44、待ってるから……



 はっきり言って考えられない。

 第一部隊はこの国の最強戦力。

 

「なんで本陣の後ろに陣取ってんだよ‥‥‥」


 自国側から攻撃でもされんのか?

 いや、コレはもしかしたら、相手の裏をかいて奇襲‥‥‥なんてわけないか。

 とりあえず言えることは、この布陣は何もかもあり得ない。


 そんなこんなで、密談相手を探すのに手間取った俺は、モスグリーン王国の陣をウロウロする事になり、かなり時間をくってしまっていた。

 隠密行動しないといけないので、探すだけで一苦労である。


 太陽が傾き始め、もうすぐ夕刻という時間。


「作戦前にマナと合流は無理そうだな」


 心配してくれていたので、一言声をかけたかったのだが‥‥‥。

 まあ、俺の仕事さえ片付けば後は合図を送って、撤退するだけだしすぐ会えるか。



 第三部隊の団長とは既に密談済み。

 ちなみに第一部隊の場所はその団長に聞いた。

 後は第一部隊のゲラー団長の署名さえもらえれば、一先ず俺の任務は達成だ。


「あと少し」


 俺は第一部隊が野営している陣の、中心にあるテントへと向かう。









「承知いたしました。撤退命令が出たら、急ぎ王都に帰還致しましょう」


「理解して頂けて助かります」


 ゲラー様は話のわかる人だった。

 モスグリーン王国騎士団の筆頭で、第一部隊の団長。

 それはもう筋肉ムキムキの人を想像していたが、背の高い細身の中年男性で驚いた。

 かなり戦闘能力は高いと思われるが、頭も良く理解するのが早い。


 ───この国の人間も、まだまだ捨てたもんじゃない。


 第五部隊団長のサンス様にしてもそうだが、出世してる人には頭のキレる人が多い気がする。

 まあ、そりゃそうか。

 戦闘能力しかない人間より、間違いなく仕事はできる筈だしな。

 

 ───間口が狭いのが問題だな‥‥‥。


 基本的に戦闘能力が高くないと、国に士官すら出来ないのが駄目なんだ。

 賢いだけの人間の評価も、ちゃんと出来るようになればこの国もあるいは‥‥‥。


「撤退命令が出るのは、そろそろでございますかな?」


 立ち上がり外の様子を見るゲラー様。

 ゲラー様が開けたテントの入り口から、俺にも外の景色が少し見えた。

 日は落ち、薄暗くなり始めている。


「そうですね」


 夕刻を過ぎたので、マナが動き出したはずだ。

 偽の王の書状を提出しててもおかしくない頃だろう。


「では、少し準備をしておきましょうか」


「俺も次の行動に移りますので、これで失礼させて頂きます」


 椅子から立ち上がり、テントを出ようとする。


「カイト殿、この反乱は貴殿が肝なのだと思う。悔しいが、私などが今まで何を申し上げても、あの方は立ち上がる事はなかった‥‥‥アルフレド様とこの国の未来は、貴殿にかかってると肝に銘じ、くれぐれも命は粗末にせぬようにして下さい」


「買い被りすぎです。でも、ありがとうございます。また王都に戻りましたら、色々教えてください」


 別に命を粗末にする気は全くなかった。

 なんなら、絶対に死にたくないとさえ思っている。

 ‥‥‥まあ、今幸せだし。


「此方こそ頼みます」


 俺達は握手をして別れると、各々行動を開始したのだった。







 外に出ると夕刻はとっくに過ぎて、辺りは完全に真っ暗。


「マナは上手くやってるかな?」


 一度モスグリーンの陣地を離れ、迂回しながら本陣の側に向かっている俺。

 ここでやるべき俺の仕事は大まかに終了していた。

 後は本陣にいるであろうマナと合流して、さっさと撤退するのみ。

 それも、俺がわざわざ本陣の中心に赴く必要はなく、マナだけにわかるように遠くから魔法を使い合図を出すつもりだ。

 合図に注意しておいてと言っておいたので、気付いてくれるだろう。

 頃合いを見て本陣を抜け出したマナとの集合場所は、昼に別れた丘の上。

 そこに馬も繋いであるので、一気に王都に向かう予定だ。




「‥‥‥うわ、凄っ!」


 人目につかないよう森の木々の中を進んでいた俺は、急に開けた場所に出て、そこであるモノを発見していた。


 ───これが、ガイアの大穴。

 

 直径100メートルはあるのではないかと思われる、地面にあいた大きな穴。

 観光地のようなので訪れる人は多少いるらしいが、日が落ちて真っ暗な上に、目と鼻の先で戦争が起こりそうな為、辺りには誰もいなかった。


 ───ここがグレイの消えた場所か‥‥‥。


 日記の最後にその名前の記述がある。


「本当に底が全く見えないんだな‥‥‥深さはどれくらいあるんだろう」


 観光ガイドの本に書いてあった通り、穴の中は闇に包まれており、下からヒュウヒュウと風が吹き上げてくるだけだった。

 大昔に火山の噴火などで出来た穴だろうと、考察には書かれていたが、それにしてもただの自然現象で本当にここまで大きな穴が出来るんだろうか‥‥‥。


「グレイはこの穴に飛び込んだのかな?」


 いや、それは流石にないか。ただの投身自殺になってしまう‥‥‥。

 いかに凄い人でも、この穴に落ちたら2度と地上に戻って来れないだろう。

 俺はグレイが暗殺された場所などは、まだ詳しく知らなかった。

 アルフレド様に聞けば教えてくれるんだろうが、他にも話さないといけない事が多かったので、そんな事は後回し。

 話せる時間も僅かしかないしな‥‥‥。


「‥‥‥あ、こんな事してる場合じゃないや」


 また今度、詳しく聞こう。

 この場所もまた後日調べに来たらいい。


 マナの馬に乗せてもらえば2日で着くんだ。

 次は観光でゆっくり来れたらいいな。


 ‥‥‥一緒に来てくれるかな?

 いや、きっとアイツは─────



「お前がカイト・バウディか?」


 すぐ後ろで声がした。


 ───え?


 接近に気付かなかった‥‥‥。

 名前を呼ばれたって事は、俺狙いか?



 ブシュッ!



 距離を取ろうとした時にはもう遅く、脇腹に違和感。


「‥‥‥ぐっ!」


 脇腹に深々と槍が刺さっていた。


 ───‥‥‥やばい。



『ヒュルルシュルヒュルル』



 シュパッ!



 風の刃で槍の柄を切断し、後ろに転がり距離を取る。

 

「なんだ今のは?!」


 驚いて槍の柄の切断された場所を確認する背の高い男。

 

「‥‥‥お前、誰だ?」


 俺を刺したモスグリーン王国の鎧を着ている兵士を睨みつける。

 反乱がバレたのか?!


「おい、コッチにいたぞ! なんか変な武器を隠し持ってる!」


 その男の声で、森の中から同じ鎧を着た兵士達がゾロゾロと出てきて、俺を取り囲み出した。

 その数はざっと50人。

 刺した男もそれに合流し、兵士の中に消えた。


 ───もしかして、俺はただの兵士にやられたのか‥‥‥情け無い‥‥‥。


 痛む脇腹に手を当てると、ドロリとした液体がドクドクと出てくるのがわかる。

 まだ槍の先は刺さったままだ‥‥‥。


「‥‥‥にゃろう」


 

 俺は血の味が、口の中いっぱいに広がってくるのを感じた。

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