34、何言ってるかわからない。



 合戦大会。

 モスグリーン王国士官学校が開催する、一般の人も観覧可能な一大イベント。

 決勝ともなると入場出来ない人も出る程の人気らしい。

 特に昨年はマナ・グランド見たさに駆けつける人が後を立たず、入場出来ない観客が学園をぐるりと囲むように列を作ったのだとか。


「‥‥‥そして、今年の決勝の観客数は、長い学園の歴史を大きく塗り替える最低人数なんだって」


 ガラガラの観客席にポツンと座る俺とマナ。

 

 ───他のクラスの生徒もほとんど来てないな‥‥‥。


「これがこの国における現時点での、国民の素直な感情だよ」


 声がした方を振り向くと、細目の銀髪王子が立っていた。


「マナもいますし、今は俺達に関わらない方が良いのでは?」


 俺の横に腰を下ろし、ニコニコと校庭に設営された戦場を見つめているアルフレド様。


「今日はね、君の見張り役を買って出たんだ。これで堂々と一緒に観戦できるだろ?」


「見張りですか」


「そうそう、悪い事しちゃ駄目だよ」


 相変わらず穏やかな表情。


「アルフレド様、カイトは悪い事なんて何もしません」


 マナは冷たい表情。


「おやおや、怒られてしまった」


「‥‥‥マナ、今のはアルフレド様の冗談だから」


「え? そうなんですか?」


「いや、カイト君に悪さされると、シャーロット様に愚痴られるから僕は本気だよ」


「ほら!」


「‥‥‥アルフレド様、あまりマナをからかわないでください」


「え?」


「すまない。君達を見てるとどうしてもね」


 細い目を一層細くして、クスクスと笑う第二王子。


「そんなだから、誰も付いてこないんですよ」


「その言葉は結構胸に刺さるかも‥‥‥。だってさ、いつもツンツンしてるマナ・グランドが、君の前だとそこらの少女と変わらない表情してるんだよ? これは普通冷やかすだろ?」


「‥‥‥なんですかそれは」


 アルフレド様の性格には、少し難がある事が判明した。


「私の話はいいとして、2人共そろそろ始まりますよ」


 校庭を見るように促してくるマナ。

 見ると両クラスの人間がゾロゾロと砦から出てきていた。


 ───やっぱり向こうも出てきたか。


「あっちは鶴翼かな?」


「みたいですね」


 鶴翼の陣。

 大将を中心に翼を広げたような形の為、こう呼ばれるらしい。

 

「そこまで戦力差があるとは思えないのに、大胆な陣形を敷いてきたね」


 鶴翼の陣は戦力の高い部隊が敷くと、翼の部隊で敵を包囲し一気に殲滅できるかなり効果的な陣形。

 だが、戦力差がないと左右に伸びる翼の部隊を各個撃破されたり、大将狙いで正面突破されたりする危険性がある。


「アルフレド様、兵法お詳しいですね‥‥‥」


「伊達に暇人はしてないよ」


「なるほど」


「コチラはどうするんだい?」


「実は鶴翼で来るんじゃないかと思ってました。ウェンディ・ノースは割と王道の攻めが好きなんで‥‥‥昨日の準決勝も初めは、ほぼ横陣みたいだったって聞いてたんで」


「面白いね。お互い相手の手の内は、知り尽くしてる感じになるのかな」


 ニコニコとアルフレド様。


「‥‥‥ねぇカイト、私全然わかんない」


 一人だけ話しに入ってこれないマナ。

 英雄になろうって人間が、初歩の陣形すら知らないのはかなり問題があると思うのだが‥‥‥。

 まあ、これがこの国の方針。

 士官学校でも一切習わないのだから、マナが知らなくても仕方ないんだろう。


「マナ、今度教えてあげるよ。戦闘が色々楽になる筈だから」


「なんか面倒臭そうだからヤダ。私が戦う時はカイトが全部ヤッテ」


「国の英雄候補の自覚ある?」


「おめでとうカイト君。マナ・グランドの参謀に抜擢されたね」


 クスクス笑うニコニコ王子様アルフレド。


「‥‥‥俺達で勝手に決めていいもんでもないでしょ」



 ジャーンッ! ジャーンッ!ジャーンッ!



