第9話 最弱の攻撃戦士

 オークの集落であるセルド村。

 ここを通るには、アーテルに認められる必要があった。


 認められると裏口に通され、オークのみが暮らす村への進入を許される。


「本当に本当に、何もして来ませんか?」


 酒盛りのオークと交渉していたはずなのに……。

 ウルシュラは何で怖がってるんだろう。

 これから獣人とも仲間になっていくし、慣れてもらわないと厳しいのに。


「俺たちは敵じゃないし、アーテルの"仲間"とされたからね。通り抜けるだけなら、特に何も心配いらないと思うよ」

「そ、それならいいんですけど~……」


 俺たちは雑貨屋アーテルの裏口からセルド村に入った。

 目的地はコボルト族の森、オーディー。


 コボルト族のアロンを送り届けることで、改めてアーテルが『協力者』となる。

 

「ところでアロン。武器はその手斧かな?」

「そうだぞ。おいら、強い! 任せろ!」

「手斧を手にしてるということは、君は戦士ってことになるのかな。魔物が出たら戦いぶりを見せてもらおうかな」


 宮廷図書館で読み漁った文献。

 それによれば、コボルトは獣人の中でも"最弱"とされている。

 しかし戦いにおけるセンスがいい。


 小柄な体格を上手く使って驚異的に素早い……など。

 これまで魔法での戦いが中心だった俺からすれば、学ぶべきものがありそうだ。


 セルド村を出た直後。

 アロンよりも小柄である獣、ラットネズミが複数匹で現れた。


 セルド村の入口は安全な雑貨屋だったが、出口側は一面森の中。

 オークが日常的に通るけもの道が続いている。


 人間の手は入っておらず、かなり複雑な地形だ。

 ラット程度ならすぐに追い払えるが……。


「そいつらはおいらがやる! おいらは素早くて強烈なんだぞ」

「自信があるみたいだね。それなら君に任せるよ」


 小さな手斧を持ちながら、アロンは複数のラットに向かって行く。

 その姿勢は見習うところがあり、彼の戦いぶりを見てから動くつもりだ。


 その様子にナビナは不安そうな表情で、


「最初からルカスが行くべき。あの子、きっと弱い」


 そんなはっきり言わなくても。

 ナビナはおれのすぐそばに立っていて、アロンが向かう姿を見ているだけだ。


 ウルシュラは――


「ミルクがいいかな~それとも~」


 コボルト族に会うと知った時から、なぜかひたすら調理している。

 後方支援職の彼女だが、直接的な戦闘以外は何か作っていたいらしい。


「ルカスさん。戦いが終わったら教えてください~。道具を片付けますから!」

「終わったらそうするよ」


 ウルシュラに話しかけたほんのわずかな時間に、ナビナから声が上がる。 


「あっ……! ルカス、あの子危ない」


 すぐに振り返り、ラットがいるところを見てみると……。


「こんなにいっぺんに厳しいぞ。こんなのは戦いって言わないんだぞ!」


 全身傷だらけになったアロンが、やせ我慢をしながら立っている。

 やはり戦うことは厳しいのか? しかし簡単に手助けをしていいのか迷う。


 アロンを見ると彼は弱り切った表情をしていて、敵への恐怖が顔に表れている。


「ルカス。大丈夫、あの子は悔しがらない。ルカスがとどめを刺すべき」

「ナビナはアロンのそばにいてあげて!」

「うん。分かった」


 ナビナも魔術が使えると最初に聞いていた。

 そばについててもらえば、アロンの傷はきっと良くなるはず。


 アロンとナビナを後ろに下がらせ、俺はラットが集まっている所に近づく。

 ラットは基本的に、自分たちよりも"弱い"相手にしか向かって来ない。

 

 村を出てすぐに現れたのもアロンを見つけたからだ。

 近付いて来ない獣に対しやれることと言えば、脅威となる力を見せるだけ。


 そう思いながら俺は手に魔力を集め、軽い風を起こす――

 ――はずだった。


 足下に見える小さな複数のラット。そこに手をかざそうとするが……。

 視界に入っていたラットが、旋風によって遠くの茂みに吹き飛んでいた。


「あれっ? まだ何もしてないのに……」


 これも冴眼でやったのか?


 魔力消耗による魔法を繰り出す場合、一瞬のためらいが生じる。

 敵の見極めや、攻撃後の後始末など。それらを考えてから行動に移す。


 それが今までやって来た任務でのやり方だった。

 しかし、自分で全く自覚の無いことが目の前で現実に起きた。


 ラット程度だと力を使うまでも無いとはいえ。

 冴眼から"敵"と認識された対象だからだろうか。


「ルカス、終わった?」

「見ての通りだよ。アロンの傷は平気?」

「痛そうにしてる。ルカスが治してあげて。ナビナ、近くで見てるから」

「え? ナビナが治癒してあげたんじゃないの?」


 ナビナは思いきり首を左右に振っている。

 魔術が使えるはずなのに治癒の出来ない魔術なのか。

 

 横になっているアロンに近づき、彼を見つめる。


「クゥゥ……」


 すると、みるみるうちにすり傷や腫れがひいていく。

 冴眼は治癒に優れた力なのか? 水も出したし、癒し効果もあった。


 しかしそれなら宮廷魔術師を消した力は……。


「……ルカスの目、使ってる感覚ある?」

「まだ無いかな。また光ってるってことだよね?」


 ナビナが軽く頷いてみせた。


「自分で分かるようにならないと眠る力、引き出せない。今使ってる力は聖石の一部」

「えっ、何でそんなことが分かるの?」


 聖石といえば、宝石鑑定屋の店主がそんなことを言っていた。

 そうなると今まで使っていた力は、全然大したことがないということになる。


「大丈夫。ルカスの力、ナビナが少しずつ少しずつ……」


 どうやらナビナは、自分のことを話す気は無いようだ。


「ルカスはアロンを見ておいて。ナビナ、ウルシュラ呼んで来る」

「あぁ、うん」


 戦わないナビナの力。

 森に暮らす普通のエルフとは違う子なのかもしれない。


 とにかくアロンが目覚めるのを待って、オーディーの森を目指すか。

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