42、カイトが好きです。全部もらってください。
「風が気持ちいいね!」
「‥‥‥恥ずかし過ぎて、俺には何も感じられない」
「カイトは抱っこしながら乗るって、前から決めてたの!」
俺とマナはブルターヌ帝国との国境に向かっていた。
馬に乗れば3日もあれば到着する距離。
ちなみに、運動神経プッツンな俺は馬に乗れない。
「普通は後ろだろ‥‥‥」
馬を操るマナの前にチョコンと座ってる俺。
これは子供や女性が同乗する際の乗り方だ。
とても恥ずかしい‥‥‥。
草原地帯を通る街道を走っている為、ほとんど人はいないのだが、たまにすれ違う旅人や商人がいると、俺は下を向くようにしていた。
「こうやって乗ると、見晴らしもいいでしょ?」
「悪かったなチビで‥‥‥」
マナの後ろに乗ると、背の低い俺には前が見えないだろう。
「それにこうすると、私はカイトに抱きつき放題よ!」
「今から戦地に向かうんだ、程々にしとけよ?」
頬擦りされながら、偉そうに言うセリフではないな‥‥‥。
「カイトだって行きたい場所があるんでしょ? 戦場に行くのに、旅行気分なのはどっちよ!」
「‥‥‥なんで知ってるの?」
「机に置いてあった本を見た」
「変態、スケベ!」
「本当のスケベが、どんなものか教えてあげようか?」
「‥‥‥すいません、失言でした」
身動きできない俺は、何をされても抵抗できません。
「カイトはなんであんな場所に行きたいの? 大きな穴が空いてるだけなんでしょ?」
まあ、ただの観光地を紹介する本なので、別に見られて困るモノでもなかった。
「あそこは、グレイの日記の最後のページに出てくる場所なんだ」
アルフレド様から借りたグレイの日記。
『ガイアの大穴に向かう』、その言葉を最後に日記は終わっていた。
誰かに呼ばれて赴いたようだが、おそらくそこで何かあったのだろう‥‥‥。
そしてそのガイアの大穴は、今から向かうブルターヌ連合国との国境付近にある観光名所。
底の見えない大きな穴が空いてるらしい。
もし時間があるなら、覗いてみたいのは事実だ。
「ほら! カイトだってそんな事してる場合じゃないでしょ? お互い様よ!」
さわさわと身体を触ってくるマナ。
「なんか意味合いが違う‥‥‥」
「さあ、飛ばすわよ!」
俺とマナを乗せた馬は、一路ブルターヌ連合国との国境へ。
「見よ、この収穫」
昼時。
馬を休ませる為、暫し小休止。
「お見事」
マナが手に持っているのは兎。
「お昼ご飯にしよう」
ニコニコと誇らしげな顔。
「俺も負けてないぞ」
マナを待っている間に用意した焚き火。
そこで既に火にかけられている獲物を見せた。
「‥‥‥卑怯者、魔法使ったわね」
「豪華な昼食になりそうだな」
ニヤリと俺。
「いっぱい食べてやる!」
空が赤く染まりだす夕暮れ時。
「ねえねえ、まだ進む?」
「‥‥‥そうだな、今日はこれくらいにしとこうか」
「うん」
街道を外れて、少し開けた場所へ。
「マナは野宿でも大丈夫?」
「私はカイトさえ居れば、どこでも寝れる自信があるわよ」
馬を木に繋ぎながらマナ。
「‥‥‥そうですか」
「ちゃんと抱っこしてね」
「はいはい。さあ寝床と、ご飯の用意をしようか」
「はーい」
完全に日が暮れ、辺りは真っ暗。
空の星が綺麗。
「何見てるの?」
「地図」
焚き火の光源を利用して現在地を確認している。
「どんな感じ?」
「かなり進めてる。このまま行けば明日の昼頃には着くかもな」
「私の乗馬の凄さを思い知ったか?」
「凄い凄い」
3日後に到着の予定だったのだが、2日かからずに着きそうだ。
「ねえ、ちゃんと誉める気ある?」
これは失敬。
「ごめん。俺は馬に乗れないから、凄さが上手く表現できないんだ。マナは本当になんでも出来るから尊敬してる」
「‥‥‥急に真面目に言うのね」
焚き火のせいだろうか‥‥‥少し顔が赤く見えるマナ。
「誉めろって言ったのはそっちだろ?」
「ねえ、ついでにもっと色々誉めてよ」
「‥‥‥誉める?」
「なんでもいいから」
「なんだその無茶振り‥‥‥」
「私は乗馬出来るだけの女ですか?」
「そうだな‥‥‥めっちゃ強い」
「他には?」
「背が高い」
「それはあんまり嬉しくない」
「嬉しくないんだ?」
俺には羨ましくて仕方ない。
「カイトは自分より背の高い女の人は好き?」
「‥‥‥別に嫌いじゃない」
というか、皆だいたい俺より背が高い‥‥‥。
「ならいい」
「あっそう‥‥‥」
「次」
「いつも元気」
「アホっぽいからヤダ。次」
「‥‥‥なあ、明日は大変な1日になるんだから、そろそろ休まない?」
「頑張るために、もっとちょうだい」
俺の用意した寝床の毛布にくるまり、ゴソゴソしながらこっちを見つめてくるマナ。
寝るのに邪魔な上着などを、毛布の中で脱いでいるのだろう。
なんとなく見るのは悪い気がしたので、俺は焚き火に視線を向けた。
「足が早い」
「次」
「人気がある」
「‥‥‥カイトはもっと私が喜びそうな事とか言えないの?」
焚き火に木を
毛布は羽織ったままだ。
「なんで俺ばっかり‥‥‥」
「私はいつも言ってるし」
横を向くと焚き火を見つめるマナの顔。
───まつ毛、長いな‥‥‥。
「顔が可愛い」
「‥‥‥本当にそう思う?」
「うん」
「ありがとう、嬉しい。‥‥‥ねえ、顔だけ?」
此方を向く事のないその横顔は、赤く染まっているが真剣な表情。
「‥‥‥マナ、そろそろやめよう」
「なんで?」
ただでさえ、モヤモヤしていつも寝不足なのに、これ以上妙な雰囲気になると俺は本当に眠れなくなりそうだ。
‥‥‥いや、それだけじゃないな。
これ以上いくと、もう俺は我慢出来る自信が全くない‥‥‥。
「明日はお互い頑張ろうな。マナはシャーロット様達と合流して、ブルターヌ帝国と会談。俺はコッソリ行動して騎士団の団長を探し─────」
パサッ‥‥‥。
衣擦れの音。
「‥‥‥カイト、見て」
急に立ち上がり、俺を真っ直ぐ見つめているマナ。
羽織っていた筈の毛布は地面に落ちている。
───‥‥‥上着だけじゃなかったんだな。
何も身に纏っていないその姿は、淡い光に照らされてとても美しかった。
「凄く綺麗だ」
情けないが、俺はもう視線を外すことすら出来ないようだ‥‥‥。
「私はカイトが好きです。全部もらってください」
ニコリと恥ずかしそうに笑うマナは、本当に可愛かった。
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