第7話 獣人酒場の頼みごと
「ルカスさん、ルカスさん!! 大変です、大変なので今すぐ起きてください!」
んん……?
ウルシュラが俺を起こしてる?
離れの部屋だったはずなのに何でいるんだ。
ナビナは隣のベッドに寝かせてはいるけど……。
「し、失礼して叩き起こさせて頂きますよ」
「……いっ!? お、起きる、起きるから!」
結構な衝撃が頬に当たりそうだったので、慌てて目を覚ます。
ウルシュラがかなり焦った表情を見せているが、何かあったのだろうか。
「アーテルさんが大変なんですよ!! ルカスさんの力で何とかして欲しいです!」
何が大変なのかを言わず、ウルシュラの手に引かれて店先に行くと……。
オークに囲まれているアーテルの姿があった。
「何で店の中にオークが入り込んでるんだ?」
「早く早く助けてあげてください~!」
特に怖がっている様子も無いし、逃げるそぶりも見せてない。
脅されてるとしたら大変だ。冴眼で睨むか……。
「アーテルさん! 大丈夫ですか?」
「あら、もう目が覚めたの? まだ夜中なのに何か心配事でも?」
「心配も何も、オークがいるじゃないですか! 何かあってからでは――」
俺の言葉で、一斉にオークたちが俺やウルシュラに睨みを利かせる。
「心配いりませんよ。ここは獣人酒場なんですから。それも深夜限定でね!」
獣人酒場……?
ただの雑貨屋じゃなくて、獣人憩いの店でもあったのか。
よく見ると、オークの手には液体入りのグラスが見えている。
ウルシュラは怖がって、すっかり隠れてしまった。
支援職なせいもあるかもだけど、獣人相手は苦手みたいだ。
「酒場……なるほど。しかしどこから来たんです? ここがセルド村と聞いてましたが、入口なんてどこにも……」
ここには夜遅くに到着した。
セルド村の入口に建っていたのは雑貨屋のみで他は見えなかった。
オークがこれだけ集まるということは、どこかに抜け道があるはず。
「村への入口? それなら裏口にあるわ」
「えっ? 店の中からですか?」
「そう。裏口から吊り橋を渡る必要があるんだけど、村へはうちの店を通らないと行けないわね」
そうか、どうりで。
セルド村の入口を阻む様に建っていたし、そういうことか。
「村へ行き来が出来るのは深夜だけですか? 昼間は村に行けないとか?」
「そうね。セルド村はオークの集落だから、認められないと駄目かな」
サゾン高地の先は未開の地。
帝国はそこまで手を広げていなかった。
とはいえ、獣人の集落が続いていたのは驚きだ。
「ル、ルルル……ルカスさん、だ、大丈夫なんですか?」
ウルシュラが顔を強張らせながら、そぅっと近づいて来た。
そこまで無理しなくても。
「ここにいる彼らは問題無いみたいだよ」
「よ、よかったぁ~。でもそういうことなら、チャンスです!」
「……ん? チャンスって?」
「もちろん、クランへのスカウトですよ!」
クランもいいけど、パーティーメンバーを増やす方が先のような。
「ルカス。もう朝……?」
怖くないことを知ったウルシュラは、オークたちに声かけしている。
そんな中、賑やかな店内に気づいたのか、ナビナが目をこすりながら起きて来た。
「まだ朝には早いかな」
「……ん、そこにいる男の子、誰? ルカスの知ってる子?」
「へ? どこに男の子が……あれっ? いつの間にくっつかれてたんだ?」
「連れて行く子?」
ナビナが指している子はどう見ても人間ではなく、犬に似た頭部をしている。
小さめの手斧を持ってそばに立っていた。
俺よりも小柄だが、骨太で手足が長いから打撃系タイプか。
「君は?」
「おいら、アロン。アーテルの話、聞いた。仲間、欲しいんだろ? おいらも欲しい。連れてけ!」
「仲間……? もしかして冒険者仲間ってことかな?」
冒険者とクランについては、店主であるアーテルには伝えてある。
雑貨屋なりに協力するよと言ってくれたからなのだが……。
「さぁ、連れてけ!」
俺の言葉を理解しているのか不明だな。
どう見てもコボルト族の子どもだし。
とにかく、アーテルに聞いてみないと進めようがない。
「あらあら、いないと思ったらもう紹介を済ませたの?」
そう思っていたら、アーテルがアロンの頭を撫でている。
まんざらでもないのか、アロンは嬉しそうだ。
「アーテルさん。この子って?」
気付かないうちに、店内はすっかり静まり返っている。
朝が近いのか、オークたちはいなくなったようだ。
「ルカスさんに紹介しようとしてたんだけど、その子はコボルト族のアロン。途中まででいいから、仲間に加えてあげてくれない?」
「途中というと?」
「セルド村の先にオーディーって森があるんだけど、アロンはその森の子なの。しばらくここにいたんだけど、帰りたいって言いだして聞かなくてね。どう? 頼んでもいい?」
協力されるはずが、お使いを頼まれてしまった。
頼まれるのはいいとして、
「ちなみに依頼を終えたら――」
「セルド村への自由な立ち入りを認めてあげるわ! ルカスさんたちとはこれから長い付き合いになるだろうし、獣人の斡旋も出来るからね」
「獣人の斡旋……紹介してくれるってことですか?」
「そうなるわね。ルカスさんの力はともかく、ウルシュラとナビナちゃんは戦えないわけでしょ? 冒険者としてやって行くなら、戦いが好きな仲間も入れておかないと」
なるほど。村への許可を出しているのがアーテルだったのか。
斡旋となれば、獣人の仲間を得るのに苦労しなくなる。
そういえばウルシュラのスカウトは――
「ルカスさ~ん……」
ウルシュラが落ち込んだ顔で俺を呼んでいる。
分かりやすいな。
「オークのスカウトは失敗?」
「聞いてくださいよ~。それがですね、オーク用の鎧を大量に作ったら仲間になるとか言い出して……そんなの無理に決まってるじゃないですか~!」
かなり悔しかったのか、ウルシュラは肩を落として部屋に戻って行く。
交渉はあまり得意じゃ無さそうだ。
「ルカス。アロンがやる気出してる。連れて行く?」
「そうだ。おいら、役に立つ! 連れてけ」
コボルト族の森に子どもを送り届けるお使いか。
お使いとはいえ、今後獣人の仲間が増えるとすれば彼らのことを知るいい機会だ。
「夜が明けたら出発するよ。途中までよろしく、アロン」
「おいらに任せろ!」
「ルカス、もう少し眠っていい?」
「いいよ。ゆっくりおやすみ」
アーテルが言うように、攻撃が出来るのが俺だけではこの先苦労する。
それに冴眼の力を使いこなせるようじゃないと。
まずはお使いをして、それから仲間を増やしていくのがよさそうだ。
それにしても、帝都門で追い払った宮廷魔術師の連中が気になる。
おそらく俺がしたことは、賢者リュクルゴスに伝わっているはず。
帝国周辺の警戒はともかく、どこまで手を広げて来るのか。
冴眼を使いこなして、城の中を自在に見ることが出来るようになれば……。
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