25、こんの、クソ王子!
「‥‥‥やばい、緊張してきた」
青い顔のラール。
「大丈夫。誰も俺たちなんて見てないんだから、気にするだけ損だぞ」
「そうは言ってもだな‥‥‥」
広い校庭の中央部。
造られた2つの砦の丁度中間地点で待機する、俺達1年の事務クラス。
「あの人達は国の英雄になるであろう最強の美女が、雑魚をボコボコに倒すところを期待して来てるんだ。いわば俺達は雑魚敵、負ける為にここに居るんだ! くらいの大きな気持ちで行こう」
「雑魚敵ね‥‥‥」
ラールは辺りを見渡して溜息をついた。
早朝下見に来たのでもちろん知っていだのだが、校庭を囲むようにぐるりと設営されている観客席。
ラールが気にしているのは、その観客の多さ。
───暇人ばっかりか?
国の偉い人達が来ているのはまあわかるのだが、どうも一般人の席も用意されていたようで、お祭り気分で騒いでる客も多く完全に満席状態だ。
「ラールは雑魚敵の大将なんだから、いやらしくニヤニヤ笑って虚勢を張ってるくらいが丁度いいぞ。負けた時にギャラリーも喜ぶ」
「なんだその分析は」
「まあ、気楽に行こうって事」
「‥‥‥お前は本当変わってるな」
ウオォオオッーーー!!
校庭に響くもの凄い歓声。
「うわあ、来た‥‥‥」
「ラール、気を確かにな」
観客が見つめるのは、合戦大会2年連続優勝、今年ももちろん優勝候補筆頭の最強クラス。
そして、その先頭を優雅に歩くのはマナ・グランド。
ほぼ全ての観客の目当ては彼女だろう。
堂々とした美しい姿からは、見ている者全てを魅了する妖艶さすら感じられた。
最早、戦場に向かう人間の放つそれではない。
───凄えな‥‥‥これが将の魅力ってやつか‥‥‥。
‥‥‥あ、いかんいかん!
俺が見とれてどうすんだよ。
「皆、雰囲気に飲まれるな!」
振り返りクラスメイトに声をかけたのだが、皆揃って青い顔。
───敵の士気まで下げんじゃねぇよ‥‥‥。
「いいかお前ら、俺たちは誰がどう見ても雑魚敵だ! 誰も俺たちが勝つなんて思ってないんだ、気楽に暴れて見返してやろうぜ! 俺は作戦通り逃げ切って、意地でも奴等を砦に誘導してやるから、後は頼んだぞ!」
ビビるクラスメイトを鼓舞する為、大声を上げる気を持ち直したラール。
「‥‥‥で、良かったよな?」
いちいち振り向くな‥‥‥。
「まあ、バッチリ」
一応士気は少しは上がった筈。
「集合!」
程なくして審判教師の号令がかかった。
準決勝になっても同じ。
軽いルール説明の後、挨拶をして開始なのだろう。
ただ三回戦までと大きく違うのは、準決勝からはギャラリーがいる事。
中央に整列するだけで、大きな歓声が上がる。
───あんまり騒ぐな‥‥‥。
此方は人前で戦う事に慣れてないんだ。
「では、両チームの大将前へ!」
審判の話すルールの説明を代表して聞くのは大将の仕事。
敵方からはもちろん最強チートのマナ・グランド。
此方からは逃げ足最強の男ラール。
「ん? 待て、お前は大将じゃないだろ? 事務クラスの大将、前へ!」
審判教師に追い返されそうになってるラール。
‥‥‥なんだ?
「先生、俺が大将ですけど?」
ラールも、もちろんそんな事で引き下がるわけがない。
「お前じゃない。俺の資料には事務クラスの大将はカイト・バウディと登録されてる。観客も居るんだから早くしろ。カイト・バウディ前へ!」
‥‥‥資料ってなんだよ?
今までそんなもんなかっただろ‥‥‥。
「審判、何かの手違いです。ウチのクラスの大将はそこのラールが務めますんで」
「うるさい、さっさと前に出ろ! 失格にするぞ!」
意味がわからん。
俺は渋々、前に移動した。
審判教師もかなり焦ってる事がわかる。
まあ、王族まで観戦してる試合だからな‥‥‥。
とりあえず、ルールを聞くだけ聞いたら、しれっとラールに赤い皿を付けて貰うかな?
「では説明する! 準決勝から砦を用意している、各々自由に使って良い! 後はこれまでと同じだ、大将を討ち取ったチームの勝ちとする、以上だ!」
‥‥‥ん?
「審判、砦の旗について説明されてませんよ?」
異様な盛り上がりを見せている準決勝会場の雰囲気は、審判教師すら緊張させるのだろう。
だがしかし、ルール説明くらいはちゃんとしてくれよ‥‥‥。
「ああ、この試合は特別ルールが設けられている。砦の旗は回収してあるから、例年と違うので気をつけるように、以上!」
‥‥‥は?
「審判、ちょっと待ってください! 砦に、旗ないんですか?!」
「この試合だけな」
‥‥‥おい、待て待て待て待て!
「なんですかその特別ルール?! じゃあ一体、何の為の砦ですか?!」
「俺に聞くな。試合を迅速に進める為の最善策だからと、上からの御達しがあった! 砦は普通に防衛に使えばいいだろうが‥‥‥。では、10分後に開始する、お互いに礼!」
ウオォオオオオオオーー!!!
両チームがお辞儀しただけで、観客のもの凄い歓声が上がった。
会場の興奮は最高潮。
皆、マナ・グランドの勇姿を早く見たいのだ。
───まずい‥‥‥。
‥‥‥非常にまずい。
そして意味がわからない。
大将を勝手に変えられて、砦の旗までこの試合だけなしだと?!
何がどうなってる?
───‥‥‥上からの御達し?
上。
学園の偉い人?
いや、どうだろう‥‥‥。
国の?
‥‥‥あっ!
俺は自陣に戻りながら、観客席の中で一際豪華に作られた席に目をやった。
席にのけぞって座るのは、高貴な服装をした筋骨隆々な肉ダルマ。
どうやら相手も丁度此方を見ていたようで、完全に目があった。
───お前か!
此方を見て、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるシャーロット王子。
「こんの、クソ王子!!」
俺の罵声は観客の上げる歓声にかき消され、本人に届く事はなかった。
‥‥‥やられた。
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