「あ、始まったようだよ。こっちの陣形は‥‥‥おや? カイト君、アレはなんて陣形だい?」


「よくぞ聞いてくれました。アレはウェンディ先輩にもまだ見せた事がない、俺が考案した守備の陣です」


 大将ラールを最後方に、その前を扇が広がる形で人を配置した陣形。


「魚鱗の陣の反対向き?あの陣形、鶴翼に対して不利じゃないか?」


 魚鱗の陣とは矢印のような形をした陣形で、鶴翼の陣に有効とされている。


「まあ、細かい話をすると長くなるんで省きますが、敵は大将のウェンディ・ノースが砦から出てきてないんで、この陣形合戦なんて、お互い囮みたいなモノなんです。コチラとしては大将のラールさえ守れれば‥‥‥」


 そうこうしてると、前進していた部隊が衝突を始めた。

 

 ───戦闘開始だな。


 両チーム共に、皆木槍を持って距離を取りながらの応戦。


「戦力は拮抗してる」


「お互い個人の戦闘能力はそこまでないんでね。人数的に不利なウチのチームとしては、互角の戦いが出来てるなら御の字です」

 

 敵は28人。

 ほとんどが出陣してるのに対し、コチラは僅か20人。



「いや、コチラが少しずつ押されてるよ? やはり陣形と人数で不利なのは苦しいんじゃないか?」


「ここからです」


 暫くすると敵の両翼に包囲されそうになるのを避けて、少しずつ後退を始めるラール達。

 手薄な片翼の方に逃げた為、戦場の横ギリギリまで追い詰められている。


「追い詰められてるよ?」


「俺の考案したこの陣形は、進軍には不向きですが、後方からの攻撃以外は全方向守れる守備に徹した陣です」


 包囲されるのを嫌がっての後退じゃない。

 戦場ギリギリを壁にして、後方からの攻撃を遮断する為にわざと後退してもらっていた。


「これで向こうの主戦力は、横に流された感じになるのかな?」


「そう言う事です。抑えられてるのはコチラに見えますが、敵の次の行動に合わせて陣形を変えて迎え撃ちます。まあ、ないとは思いますが、このまま包囲して潰しに来るなら戦場の端で守り切ってる間に、コチラは別働隊で砦の旗を狙う感じですかね」


「なるほど。人数の不利を、陣形と地形でカバーして残りは奇襲要因ってところかな?」


「はい。そんな感じです」


 ───しかし、妙だな‥‥‥。


 あまりにも敵に動きがない。

 そのままラール率いる本隊を包囲するように、攻撃してくるのみ。

 砦と砦の最短距離ががら空きで、コチラは10人の待機部隊がいる事を向こうも把握してる筈。


「‥‥‥おかしい」


 もしかして、奇襲が来るのを待ってる?


「どうしたんだい? 作戦通り進んでるじゃないか」


「‥‥‥俺の作戦は実は奇襲が囮で、大将ラールのいる本隊が奇襲を恐れて後方に下がる敵を殲滅し、砦を攻撃するのが狙いなんです。敵に動きがないのは、それを読まれてるのかもしれません」


「‥‥‥なんだか凄い化かし合いだね。面白いじゃないか。なら、奇襲を止めて様子を見たらどうだい?」


「指示が出せません」


「あ、そうだった‥‥‥」


 奇襲を開始するかどうかの判断は、ラールに託している。

 怪しければ動かずに、様子を見てくれと頼んではいるが‥‥‥。


「でもカイト、ラール君も指示を出す気配がないよ」


「流石ラール!」


 怪しいと判断してくれてるようで、敵の本隊と交戦しながら様子を見てくれている。



 ギギィーー。



 その時、敵軍に動きあり。

 ラール達からは死角になっている、敵の砦の門が開いた。

 そこから飛び出してきたのは、片手弓を待ち、赤い皿を額に付けた1人の幼女。

 

 ───んな、アホな‥‥‥。


 誰もいない戦場をトコトコと独走するウェンディ・ノース。

 単騎駆けで何する気だ‥‥‥あっ!


「まずい! すぐ奇襲部隊を出して足止めしないと!」


「敵の大将が出たんだから、こっちもチャンスじゃないの?」


「いや、あの人、あまり人に知られてないんだけど────」


 そこで敵本隊にも動きあり。

 自陣の砦に向かって逃げるように、後退を始めた。

 敵を追う為、守備の陣を崩すラール達。



 シュパンッ!



 戦場の中心部まで来ていたウェンディ・ノースから放たれた一本の矢は、守備の陣を崩し周りに誰も居なくなったラール目掛けて一直線。


 正面には敵本隊を追いかける味方がいるが、横からは丸見えである。


 ───側面から狙う為に、まさかの単騎駆けですか!

 


 パリンッ!



 そして崩れ落ちるラールと皿。


「凄っ! あの距離で当てた!」


 驚いて、目をキラキラさせてるマナ。


「‥‥‥あの人、弓だけならこの学園でも一二を争える戦闘能力を持ってんだ‥‥‥」


 戦場の真ん中に立ち、コチラに向かってブイサインしているウェンディ先輩が目に入った。


 ───決め手にそれ持ってくんのかよ‥‥‥。


 まさかの武力制圧。

 完全に裏をかかれた‥‥‥。




 ジャーンッ! ジャーンッ!ジャーンッ!

 


 今年の合戦大会はウェンディ・ノース率いる、3年の事務クラスの優勝で幕を閉じたのだった。

 

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