36、王と英雄と参謀と………。
「優勝おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「士官も決まって良かったですね」
「‥‥‥経理官だね」
「‥‥‥経理官ですね」
決勝戦の次の日、俺は久しぶりにウェンディ先輩の部屋に訪れていた。
授業は休みなので、彼女に会う為だけに学園に来ている。
「事務クラスを卒業するんだから、事務員になるのが当然と言えば当然なんだろうね‥‥‥」
「‥‥‥まあ、そうですけど」
この有能な人物に金勘定しかさせない国って、本当にどうかしている‥‥‥。
「ところでバウディ君は、第二王子と一緒に決勝を観戦していたが、一体何があったんだい?」
「学園長が第二王子だって知ってたんですね」
「自分の入る学園の組織図くらい普通調べるだろ?」
「‥‥‥いえ、普通は調べません」
「そうか?」
しかもアルフレド様は公表してないって言ってたから、一体どこをどうやって調べたのやら‥‥‥。
「準決勝の勝利を疑われて、出場停止されて監視されてました」
「‥‥‥なるほど、それは大変だったね。観覧席で座ってるのを見た時は驚いたよ。まあ、君が戦場に居ないってわかったから、戦闘では利用させてもらったんだけどね‥‥‥」
「まさか弓で撃ち抜かれるとは思ってませんでした」
「そっちは大将のラール君が砦から出てた所を見ると、本隊は囮じゃなくて奇襲が囮だったんだろ? コッチの本隊を殲滅するに、彼の戦闘力は使いたいところだもんね」
「はい」
やっぱりバレてたか。
「本来なら其方の奇襲部隊を逆に利用して、攻撃するのが定石なんだろうけど、思いついたらヤリたくてウズウズして我慢出来なかった」
「決勝で何やってんすか‥‥‥」
「面白かっただろ? まあそれもこれも、君が戦場に居ないから、臨機応変に対応出来ないだろうと思っての事なんだけどね」
完全に遊ばれてたわけだ。
───まだまだ遠いな。
「参りました」
「‥‥‥それでだ、優勝した私に一つご褒美をくれないだろうか?」
「なんでしょう」
「その‥‥‥色々と思う所はあるんだろうが‥‥‥もう我慢出来ないんだ、見せてくれ!」
ウェンディ先輩は息遣いをハアハアと荒くして、此方に迫ってきた。
顔を赤くしながら、俺の両腕を掴んでくる本当は歳上の可愛らしい幼女。
───モテ期来た!
とか、少し前なら思ってたかもしれないな‥‥‥。
「‥‥‥やっぱり、気付いてました?」
この人がこんな感じになるのは、だいたいアッチ方面の話の時だ。
「私を甘く見ないでくれ。三回戦でのおかしな自然現象もそうだが、あの状況まで追い込まれた準決勝で、マナ・グランドさんに一対一で勝つのは普通不可能だろ?」
この人、俺が不正してないと思っててくれたんだな‥‥‥ちょっと嬉しい。
「ありがとうございます」
「‥‥‥なんのお礼だい?」
「こっちの話です」
「頼むバウディ君! 私に出来る事なら何でもするから!」
ゴリゴリと頭を押し付けてくるウェンディ先輩。
「‥‥‥別に何もしてくれなくて大丈夫ですから。少し離れてもらえますか‥‥‥使えません」
「これでいいか?! いつでもいいぞ!」
物凄い速さで俺から離れると、机の後ろから顔だけ覗かせて血走った目でこちらを見つめてくる。
「そこまで危なくないんで‥‥‥加減出来ますから」
「そ、そうか!」
‥‥‥さて。
「‥‥‥つまり、精霊と契約してないと使えないのか」
俺が魔法を使うと、猫のように床をゴロゴロと転がって喜んでいたウェンディ先輩。
今は少し落ち着いたようで、床に正座して俺を見上げていた。
まだ顔は赤い。
自分には使えないとわかったら、悲しむと思っていたのだが‥‥‥。
「おそらくですけど‥‥‥」
「いや、それが正しい見解だろう。それにしても、魔法と名づけるとは流石だね」
「どうしてですか?」
「グレイになぞらって決めたんだろう?」
「‥‥‥グレイって、あのグレイですか?」
愛読させて頂いた『グレイの兵法』の著者。
初代グリーン王と共にモスグリーン王国の礎を築いた英雄アレクの参謀。
歴史書に名前がほとんど出てこない謎の多い人物。
「うん。そのグレイだ」
「‥‥‥いや、小さな頃に読んだ本に魔法って名前が出てきたんですよ。『ラットの伝説』っていう誰も知らないような、怪しげな昔話なんですけど」
主人公のラットが、妙な力を使い国を平和にする、あまり知られていないマニアックな子供向けの昔話。
「ああ、それで合ってるよ」
「合ってる?」
「バウディ君、勉学不足だよ‥‥‥グレイのフルネームを知らないようだね。英雄アレクの参謀にして、モスグリーン王国の軍師。後に兵法の元となる八陣図を作成した彼の名前はグレイ・ラット」
「‥‥‥ラット?!」
「うん。『ラットの伝説』は彼をモチーフにして作られた話だと、その筋では有名だよ」
その筋とはオカルト方面の方々だろう。
本当に、俺の勉強不足と言っていいのだろうか‥‥‥。
「‥‥‥グレイは魔法を使えたって事ですか?」
「これは確かな情報ではないが、精霊語の解読もグレイの功績だと言われてるんだ」
「マジすか‥‥‥グレイって何者なんです?」
「フフフ、君は少し歴史や古文書の勉強をした方がいいかもね」
久しぶりに聞いた、ウェンディ先輩のフフフ。
「それ、アルフレド様にも言われました」
「アルフレド第二王子か、見る目はありそうだね」
「ひょうひょうとした、掴みどころのない人ですよ」
「君達3人の関係を聞いていると、なんだか羨ましくなるな‥‥‥」
少し悲しそうな顔をするウェンディ先輩。
「‥‥‥急にどうしました?」
羨ましい?
