47、カイト……私、頑張ったよね?



 マナ・グランドの乗りこなす馬は速い。

 そもそもの乗馬技術もさる事ながら、出陣するにあたりシャーロットから与えられた馬は、モスグリーン王国随一の名馬だった。

 シャーロットは危険に晒された時の逃走用に用意したつもりなのだが、彼女はその馬にまたがり全速で敵陣に向かって駆ける。

 手に持つ細身の長剣は、一振りで数人の兵士を薙ぎ払い、敵陣であろうとまるで平野を駆けるようだった。


 もちろん、そんな彼女の進軍に付いて来れる味方はいない。

 毎度のことだが隊列は長く伸びきり、ほぼ単騎駆け状態。

 またいつものように、後で追いついてくるだろう。

 だがそんな事、彼女にとっては関係ない。


 ただ前へ───


 目指すはサンブラック帝国の首都。

 進軍を緩めるつもりなんてまるでなかった。

 



「ひぃ! マナ・グランドだ!」


「‥‥‥どきなさい」


 

 ブシュッ!!



 彼女を目にすると、戦意を喪失する敵兵が増えてきた。

 逃げる者を追うつもりはないが、進軍に邪魔なら斬り捨てる。

 返り血で真っ赤に染まりながら突っ込んでくるその姿は、相手からすると恐怖でしかないだろう。


 ───英雄が聞いて呆れる。

 

 いったい何人殺したのかさえ、もうわからない。

 これが戦争なのだろうと割り切ってはいる。だが、もう自分は昔の自分には戻れないのかもしれないと、彼女は最近たまに思うようになった。

 

 ───いや‥‥‥どうせ、あの頃にはもう‥‥‥。


 自分に戻る場所なんてない。

 


 ズバッ!



 目の前で立ち塞がっていた兵士を斬り捨て、前を向くマナ・グランド。







 

 目的のサンブラック帝国の首都まで後少し。

 ここまでくると、流石に相手の兵士数がとんでもないことになってくる。

 サンブラック帝国からしても、たった1人の相手に防衛を突破されるのは国の威厳に関わる事、かなりの部隊を取り囲むように布陣して迎え撃って来たのだった。



「‥‥‥もう少し」


 殺しても殺しても現れる敵兵に少し疲労感を感じたが、遥か先に見えた首都の城壁が彼女を奮い立たせる。

 もはや後続の味方の部隊とは完全に分断され、周りは敵兵のみ。




「撃て!」


 号令と共に飛んでくるのは、数えきれない程の無数の矢。

 1人相手にはあまりにも大袈裟な数だが、今までの戦闘で全く通じなかったのだから、妥当かもしれない。

 彼女は飛んでくる矢を剣で叩き落としながら進む。

 その進軍が遅くなる事はなかった。



 暫くすると、突然響きわたる馬のいななきき。

 

 ───しまった‥‥‥。


 彼女の乗る馬の足に矢が刺さったのだ。

 馬は走る速度を緩め、少しすると完全に立ち止まる。

 すぐにヒラリと飛び降り、馬の頭を撫でるマナ・グランド。

 

「ごめんね‥‥‥ここまで、ありがとう」


 進行方向とは反対に馬の頭を向け、少し歩かせて自分から遠ざけた。

 自分と一緒にいなければ、命は取られないと思う。

 シャーロットから貰った名馬。

 おそらく怪我が治るようなら戦利品として、サンブラック帝国が大事に扱うだろう。


 ───ここからは本当に1人ね‥‥‥。




「馬から降りたぞ! かかれ!」


 周りを囲まれている為、敵の槍が四方から彼女を襲う。


「‥‥‥邪魔よ」


 しかし気にするのは前方のみでいい。

 何故なら彼女は進むのだから。


「うぎゃっ!」


 進路を邪魔する敵のみ斬り捨て駆け出す。


 その速さは最早人間のそれではなかった。

 彼女が通った後には、むくろと血の海しか残らない。



 この後サンブラック帝国は、マナ・グランドの本当の恐ろしさを思い知らされる事になるのだった。





 






「こいつ‥‥‥人間か?」


 サンブラック帝国の師団長の男は、自分の前に立つ血だらけの美女を見て、恐怖を覚えた。

 人知を超えている。

 一個師団をもってしても食い止める事すら出来なかったのだから。



 マナ・グランドは傷だらけになりながらも、目的の城門まで辿り着いていた。


「‥‥‥どきなさい」


 しかし、やはり彼女も人間。

 もう、剣を杖代わりにしていないと、立っている事すら困難なほど疲弊していた。

 走る事もままならなくなった彼女は、大勢の敵軍の兵士に囲まれている。


「敵は弱っているぞ、一斉にかかれ!」


 四方から襲い掛かってくるサンブラックの兵士達。

 杖代わりにしていた剣を、横凪に一回転するマナ・グランド。

 襲い掛かかった十数人の兵士達はバタバタと倒れた。

 しかし、攻撃したはずの彼女も片膝をついている。



 ───‥‥‥後、もう少しだったのにな。



 城門はもう目と鼻の先。


「‥‥‥そこをどきなさい」


 城門前の兵士達を冷たい表情で睨みつけた。

 道をあけるとは思ってなんかいない。

 彼女の最後の強がりだろう。


「マナ・グランドはもうフラフラだ! 討ち取って名を上げろ!」


 剣を構えた屈強な兵士達がまた一斉に飛び掛かって来るのが見える。

 彼女はもう限界だった。

 立ち上がる事が出来ない。



 ───カイト‥‥‥私、頑張ったよね?



 彼女は崩れ落ちながらそっと目を閉じるのだった。


 ───これでずっと一緒だよ‥‥‥。





 風───。

 目を閉じた彼女を包むように優しい風が吹いた。


 ───‥‥‥あの時と同じ。


 カイトが死ぬ前にくれた最後の合図。

 自分の事を思って使ってくれた最後の魔法。


 地面に転がるマナ・グランドの閉じられた瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。


 カイトはもういない、そんな事はわかっている。

 この優しい風は、頑張った自分へカイトからのご褒美に思えた。


 奇跡でも幻覚でもなんでも良かった。

 失った大切な人に最後の最後、会えた気がしてマナ・グランドは本当に幸せだった。


 ───‥‥‥ありがとう、カイト。


 






 身体が軽くなった。

 

 ───‥‥‥浮いてる?


 いや、軽くなったんじゃない。


 ───誰かに抱きかかえられている‥‥‥。



『ヒュルルヒュル』



 辺りで鳴り響く轟音。


 マナ・グランドが重い瞼を開け目にしたのは、自分に襲いかかってきていたサンブラックの兵士達が、突如起こった竜巻に巻き上げられて吹き飛ばされている姿だった。



「ごめん、マナ。遅くなった」


 優しい声。


 ───‥‥‥嘘。


「すぐ治療するから‥‥‥」


 やっぱり、昔から大好きだったあの声。


 振り向くと照れ臭そうに笑っている優しい顔が目の前にあった。

 自分を抱き上げてくれていたのは‥‥‥。


「‥‥‥本当に‥‥‥カイト?」


「うん、お待たせ」



「‥‥‥うえ〜〜〜ん!」


 必死にカイトにしがみつき、子供のように泣くマナ・グランドだった。

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