17、私も知らないカイトの過去。



「読めって‥‥‥どうやって?」


 ウェンディ先輩の部屋の床で胡座をかいて、オカルト本を読む俺。

 合戦大会の一回戦がかなり早く終わってしまったので、部屋の主はまだ帰宅してない模様。


 それにしてもだ‥‥‥なんだこの本‥‥‥。

 ミミズのような文字がウネウネ。

 

 ───読めるわけないだろ‥‥‥。


 見た事がない文字で書かれた古ぼけた本。

 『精霊との交信』。

 初めの説明文こそ読める文字なのだが、本編は全く読めない。

 

「オカルトマニアが凄く好みそう」


 適当な文字を書いて、それっぽくしてるんだろう。


 ───ウェンディ先輩はこれさえなければ、完璧な人なのにな‥‥‥。


 そもそも俺は、オカルトの話をする人が小さい頃からとても苦手だった。

 マナと出会うもっと前、まだ俺が5歳くらいの頃、自称『精霊』のボロボロで汚いオッサンに追いかけ回された事がある。

 道で倒れていたオッサンに、持っていた食べ物をあげたのがはじまり。

 その後、付き纏われ誘拐されそうになったが、騎士団の人に助けられ事なきを得た怖い思い出。

 自称『精霊』の汚いオッサンが血走った目で俺を追いかけてくる姿を、今でもたまに思い出す。

 トラウマってやつだな。



「‥‥‥ん?」


 片付けようとした時、本からヒラリと落ちた一枚の紙。

 

 ───これはウェンディ先輩の字だな。


 拾い上げたそれには、ミミズ文字とその横に俺たちの使う文字で訳が書かれていた。

 本と見比べて見ると、確かに同じ単語のようなモノが目につく。

 どうやら法則性があるようで、完全に適当に書かれた文字ではないようだ。


 ───へぇ、もう解読できるじゃん。


「‥‥‥くれる、行く‥‥‥力、私は火が精霊」


 ウェンディ先輩の書いたメモを使い一文を読んでみた。

 ‥‥‥うん、何か違うな‥‥‥。

 

「あ、これ‥‥‥」


 解読の間違いを発見。

 微妙に点や丸が付いたら意味が変わるのか!

 書き間違いに見えたが、ミミズ文字の尻尾が上がったり下がったりしてるのも関係ありそうだな‥‥‥。

 

「じゃあ、コレはまだ解読出来てない単語として保留‥‥‥」


 それっぽい合ってそうなのだけ並べてメモしておき、他の文も解読していく。

 そして解読出来てない同じ単語が、違う文にもチラチラあるので、それらに勝手にそれっぽい訳を入れて‥‥‥。


「くれ、力、私に火の精霊」


 なんか方向性は合ってる気がするな。

 最後は反対から読めば‥‥‥あ、嫌な予感‥‥‥。

 

 ───やられた!


 なんて手の込んだイタズラだコレは‥‥‥。


 『火の精霊よ私に力を与えたまえ』

 『その大いなる力を私に、風の精霊よ』

 などなど。


「‥‥‥ダッセェ」


 子供が考えつきそうな呪文か何かを、わからない文字で書いてそれっぽくしてるだけだった。


 合戦大会中の大事な時期の貴重な時間を返せ。






「お、早いね。もう来てたのかい?」


 帰ってきた部屋の主。


「おかえりなさい。どうでした?」


「勝った。聞いたよ君のクラスは最高記録で瞬殺したそうじゃないか」


「‥‥‥まあ、そんな感じです」

 

「冴えない顔だね」


「その、ちょっと拍子抜けしちゃって‥‥‥」


「まあ、相手が悪かったんだろうな。明日もあるんだ、あまり油断しないほうがいい。私の相手はなかなか骨があったぞ」


「ですよね。ちょっと今日のは忘れます」


「うん、それがいい」


 その後、一回戦の情報交換などをしていたのだが、ウェンディ先輩の目線は俺の持つ本にチラチラと向けられていた。


「‥‥‥視線を読まれるのは三下さんしたのする事だ、とか前言ってませんでした?」


「駄目だよバウディ君。私はもう我慢できない」


 息遣いが荒い‥‥‥。

 やっぱりこの人、完全にオカルトマニアだ。


「‥‥‥先にこっちの話をしましょうか」

 

「君は何の本だと思う?」


「精霊の力を授かる本なんでしょうね‥‥‥」


 説明文に書いてあった。

 新たな力を手に入れるとか、どうとか‥‥‥。

 正直、もう恥ずかしくてちゃんと読んでない。


「ドキドキしないか?!」


 興奮に顔を赤く染める幼女。


「‥‥‥いえ」


 全く。


「その本を解読してるんだけど、なんだか上手くいかなくてね。君の方が言語能力に秀でてるから、ちょっと手伝って欲しいんだ」


 どちらかと言うと、ウェンディ先輩は計算が得意で俺は語学が得意。


「‥‥‥コレどうぞ」


 俺が作り直したミミズ文字の訳を書いたメモを手渡した。


「そうか、なるほど! これなら意味が全く変わってくる! バウディ君、やっぱり君は凄いよ」


 興奮する幼女。


「ウェンディ先輩‥‥‥俺、ちょっと読んでみたんですけど、あまり気を落とさないように‥‥‥」


「何を言ってるんだ?」


 キョトンとした幼女。


「いや、この本は結局誰かのイタズラなようでして‥‥‥」


「フフフ、いったい何冊のこの文字で書かれた本が世界に存在してると思う? いくらなんでもイタズラとは考え難いよ」


「子供が考えそうな呪文が書いてるだけですよ? その言語はもしかしたら古代文字とかでちゃんと存在してても、この本はその文字を使ったイタズラという可能性も‥‥‥」


「その文字が出てくる文献は全て、精霊とか新たな力とか書いてあるんだぞ!」


 ウェンディ先輩の鼻息はフンフンと荒い。

 ‥‥‥説得は無理だな。

 そういえば、自称『精霊』の汚いオッサンも『ヒュルルヒュルル』みたいな変な鼻息で追いかけて来てたっけ?

 オカルトマニアは皆こんな感じなのだろう‥‥‥。


「で、どうします?」


 仕方ない付き合うか‥‥‥。


「使ってみよう!」


「ほう」


「私からやってもいいかな?」


 るんるんと嬉しそうな幼女。


「どうぞどうぞ」


 俺は恥ずかしいので嫌です。


「ゴホンッ‥‥‥火の精霊よ私に力を与えたまえ!」



 シーンッ。



 可愛らしく両手を振り上げたまま、立ち尽くすウェンディ先輩。


「何も起きませんね」


「‥‥‥おかしいな」


 いやいや、おかしくない。

 こんな簡単な文章、解読しなくてもそこいらの子供が遊びで言ったりしてるんじゃないか?

 そのたびに『新たな力』を手に入れてたら、そこら中『新たな力』持ちの人間でうじゃうじゃだ。

 そうなると、もうただの『力』です。


「ちょっと君もヤッテみてくれないか?」


「嫌です」


「バウディ君は私には冷たいよね」


 かなり優しいと思います。 

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