ウェンディ先輩が人に嫉妬とは珍しい。
「まるで歴史書のまんまだよ」
‥‥‥あ、なるほど。
モスグリーン王がアルフレド様。
英雄アレクがマナで、俺が‥‥‥。
「‥‥‥アルフレド様は第二王子で王にはなれませんし、そして俺はあの人の部下でもなんでもないですよ。英雄繋がりで同じなのはマナくらいですか?」
「うん、今はね。だけどこの荒れてる世界情勢の中で、可能性を秘めた3人が集まったわけだ」
「世界情勢って荒れてるんですか?」
そういえば、肉ダルマ馬鹿王子も本日どこぞに、ご出陣するとか言ってたな。
「スペクト条約機構の主たるモスグリーン王国の権威が落ちてきてるんだよ。このままだと、おそらく世界はまた戦乱に巻き込まれる」
「‥‥‥スペクト条約機構?」
スペクトとはこの世界の名前だ。
「そろそろ君も世界情勢を勉強してもいい時期かもね」
「‥‥‥それも言われました」
アルフレド様に。
「うん。いい主君だ」
また少し悲しそうな顔。
「どうしたんですか、今日はおかしいですよ?」
「やはり、私は君に少し嫉妬しているのかもしれないね。魔法は使えるし、第二王子とは言え王族に目をかけられている。私はもう、この国では何も出来ないと諦めかけていたというのに‥‥‥」
「何言ってるんですか‥‥‥俺は、今回の合戦大会で士官の道が完全になくなったんですよ? それに比べてウェンディ先輩は国で働けるじゃないですか」
「経理官じゃ世界は救えない‥‥‥」
「‥‥‥世界?」
国じゃなくて?
「フフフ、すまない。ここで愚痴っても仕方ないね」
いつものようにニコニコと笑顔。
「あ、そうだ! アルフレド様が、ウェンディ先輩と会って話してみたいって言ってましたよ」
「第二王子は立場上、簡単に人に会うのは無理だろ?」
「なんか、本当になんでもわかるんですね‥‥‥時期を見計らって会いたいって言ってました」
「ありがとう、取り乱して悪かったね。その連絡が来るまで、もう少しだけこの国の様子を見守ってみる事にするよ」
ウェンディ先輩はそう言うと、床に転がりゴロゴロし始めた。
「‥‥‥何か俺に出来る事ないですか?」
「君は優しいね」
「‥‥‥」
いつも元気なウェンディ先輩の暗い顔は見てると辛い。
「じゃあ、今だけギュッとしてくれないかな?」
そう言うと顔を下に向けた。
表情が見えない。
ギュッとって‥‥‥。
‥‥‥抱きしめろって事?
───モテ期!
「‥‥‥あの、えっと‥‥‥」
静かな部屋に響くクスクスと笑う声。
「フフフ、騙されたね」
顔を上げる幼女。
その顔はだらしなくニヤニヤしている。
───やられた‥‥‥。
「‥‥‥やめてください。その冗談は本当に良くない」
「割と本気で悩んでくれたね。私もまだまだ捨てたもんじゃないって事かな」
ニヤニヤと嬉しそう。
「心配して損しました」
「すまない。ちょっと困らせてみたくなった」
「もう帰りますね! 明日から授業が始まるんですから、ちゃんとご飯食べて寝て下さいよ!」
「ちゃんと食べて寝るよ」
笑顔のウェンディ先輩。
───まあ、元気が出たならいいか。
ただ、俺はその時、目の前で笑うウェンディ・ノースが、何故か遠くの存在に感じられたのだった‥‥‥。
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