20、準決勝には行かせない!
「カイト‥‥‥お前、大丈夫?」
「何が?」
「顔色悪いぞ‥‥‥」
合戦大会三回戦の会場。
皆に作戦を伝えた後、ラールが話しかけてきた。
「別に普通」
寝不足はいつもの事。
「‥‥‥ならいいんだけど」
昨日は特にモヤモヤして眠れなかった‥‥‥。
色々な事がありすぎたんだ。
マナにキスされたり、『新たなる力』を使えるようになったり、自称『精霊』のボロボロの汚いオッサンが本当の『精霊』だったり、マナにキスされたり‥‥‥。
凄く、柔らかかった‥‥‥。
「おーい! カイト大丈夫か!」
───はっ?!
いかんいかん、ボーッとしてる場合じゃない。
「‥‥‥今日の相手はどうだろうね?」
ニヤニヤしながら正面に立つ、相手チームのいかつい3年生クラスの屈強な男達。
「あんまり威嚇してこねぇな」
「そうだね」
流石に三回戦だしな。
俺達事務クラスが、どうやって勝ち残ってきたかくらい知っているんだろう。
───まあ、その辺も対策済み。
「ラール、作戦通り頼んだ。今回は大将が大活躍の回だ」
「失敗しても怒るなよ?」
「怒らないし、怒れる立場じゃない。楽しんでいこう大将」
「‥‥‥お前って本当、戦闘狂だよな」
「そう? さあ、行こうか」
「おう!」
他のクラスメイトはもうここには居ない。
ラールと俺も、ニヤニヤしてる先輩方を残し、森の中の持ち場に移動した。
ジャーンッ! ジャーンッ!ジャーンッ!
遠くで響く鐘の音。
───始まったか‥‥‥。
相変わらず、俺は木の上から高みの見物。
敵の動きはよく見える。
先輩方は3メートル間隔くらいの横並び1列となり、森の中を進んで来た。
大将のみ、その列の後方。
森に隠れてる俺達を少しずつ炙り出して、倒していく作戦だな‥‥‥。
個の戦闘能力では向こうが完全に上なんだから、森に身を潜めてる俺達を、こうやって広がり索敵しながら倒していけば、相手の勝ちは堅い。
はっきり言って、いい作戦。
俺達のように少人数でバラバラに森で隠れてるような相手を探すには、もってこいの陣形。
俺は旗を振って隠れてるクラスメイトに指示を出した。
───撤退だ。
このまま距離を縮められたら、一人づつ倒されていくのは目に見えている。
旗を見たクラスメイトは、各々バレないように後方へ下がりだした。
敵の索敵範囲は横に100メートルほどある。
横に逃れるのは困難。
後ろに下がるしかない。
───ラール後は任せた。
撤退なんて言ったが、実は今回森に潜んでいる人数は少ない。
俺を含めてたったの5人。
ラールの率いる後の25人は現在、最初の中央広場に居たりする。
そう、相手の後ろだ。
───全部、計画通り。
ラール達は教師の鳴らす開始の合図の後、敵に隊列を組まれる前に一気に森を迂回して後方へ。
今回は後方からの奇襲。
横に伸びきった隊列じゃ、すぐに襲われた大将の元に駆けつけるのは不可能だろう。
1対25。
流石にこの戦力差があれば、俺達事務クラスでも大将一人くらいなんとかなる筈だ。
少し力技だが、後はラールに任せる。
俺はもう一度旗を振り、ラール率いる本隊に奇襲開始の合図を送った。
敵がもし違う作戦で攻めて来た時の為に、森に潜んでいた俺達別働隊数名。
後は各々全力で逃げるのみ。
───大将、早いとこ頼んます!
「‥‥‥息が、上がる」
やはり寝不足はいかん。
‥‥‥いや、違うな。
コレは、『新たなる力』のせいだろう。
寝不足はいつものことなんだ。
あの試し撃ちが、やはり体力をゴッソリ奪っているように思う。
戦闘能力皆無だが、俺は足が遅いわけでなかった。
しかし今日はどうも身体が重く、唯一の運動能力である足の速さも鳴りを潜めている。
「はぁ‥‥‥相手を軽く見なさ過ぎた‥‥‥」
そして、一つ大きな誤算があった。
敵の統率が驚くほど取れてない事。
アチラの作戦は綺麗に横並びで動かないと意味がない為、どうしても進軍は遅くなる筈だった。
しかし、どうも急いで先に進む人間が何人かいる様で、隊列がぐちゃぐちゃになり、それに合わせて進軍スピードが上がっている。
故に逃げる俺たち別働隊は、思っていたより窮地に立たされていた。
これは、作戦を立てた俺の完全な計算ミス。
‥‥‥この程度の相手なら、奇襲じゃなくても勝てたんじゃないか?
