45、無題。



 モスグリーン王国本陣に設けられた会議室。

 マナ・グランドは椅子に座り、自分をここへ招集した人物が来るのを待っていた。


 ───おかしい。


 シャーロットは不在らしく、部下を連れて狩りに出掛けているらしい。


 今はブルターヌ連合国と睨み合っていて、いつ開戦してもおかしくないという状況。

 シャーロットが無能とは言え、いくらなんでも総大将の彼がこのタイミングで遊びに興じるだろうか。


「あのおバカ王子は何やってんだか」


 自分の仕事は、シャーロットに偽造した王の書状を渡す事。

 ただそれだけ。

 それさえ終われば、合図があり次第カイトと合流する。

 だが、その簡単な仕事さえまだ終わってない事に、マナ・グランドは少しイライラしていた。



「カイトは上手くやってるかな‥‥‥合図まだかな‥‥‥」


 ───早く会いたいよ。


 マナ・グランドはカイト・バウディの事が昔から大好きだった。

 家族を失い、一人で眠ることさえ出来なくなった彼女を、優しく包んでくれたのが彼。

 彼がいなければ、恐らく幼い頃に自ら命を絶っていただろう。

 彼女は彼の為なら何でも出来る自信があった。


 ───昨日は優しかったな‥‥‥。


 いつも自分を気遣って何もしてこない彼に、彼女は勇気を出して告白し、昨晩念願が叶い2人は結ばれている。


 ───私は世界で一番幸せだ。いっぱい好きだって言ってもらえた‥‥‥‥‥‥はっ!



 パンッパンッ。



 自分の顔がだらしなくニヤけている事に気づいたマナ・グランドは、両の掌で自らの顔を叩いた。


「まだ駄目よマナ」


 自分は、まだ簡単な仕事すら終わらせていないんだ。

 

 ───気を引き締めよう!


 その顔の表情は、国中が知る凛々しいマナ・グランドのそれに戻っている。



「‥‥‥早く会いたいな」


 しかし暫くすると、彼女の顔はまただらしなく緩むのだった。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「もっと救援を呼べ! コイツやばいぞ!」


 倒しても倒しても人が増えていく状況に、カイト・バウディは困惑していた。

 

 ───誰の差金さしがねだ‥‥‥多すぎる。


「‥‥‥ゴホッ、ゴホッ」


 咳をするたびに、おびただしい量の血を口から吐き出すカイト。

 脇腹に刺さったままになっているはじめに受けた槍の攻撃は、彼の内臓を激しく損傷していて致命傷だった。

 その後の戦闘で受けた傷も深く、もう立つ事すら出来ない。



『ヒュルヒュルルルヒュル‥‥‥ゴホッ、ゴホッ────』



「今だ、かかれ!」


 すでに座り込んでいる彼に、大人数で飛びかかってくる大男達の剣撃を躱すだけの力はもう残っていない。

 魔法の詠唱を失敗するたびに攻撃を受ける、この繰り返しだった。

 


 ザシュ、ザシュ!




『ヒュルルシュルヒュルルルルヒュル』



 剣を突き刺していた数名の大男達は、切り刻まれ血の海を作った。




「‥‥‥ひぃ、化け物だ」


 屈強な兵士を何十人も殺し、血の海の中心にいる彼は、兵士達からは確かにそう見えるのかもしれない。


「怯むな! お前らはそれでも由諸あるモスグリーンの近衛兵か! 全員でかかれ!」

 

 ───‥‥‥近衛兵。それに、この声‥‥‥。


 カイトが自分を襲った首謀者を誰か理解した時には、多くの近衛兵達の無数の剣が彼の身体を貫いていたのだった。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「死んだか?」


「‥‥‥おそらく」


「そんなチビにビビってんじゃねえ! 俺が確認する!」


 ‥‥‥クソ王子だったか。

 反乱がバレたんだな。


「シャーロット様、お気をつけ下さい!」


 持ち上げられたのだろう、身体が宙に浮いたのがわかる。

 

「俺のマナ・グランドに手を出すからこんな事になるんだ」


 ‥‥‥俺の?

 俺のだアホ。


「どうされました?」


「このチビ、なんか仰々しい書状を持ってんな‥‥‥」


「シャーロット様! これは‥‥‥アルフレド様の?!」


「なんだこりゃ! コイツら反乱する気だったのか?!」


 嘘だろ‥‥‥知らなかったのか?

 なら、なんで俺は襲われたんだよ‥‥‥。


「これは由々しき問題ですぞ!」


「アルフレドの野郎め‥‥‥お、この名前はマナ・グランドとこのチビの父親の名前じゃねえか?」


「ナイト・バウディ‥‥‥そのようですね」


「丁度いい。コイツだけは生かして人質にする」


「‥‥‥なんの為の人質でございましょうか?」


「マナ・グランドはこれで俺に逆らえなくなるだろう。チビも殺せたし、これでアイツは俺のモノだな」


 待て、俺を襲った理由って‥‥‥。


「シャーロット様、しかしマナ・グランドはこの者とかなり懇意にしていたようですので‥‥‥おそらく反乱に加担していたのではないかと‥‥‥」


「大丈夫だ、血判状に名前がない。こんなチビの名前まであるのにだ‥‥‥もし加担しているのなら、知名度の高いマナ・グランドに初めに署名させるだろう。その方が人は集まるんだ」


「流石シャーロット様」


 ハズレだアホ。

 だがこれで、とりあえずマナは反乱に関係ない事になったが‥‥‥。


「それにしても、このチビ異能の者だったとはな‥‥‥殺しておいて正解だったぜ」


「魔法‥‥‥ですか?」


 コイツら知ってんのか。


「おそらくな。これだから頭でっかちの奴は危ねえんだ‥‥‥。マナ・グランドも何か変な術をかけられてたんだろう、でなきゃこんなチビと‥‥‥」


「シャーロット様の愛は深いですな!」


「チビと一緒に出陣したと聞いた時の俺の気持ちがわかるか? 招集して、手篭めにしてやろうと思ってたのによ」


 なるほど、王都を出るところからマナが尾行されてたのか‥‥‥。

 そこまでしてて、なんで反乱は気付かなかったんだよ。


「お見事な狩りでございました!」


「よし、他の反乱に加担した人間は皆殺しにしろ。すぐ王都に馬を飛ばし報告も忘れるな」


「はっ!」


「さあ、俺の姫に会いに行くぞ!」


 ───マナを、お前なんかに渡すかよ‥‥‥。



『シュルル‥‥‥』



 ブシュッ!



 何かが胸に刺さった感覚。

 痛みはもうない。


「あぶねえ! コイツ、まだ生きてやがるぞ!」


「シャーロット様、離れて下さい!」


「首を切り落として、その穴に捨てとけ!」


「はっ!」


 浮遊感はなくなり、地面に投げ飛ばされた事がわかった。





 アイツはクソバカ王子に会ったら、偽造した王の書状を渡してしまう‥‥‥。

 流石に反乱に加担してる事が、露見するだろう。


 考えろ‥‥‥。

 どうしたらいい‥‥‥。

 

 ‥‥‥合図。

 そうか、風の合図。

 

 俺の命はもう風前の灯火だ。

 しかもマナがいる本陣ははるか遠く‥‥‥。

 出来るのか?


 いや、やってやる。


 どうせもうこの身体はもたないんだ。


 ありったけの力で!



 ───頼む気付いて、逃げてくれ。




『‥‥‥ヒュルルルシュルルルヒュルルシュル!』



 詠唱が終わると同時に、俺は────






 ───マナ‥‥‥ごめんな。

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