18、汚いオッサンにチュウされた?!




 ジャーンッ! ジャーンッ!ジャーンッ!



 教師の持つ鐘の音が響いた。

 合戦大会二回戦終了を告げる音。

 そして喜ぶクラスメイト達。


「うん、ちょっと面白かった」


「俺は面白くない! 必死で逃げ回ったんだからな!」


「ラールお疲れ様。お見事としか言えない凄く良い囮だった」


 服に葉っぱを付けて、肩で息をするラールに俺は笑顔を向けた。


「勝ったからいいけどよ、生きた心地はしなかった‥‥‥」


「ラールが居るから出来る作戦だよ」


 今回は隊列を組んで森に入ってきた相手。

 足の早い者数名をワザと相手に見つかるように前に出して、追いかけさせる事で数を減らしていった。

 そして最後の囮は大将のラール。

 敵大将が孤立するまでひたすら走り回ってもらった。

 そう、ラールは足が早い。


「次勝てば遂に準決勝だな。国の偉い人の前で戦えるんだろ?」


 笑顔のラール。


「三回戦を勝ち上がれればね」


「やっぱりキツイのか?」


「‥‥‥俺らのやり口が、バレてきてるからな」


 ゲリラ戦をする事務クラスの噂は、もちろん学園に広がってしまっていた。

 ウチとウェンディ先輩のクラスが同じような事をして勝ってるんだから、まあ仕方ない。

 ちなみに二年生の事務クラスは一回戦で簡単に敗退してしまっていた。


「三回戦は何か対策をされるかな?」


 腕を組み難しい顔のラール。


「2回続けて森に隠れてるんだ、絶対対策するだろ」


「どうすんだ?」


「うーん、ちょっと明日までに考える」


 正面からぶつかっても、まず勝てない。

 やはり地形を利用しないとな‥‥‥。


「カイト、任せっきりですまん。でもガンガン期待してる!」


「戦いで全く役に立たないんだから、これくらいしないとね。頑張って考えてみるよ」


 俺の足は自然とウェンディ先輩の部屋に向かっていた。







「今日もまだ帰ってないな」


 慣れ親しんだ部屋に入ると、ウェンディ先輩は不在だった。

 苦戦してるのだろうか?

 まさか、負けるなんて事はないと思うんだけど‥‥‥。


「また、散らかってきたな‥‥‥」


 昨日は話し込んでしまったので掃除をしていない。

 下着や食べ残しが床に散乱していた。


「片付けしながら待つか‥‥‥」


 目に入った床に散らばる怪しげな本。

 昨日も遅くまでオカルト行為をしていたんだろうな。

 寝不足で敗退してたら目もあてられないぞ‥‥‥。

 

「『精霊語発声の基礎』‥‥‥なんじゃそら?」


 本棚に直そうと手に取った本の題名。

 遂によくわかんない言葉の、発声練習まで始めちゃいましたか‥‥‥。

 

「なになに、精霊語は人間には聞こえ難い」


 なんとなく開いてしまい、読んでしまっていた。


「その音は空気音。発声は難しく‥‥‥」


 空気音ってなんだよ?


「実際に聞いた事のある者以外に、その再現は難しく‥‥‥」


 何この筆者、『難しい』ばっかり。

 素直にそんなモノはないから無理って言えばいいのに‥‥‥。


「文字にするなら『ヒュルル』『シュルル』などが近く‥‥‥」


 ‥‥‥なんかどっかで聞いた事があるような。

 

「読みをここに記す」


 最後の方のページは、一文字ごとの読み方ぽいものがズラリと並んでいた。


「何これ、ほとんど同じ音じゃん、嘘くさ」


 『ヒュ』とか『シュ』などなど。

 

「あ、いかんいかん、読んでる場合じゃない。片付けしよ」


 下着を洗濯カゴに入れるために拾おうと屈んだ時に、今度はウェンディ先輩の書き殴ったメモが目に入った。


「‥‥‥うわ、この人、絶対一人で夜中にヤッテるよ!」


 メモには昨日解読した呪文と、読み方が並んでいた。


 ───凄い熱量です事。


 俺たちの言語で言っても駄目って事だったのかな?