「もう皿、割っちゃおうかな‥‥‥」
この大会はどうも騎士道を重んじるようなので、皿が割れてる相手に攻撃を加えるとその時点でそのクラスは失格になるそうだ。
───やばくなったら自分で皿を割れ。
コレは、クラスメイト全員が周知している。
特に今回別働隊の人間はリスクが多かったので、口酸っぱく言っていた。
俺達別働隊5人がやられても、ラール達が敵の大将を倒せば勝ちなんだ。
他のクラスではあり得ない行為のようだが、コレが俺達事務クラスの自己防衛の方法。
「‥‥‥でも、流石にまだ駄目かな」
逃げるのが疲れたので、自害しましたなんて、今から奇襲をかける本隊のラール達に申し訳がなさすぎる。
それに、ラール達に何かないとは限らないんだ。
生き残っている兵士は多い方が良い。
「もう少し、頑張って逃げよ‥‥‥」
朦朧とする意識の中で重い足を動かそうとした時、後方でわずかに何か聞こえた気がした。
───‥‥‥悲鳴?
おそらく、俺と同じく別働隊に配置された‥‥‥サラの声。
「‥‥‥嫌な予感がするな」
俺は逃げるのをやめ、元きた道を引き返すのだった。
「‥‥‥やめて、ください」
「おっと、自分で皿を割るんじゃねえぞ。もう少し楽しもうぜ」
「離して‥‥‥」
「戦場でそんな言葉が通用するかっての」
「ひん剥いちまおうぜ。戦闘中はなんでもありなんだ」
「いや、助けて‥‥‥」
森を引き返した俺が目にしたのは、大男に羽交い締めにされ身動きが取れないサラと、それを囲むように彼女の衣服に手をかける数人の男達だった。
「おい! ふざけんなお前ら!」
もう、隠れたり逃げてる場合じゃない。
これはいくらなんでもやり過ぎだ。
「おっと、誰かと思えばマナ・グランドの彼氏様カイト・バウディか!」
サラを拘束している大男がニヤニヤと笑いながら、こちらを向いている。
「そんな事どうでもいいからサラを離せ。お前らには騎士道すらないのか!」
「うるせえ! 戦場に女が居るのが悪いんだ! こうなる事くらい普通わかんだろ。その覚悟もねえんだったら、ノコノコ戦場に出て来んじゃねえよ!」
‥‥‥思考回路が最悪だ。
「おい、コイツ俺からボコってもいいか? いつもマナ・グランドとイチャイチャしてるくせに、他の女の前でもカッコつけやがって。凄え気に食わねぇ」
サラの服を脱がしてた男が、俺の方に歩み寄って来る。
「おい、俺はお前をボコボコにしたいから皿を割ってやる気はない。自分で割りたかったら自由にする事だ。ただ、皿を割ったらお前は俺たちに何も出来なくなるから、あの女が俺達にヤラレる所を指をくわえて見とく事になるけどな」
「お、それはそれで面白えじゃねぇか!」
サラを拘束してる大男。
予想よりも、はるかに下衆野郎共。
───ああ、イライラする‥‥‥。
「カイト君、逃げて!」
サラの声。
自分がそんな状態なのに人の心配すんなって‥‥‥。
「あ、そうそう。明日の準決勝でどさくさに紛れてお前の彼女にも色々とするつもりだから、遠くから指くわえてよく見といてくれよ!」
ガンッ!
木刀で顔を殴られ地面に倒れた俺。
今日は元々頭が痛かったのに、よりガンガンと痛みが走る。
もう、どうにかなっちゃいそうだ‥‥‥。
「マナ・グランドも戦場に来てるって事はその覚悟が出来てんだろ? アバズレでお前の使い古しってのが気にかかるが、あんな綺麗な女は他にいねえからな、明日が楽しみだ!」
俺の腹を踏みつける大男。
大男からの拘束が解かれ、地面に
そして頭に響く男達の笑い声。
‥‥‥もういいや。
いいや、どうなっても‥‥‥。
いや、違うか‥‥‥。
どうなっても、じゃないな。
‥‥‥どうもなってたまるか。
絶対に、俺の命に代えても───
───お前らは準決勝には行かせない!
『ヒュルルルヒュルシュルルルシュル』
創り出した暴風が男達を巻き上げた所で、俺は意識を失った。
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