アロンが元気、元気に! ありがとうありがとう。コボルト族、代表してありがとう」


 アロンが両親と一緒に声をかけて来た。

 冴眼の治癒で完全回復させたのが良かったのか。

 

 彼が元気になってくれて何より。しかし治癒前よりも強くなれた?

 ナビナが何かしたのかな……。


「ルカスさ~ん! どうですか~? コボルトさんたちは穏やかになりましたか?」


 ウルシュラがいい仕事をしてきたといった、満足気な顔で戻って来た。

 一体何をやってたんだか。


「ずっと何か作ってたのはコボルト族の為に?」

「もちろんそうです! 園芸師は何も植物を愛でたり、装備を作ったりするだけじゃありませんからね! これが私の真骨頂でもありまして~! あっ、呼ばれちゃったので行って来ますね」


 なるほど。

 確かに効率重視の冒険者パーティーだと彼女のスキルは発揮できない。

 しかし獣人を友好関係にするのは確かだ。


「ルカス、戻る?」

「アロンも送り届けたし、そうしようか」

「……コボルト族の仲間、入れる? あの子以外の大人」

「仲間か~。コボルトが勇敢なのはいいんだけどね。大人のコボルトがどれくらい強いのかも調べようが無いし……」


 クランのことを考えれば、コボルトたちを加えても良さそうだけど……。

 

「ルカスの目で見つけること、出来る。知りたい?」

「冴眼で?」

「ルカスの宝石眼は万能。だから、何でも見える。ルカスは最強を目指せる」


 そうだとすればなんでもありじゃないか。

 

「それって、相手の目を見るのかな?」

「……ナビナのそばにいたルカス。そろそろ一端の力、引き出せる。目を見れば次からきっと、目じゃなくても見える」


 いちいち目を見なくても済むようになるなら、試す価値はある。

 ナビナの能力は引き出す力なのか。


「じゃあ、見るよ?」


 俺はナビナの正面でしゃがみ、彼女の目を見つめた。

 すると呪いの宝石が光った時と同様に、一瞬だけ目がくらむ。

 

「……ルカス、もう大丈夫。ナビナを見て」


 目を閉じていた俺に対し、ナビナが促している。


「う、ん……んんん?」

「見える?」


 真正面にいるナビナの瞳が俺を見つめ、同時に輝きを見せている。

 あれ? ナビナも宝石の瞳のような。


 そう思っていると、彼女の能力が俺の脳裏に浮かび出した。


 【追従:徐々に引き出す】【追従:効果上昇】

 【追従:魔法命中率上昇】【一端の力を解放させる】

 

 これがナビナが持つスキルなのか?

 他にもあるけどまだ見えないな……。

 

 追従なんて初めて見るな。

 ナビナがそばにいるだけで強さが増すって意味になるのか。


「こ~ら! 二人とも何を見つめ合ってるんですか!! 聞いてますか、ルカスさん!」


 気付かないうちにウルシュラがそばに来ていた。

 ナビナから目を離し、ついでに彼女を見つめてみるが……。

 

「……な、何ですか?」

「あれ?」

「はっ!? もしかしてさっき口にしたのが口元に!?」


 そう言いながら、ウルシュラはごしごしと口の辺りを気にし出した。

 おかしいな。間近にいるのに見えないぞ。


「へ? い、いや、大丈夫。何もついてないよ」

「それなら良かったです!」


 ナビナの方を見ると、特に表情を変えずに立っている。

 全て見えるわけじゃないのか?


「ところでウルシュラ。足下に見える大量の枝は?」


 冴眼の能力はともかく、ウルシュラの足下には木の枝が大量に置かれている。


「これはですね、オーディーの森の木材なんですよ! これを刻んで煎じると回復薬になるそうでして! お土産に頂いちゃいました」


 すっかりコボルト族に気に入られたらしい。

 戻った先にアーテルの雑貨屋があるからもらった感じか。

 

「そういえば、コボルトの族長っているのかな?」

「ここの森は大きくないし、いないみたいですよ。なので、クランへの誘いも遠慮しちゃいました。ルカスさんも同じこと考えてましたか?」

「……まぁ、そんなところかな」

「そうですよね。あ、枝の束をロープでまとめるので待っててください~」


 本気で担いでいくつもりなんだ……。

 それはそうと、


「ナビナ。ウルシュラの――」

「相手に意識を向けられたり気づかれたり、間近にいると見えなくなる」


 そうか、ウルシュラにはすでに意識させてたな。


「遠ければ遠い方がいい。ルカスがやる気出せば、遠くの人も場所も強さも……全て見えるようになる。見たい場所、あるはず。違う?」


 俺が見たい場所はもちろん、帝国と城にいる兄リュクルゴスだ。

 おそらくリュクルゴスも俺を監視しているし、何らかの手を打っているはず。

 

 全てじゃなくても、その動きを垣間見ることが出来れば……。


「方角、方向……気にして見ればきっと見れる」

「それならやってみるよ」


 バルディン帝国がある位置はここからだと北西辺り。

 城は帝都の上にそびえている。皇帝の所にいなければ見えるはず。




 ――バルディン帝国。

 宮廷魔術師たちが通路を歩く姿、魔術演習の光景があった。


 リュクルゴスの気配を追うと、誰かの背中が同時に見える。

 あの背中はまさか……。


「ぬぅ……」

「どうかした? リュクル」


 あの後ろ姿は姉のエルセか。戻って来てたのは驚いた。

 一瞬気付かれそうになりそうだったけど、大丈夫そうだ。


「いや、何でもない。それよりエルセ。次はいつ城に戻るつもりだ?」

「さぁね。聖女は賢者と違って忙しいし、城の中に籠る暇なんてないの。リュクルこそいい加減、外に出ないの?」

「その呼び方はやめろ! ……俺は城を守護する役目がある。外は宮廷魔術師だけで問題無いからな」


 また言い訳か。中にばかりいて本当に強いのか疑いたくなるな。


は今どこに?」

「……南だ。すぐに会えるだろうがな! エルセもやるなら――」

「くだらない……」




 ――ここまでか。

 リュクルゴスを見れただけでもいいとしよう。


「……ルカスさん~? ルカスさ~ん……無視し続けられるのは悲しくなるので、返事をしてください~」

「へ? ご、ごめん、ぼーっとしてた」

「戻り支度が出来たので、アーテルさんのお店に戻りましょう!」

「そうしようか」


 なるほど。見てる時はこういうことが生じるのか。

 ナビナが頷いてるってことは、長く見るものじゃないってことだな。


 そうなると遠くを見る力をつけるより、使う力を上げる方が良さそうだ。

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