35、───良いよ、ついてくから。



「つまらん大会になったな」


 決勝が終わり、席を立とうとした俺達に話しかけてきたのは、多くの取り巻きに囲まれた筋骨隆々な肉ダルマだった。


「これはこれはシャーロット様、このような所にどうしました?」


 席を立ち跪くアルフレド様。

 続いてマナも跪いたので、なんとなく俺も真似してみる。


「コソコソと端っこで戦っていたと思ったら、弓の一本で戦闘終了とはな‥‥‥あんな小細工ばかりの戦い方では、戦争では全く役に立たん」


 確かに一本の弓で勝敗は決したが、そこまでの過程に色々あったんだけどな‥‥‥。


「しかも偉そうにしてたくせに、あんな弱々しい事務クラス相手に負けるとはな。マナ・グランドよ、準決勝でワザと負けて決勝に進ませたようだが、流石に情けなくてそんなチビに愛想を尽かしただろ?」


 俺、偉そうにしてたっけ?

 

「シャーロット様、ウェンディ・ノースの率いる事務クラスの戦いは、素晴らしかったと思います。それにカイトはあらぬ疑いをかけられ、決勝には出場しておりませんが?」


「ああ、あの小娘の弓術には目を見張るものがあった。結局モノを言うのは武力だと言う事が証明されただろ? 後、どうせこのチビはクラスの者に入れ知恵くらいしてたんだろ? 負けは負けだ、素直に認めて早く俺の元に来い」


