27、お一人様です!



 マナ・グランドを先頭に、ゆっくりと前進していた敵の動きが止まった。

 

 ───来るか?!


「ラールッ! 全力で行動開始!!」


 行動開始とは、つまり撤退。

 結果的にとは言え、挑発して此方の思惑通りに相手を動かし、挙げ句の果てに初めの指示が『撤退』とは、我ながらどうかとは思うが‥‥‥まあ、挑発も計略の一つと言うことで。


 敵の行軍が止まったのは、ほんの一瞬。

 マナ・グランドは少し身を屈め、前傾姿勢にとると剣を片手に前へ走り出した。

 大地を蹴り、風を切るマナ・グランド。

 彼女が動き出した事により、再び会場が物凄い歓声に包まれた。


 ───速い!


 後続の敵も追従するように前進を始めたが、やはり誰も追いつけていない。

 これは完全に此方の思惑通り。

 敵の陣形は大将を先頭に縦長に並ぶ形になったのだが‥‥‥。


 ───コイツ‥‥‥こんなに?!


 予想より遥かに速い。

 全力で逃げるラール達との距離はぐんぐんと縮まる。

 マナ・グランドは一瞬でラール達のすぐ後ろまで迫って来ていた。

 コレはそもそもの作戦であった、ラールが砦の周りを逃げ回り、囮になるなんてのは不可能だったかもしれない‥‥‥。


 ───まずい。


 ラールがやられると、砦に誘い込めたとしても、コッチの戦力はガタ落ちな為、戦う事ができない。


 ───ラールを守らないと!


 ラールと共に出陣していた3人に旗で指示を出し、急ぎ一階で待機しているクラスメートに声をかけた。


「作戦変更! 敵を少し足止めしたいから、弓隊の人、屋上へ来て!」

 

 援護射撃だ。

 合戦大会で使用が許されている弓には、矢尻が付いていない。

 殺傷能力はないが、足止めの効果くらいにはなるだろう。

 そもそもラール達が砦まで逃げて来てくれないと話にもならないんだ‥‥‥。

 

「うわっ‥‥‥」


 指示を出す為、少しの間戦場から目を離していた訳だが、確認すると戦況は大きく変わっていた。

 出陣していたラールを除く他3名の内、2人はすでに皿を割られ呆然と立ち尽くしている。

 そして俺が目を向けた数秒後、マナ・グランドが高速で振った木刀は3人目の皿を真っ二つにし、ポトリと地面に落とした。

 

 ───やばい、たいした時間稼ぎにもならなかった‥‥‥。


 出陣したラールを含む4人はウチのクラスの中でも、戦闘能力の高い人間を選んでいる。

 事務クラスと言えども、国の方針からか身体を鍛えてる人間は多いので、彼らもそこそこ動けるのだが‥‥‥。

 3人を軽く倒したマナ・グランドはスピードを緩める事なく、逃げるラールに迫りつつある。


「援護射撃開始! ラールが砦に辿り着けるようにマナ・グランドを狙え!」


 屋上に上がってきた弓隊に指示を出した。

 ちなみに弓隊もある程度弓に覚えのある人達で結成している。

 ウェンディ先輩とまではいかないが、そこそこ皆上手い。

 


 ヒュンッヒュンッヒュンッ!



 しかし、当たることなく地面に転がる弓矢。

 放たれた弓の何本かは確実に捉えていたように見えたのだが、弓矢が転がったのはマナ・グランドの遥か後方。


 ───スピードを上げた?


 マジか、まだ速くなりますか‥‥‥。


「撃ちまくれ! 数撃ちゃ当たる!」



 ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ!



 先程より大量に放たれた弓矢は、スピードを上げたマナ・グランドの進行を確実に妨害できる位置にも飛んでいる。

 これは流石に避けないと当たる筈だ。


 走りながら木刀を横薙ぎに構えるマナ・グランド。

 

 ───‥‥‥何する気だ?


 

 ヒュッ!



 木刀が振り抜かれた後に地面に転がる数本の弓矢。

 ご丁寧に弓矢は半分に切断されていた。

 木刀だろ?!

 何で切れんだよ‥‥‥。

 もちろん足止めの効果なし。

 迫るマナ・グランド。

 ラールはもう目と鼻の先だ。


「にゃろう! もっと撃て撃て!」


「駄目だカイト君! この位置だとラール君にも当たってしまう!」


 弓隊のクラスメイトの言葉。

 確かにラールとマナの位置が近すぎる‥‥‥。

 落ち着け俺。


「ぐぬぬっ! 仕方ない、コチラも出陣してラールを加勢に────」

 


「うわっ!」


 俺の声を遮ったのはラールの声。

 最早悲鳴に近い。

 マナ・グランドが振り抜いた木刀を、ラールはすんでの所で受け止めたようだ。

 鍔迫り合いのような形になっている。


「やるじゃない、ラール君。でも、まだまだ甘い」


 身をひるがえすマナ・グランド。

 俺の目には、もうその動きが捉え切れない。

 


 パリンッ。



 ポトリと落ちる皿。

 もちろんラールの物。


「‥‥‥やられた」


 そして崩れ落ちるラール。


「痛くなかった?」


 ニコリとマナ・グランド。


「だ、大丈夫です!」


 顔の赤いラール。


「うん。じゃあ、下がっててね」


「は、はい!」


 討ち取られたのにニヤニヤしてんじゃねえよ‥‥‥。


「カイト君! どうする?!」


 下からのサラの声。

 ラールもヤられ、囮も何もなくなった。

 こうなると、俺の考えた策には問題しかなかったように思う‥‥‥。

 仮に砦の旗があったとしても、結果は同じだっただろう。

 ‥‥‥俺は、アイツを甘く見過ぎていたかもしれない。


「カイト君、来た!」


 ラールを討ち取った後、真っ直ぐコチラの砦に向かって再び動き出したマナ・グランド。

 

 ───はっ?!


 まだ、味方が追いついてもないのに、一人で突っ込んでくる意味が全くわからない。

 コチラとしては大将であるマナ・グランドを、一人にしたかった訳ではあるのだが‥‥‥。

 


 バキッ!



 砦の一階部分から聞こえた、何かが壊れる鈍い音。

 急ぎ下に降りると、砦に侵入して来た美女が木刀片手に悠然と立っている。


「お望み通り一人で来てあげたわよ」


 ニコリと笑うマナ・グランド。

 砦の門を蹴破って入ってきたようだ。

 何というパワー‥‥‥。


 ───もう、めちゃくちゃだ‥‥‥。


 勝てる気が全くしない。

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