 いや待て、それなら解読しなくても、読めりゃ誰でも使えちゃうだろ。

 ‥‥‥発声が難しいから『新たなる力』はそう簡単に手に入らないだけか?


「えっと、ヒュルリルシュルルルシュル」


 ウェンディ先輩の書いた、風の精霊との交信の呪文。

 もちろん何も起きない。

 

 ───あれ?


 やはりどこかで聞いた事があるような‥‥‥。


「あっ! 汚いオッサンだ‥‥‥」


 自称『精霊』のアイツ。

 嫌な音を思い出した‥‥‥。

 なんかもっとプシュープシューと、鼻息のような気持ち悪い音だった‥‥‥。

 『ヒュ』じゃなくて『プヒュー』みたいな感じで‥‥‥。



「ヒュルリルシュルルルシュル」


 

 バシュッ!



「‥‥‥あっ?」

 

 部屋の床。

 下から巻き起こる風。

 散らかる本や下着を乗せ上へ。

 

「‥‥‥あれ‥‥‥なんか、やばい‥‥‥」


 舞い上がるゴミを見ながら、俺は自分の意識が急に薄れていくのを感じた。







『君、名前は?』


『カイト』


 ‥‥‥なんだ?


『いい名前だ!』


『ありがとう。おじさん、なんでこんな所で寝てたの?』


 やばい、嫌な記憶だぞこれは‥‥‥。


『大人には色々あるんだよ』


『ふーん。じゃあ僕は帰るね!』


『あ、待ちなさい。食べ物を恵んでくれた君に、おじさんのとっておきをあげよう!』


『ううん。別にいらない』


 あ、この後がキモいんだ、やめろ!


『大人の言うことは聞いとくもんだぞ。ちょっと手を出してごらん』


『‥‥‥手? はい』


 やめろ手を出すな!

 お前が貰うのはただのトラウマだ!


『そうそう、ちょっと手にチュウするね』


『‥‥‥え?』


『ヒュルルジュルジュルジヒュルルルル』


 ‥‥‥うげ‥‥‥鮮明に思い出しちまった。


『‥‥‥おじさん‥‥‥何するの?』


『契約だよ。これで君はおじさんといつでも一緒だ』


『ぼ、僕もう帰るね』


 そうだ、逃げろ!

 コイツはやばいヤツだ!

 走れ、すぐそこに父上の同僚の騎士団の人達がいるぞ!


『これで君は『風の精霊』であるおじさんの力をいつでも使えるようになったんだよ。後はちゃんと意味を理解し、精霊語で語りかけてくれれば、離れていてもいつでもその声はおじさんに届く‥‥‥って、ちょっと待ちなさい! カイト君! カイト君ー!』


『‥‥‥うぇーん』


 ‥‥‥。


 ‥‥‥自称、風の精霊‥‥‥。







「─────君、バウディ君」


 声。

 汚いオッサンのじゃない。

 可愛いらしいのに、変な話し方をする幼女の声。


「バウディ君、起きたかい?」


「‥‥‥ウェンディ先輩、俺は寝てました?」


「うん。ぐっすり寝ていたよ‥‥‥」


 あ、そうか発声をなんとなくやってたら‥‥‥気を失って‥‥‥。


「すいません、ちょっと色々あって‥‥‥」


「うん。色々あったんだな‥‥‥」


 おや? ウェンディ先輩にいつものキレがない。

 なんか顔も赤いし、モジモジしている。


「‥‥‥どうしました?」


「その、うん。あまり気にしてなかったんだが‥‥‥さすがにそれは私でも少し恥ずかしいぞ‥‥‥」


「何言ってんです?」


 ウェンディ先輩が恥ずかしそうに指差したのは、俺の頭に乗ってる布切れ。


「あ、違いますから」


 宙に舞って、頭の上に落ちたようだ。


「うん。いいんだ‥‥‥男性には色々あると聞いているぞ。頭からかぶって色々ヤッテ疲れて眠っていたんだろう? ちゃんと言ってくれたらパンツを貸すくらいなら‥‥‥」


「だから違いますって」



 ‥‥‥未使用です。

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