「‥‥‥」


 無言のマナの顔から表情が消えた。


「シャーロット様、明日は早朝より出兵だと聞いていますが、このような所で貴重な時間を使っていて大丈夫なのですか?」


 空気を読んだアルフレド様。


「アルフレドまさかお前、このチビに肩入れしてるのではなかろうな?」


「ご冗談を。この者の監視をしていただけですよ。出兵にあたって報告したい事がありますので、王宮に戻りましょう」


「報告? なんだ?」


「それはここでは‥‥‥人目もありますからね」


 アルフレド様はワザとらしく俺の方を向いた。

 あ、俺が人目ね。


「国の大事をこんなチビの前では話せんか‥‥‥」


 ニヤニヤ笑う肉ダルマ。

 チビチビうるせえな‥‥‥。


「マナ・グランドよ、俺は明日から暫くの間、国を空ける。帰ってきたら会いに行くから、その時返事を聞かせろ。自分の立場をよくよく考えろ。いい返事を期待している」


「‥‥‥」


 相変わらず無言のマナを舐めるように見ると、取り巻きを連れこの場から去ろうとする肉ダルマ馬鹿王子。


「あの、チビから一つ質問よろしいでしょうか?」


「‥‥‥お前自分に発言権があると思ってるのか?」


「合戦大会で活躍したら、事務クラスの人間でもシャーロット様の御威光で拾い上げてくれると言われた話って、どうなりましたかね?」


「お前、不正まで働いておいて、士官出来ると本気で思っているのか?」


「いえ、俺じゃなくて、優勝した事務クラスの人間です」


「‥‥‥なんだお前、あの色気のないチビ女となんかあんのか?」


 確かにウェンディ先輩に色気はない。

 しかし士官に色気は関係ない。

 そして俺とも特に何もない。


「合戦大会で優勝クラスを率いた人間ですから、士官出来ますよね?」


「今回の大会で優勝しても特に何も凄くないだろ? 陰謀が渦巻いた、つまらん大会だったんだ。その証拠に見ろ、観客すら全く居ないではないか」


 両手を広げ周りを見渡す肉ダルマ。

 確かに観覧席に人はほとんどいない。


「約束を違われる王に民は付いてきませんよ?」


「‥‥‥一丁前に」


「御高名なシャーロット様は、こんなチビの民草との約束でも、お守り頂ける方だと思っていたのですが‥‥‥」


「‥‥‥おい、あの事務クラスの女の名前は?」


 後ろにいる取り巻きに何か確認して、またコチラを向いた。


「いいだろう、約束は守る。事務クラスのウェンディ・ノースの士官を許す。来年から経理官として働かせてやろう」


「経理官? 参謀の間違いでしょ?!」


「参謀なんかにするわけないだろ」


「優勝ですよ?!」


「これだから戦闘能力のない人間は駄目なんだ。何も出来ない自分達を棚にあげて、せめて勉学でもして役職につこうと女々しい考えがバレバレなんだよ。俺が王になったら、参謀なんて職自体なくす。そんなもんがあるから、お前らみたいな国に寄生する奴らが現れるんだ」


 ウェンディ・ノースが経理官‥‥‥ありえない。


「そんな俺達事務クラスに負けた通常クラスの人間は、騎士として士官出来るんでしょ?」


「どうせその女、お前と一緒でいやらしい手を使って決勝まで勝ちぬいたんだろ? おそらく相手チームに身体でも差し出してたんだろうな。あんなチビ女のどこか良いって言うんだ‥‥‥」


「ウェンディ・ノースはそんな人間じゃない」


「事務クラスの人間は悪知恵が働くからな、参加させるんじゃなかった。今回の大会は我が国の恥でしかない‥‥‥」


 そう言い残し王宮に戻ろうとするバカ王子。


「待て、取り消せ」


「‥‥‥お前、誰に向かって口利いてるんだ」


「‥‥‥」


「マナ・グランドの家族だって言うから色々大目に見てやってる事、忘れてるんじゃないだろうな?」


「‥‥‥」


 やばい。

 俺も限界かもしれない。

 もう、こんな国もコイツもどうでもよくないか?


 

 隣で跪き下を向いていたマナを見た。


 ───もう良いよな?


 ニコリと笑いながらコチラを見つめてくるマナ。

 なんとなく意思が通じた気がした。

 

 ───よし。





 立ち上がろうとした俺を止めたのは、自分では使うがあまり耳馴染まない言葉だった。



「ヒュルルルヒュルルシュルヒュル」



 ───精霊語?!



「‥‥‥どうしたアルフレド。急に変な声出すな」


「申し訳ありませんね。ちょっと昨日から風邪気味でして、喉に何か絡むんですよ‥‥‥ゴホンッゴホンッ」


「おい、うつさないでくれよ」


「‥‥‥どうも身体の調子が良くありませんね。シャーロット様、そんなチビほっといて早く戻りましょう。戦地に赴かれる前にどうしても耳に入れときたい話なんですよ」


「‥‥‥お前は本当にいつも自分勝手だな」


「さあ行きましょう。私の身体がもう持ちません」


 ニコニコと笑いながら先に歩き出すアルフレド様。


「マナ・グランドさっきも言ったが、俺が帰るまでによく考えておけよ。そんなチビにこれ以上関わるとお前の士官に影響するぞ」


 クソ馬鹿王子も取り巻きを連れて去って行った。







「カイト‥‥‥大丈夫?」


「マナもよく我慢したな」


「私は少し大人になったのです。これ以上カイトに迷惑かけたくないからね」


 観客席に座って夕暮れの空を見上げる俺とマナ。

 周りには誰もいない。


「ねえ、アルフレド様がヒュルヒュル言ってたのって、精霊語だよね?」


「うん」


「何か魔法を使ったの?」


「いや、魔法は精霊と契約してないと使えないから、俺だけにわかるように精霊語で話しかけてきたんだよ」


「あの人凄いね、精霊語も話せるんだ」


「オカルトマニアなんだろうな」


「なんて言ってたか聞いていい?」


「『今は耐えろ、いずれ決する』だって」


「‥‥‥どういう意味?」


「いずれ国獲りでもするんじゃない?」


「へぇ」



 夕暮れの空はとても綺麗だった。

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