10、えっ?! 下僕ってなんでも言うことを聞いてくれるの?!



「カイト、何読んでるの?」


「本」


「それは、見たらわかる」


「兵法の」


 やっと手に入った『グレイの兵法』。

 この本は英雄アレクの参謀グレイが書いた本だと言われている。

 グレイは歴史書でたまにアレクの片腕として名前を見かけるが、出生時期や没年など不明で、結局何をしてたのかもよくわからない謎の多い人物である。


「面白い?」


「うん、凄く面白い」


「そう」


 兵法の書と銘打たれているが、内容は戦闘における心構えについて書かれている項目が多い。

 今日ウェンディ・ノースに言われた兵を大事にしろだとか、戦わずして勝つ事が本当の勝利とか、今まで聞いたことがない考え方が書かれていてとても興味深い。


 ───このグレイって人、本当にモスグリーン王国の人だったのか‥‥‥?


 この国において戦闘とは真向勝負。

 力と力のぶつかり合いなのだ。

 『戦わずして勝つ』なんて、この国の重鎮達が一番嫌がりそうな考え方だろう。

 しかも兵を大事にってのも、ウェンディ・ノースに言われて俺も驚いたが、悲しいが兵は消耗品という考え方が一般的なのだ‥‥‥。

 

「‥‥‥マナ、何やってんの?」


「一生懸命だから邪魔しないようにしてるの‥‥‥偉い?」


 ベッドであぐらをかいて本を読む俺の足の間に顔を埋めるマナ。


「‥‥‥偉い‥‥‥は無い」


 あえて言おう、偉いじゃなく、エロい。


「こうやってれば私も癒されるし、カイトの邪魔にもならない、一石二鳥でしょ」


「無理、気が散る」


「なんでよ、昔はカイトが本を読んでる時よくこうやって寝てたでしょ?」


「昔はね‥‥‥」


 今は事情が違います。









 雲一つない、よく晴れた心地よい朝の学園。

 そしてザワつく廊下。


「‥‥‥マナの教室はアッチだよ」


「まだ時間も早いし、カイトの教室までお見送りよ」


 教室に向かう俺の腕に絡みついて歩く、長身な美女。

 ニコニコと笑顔なマナ・グランド。

 もうコイツは俺たちの関係を隠す気は微塵もないようだ。

 廊下に居る生徒は皆足を止め、此方を凄い顔で見ている。


 ───こうなるよね‥‥‥。


 わざわざ腕を組んでる事を考えると、むしろ見せつける為にやってるな‥‥‥。

 心配しなくても、俺に興味を持つ女の子なんて居ないのに。

 まあ、マナなりに考えての行動なんだろう。

 彼女は俺を失うと死活問題なのだから‥‥‥。

 

 『本気で行く』と言ったマナ。

 もう俺に止める事は出来そうにない。

 

 ───腰巾着君、か‥‥‥。





「ぐわっ!」


 俺にしがみつくマナの姿を見て、机に崩れ落ちる赤い顔のラール。


「‥‥‥ラール、おはよう」


「‥‥‥これが、これが殺意‥‥‥静まれ、静まれ! 俺のダークサイド‥‥‥」


 下を向き変な事を口ずさむラール。

 俺の挨拶は完全に無視された。


「ラール君おはよう」


「ひゃい! お、おはようございます!」


 マナの声は聞こえるんだな‥‥‥。

 都合の良い耳ですこと。


 ラールはとりあえず放っておいて、机に荷物を置こうとした時、異変に気付いた。

 俺の机に幼女が座ってる?


「君達は幼馴染だと聞いていたが、付き合っているようにしか見えないな」


「‥‥‥ウェンディ先輩、そこは俺の机ですよね? 何やってんです?」


「そうだね。これは君の机で間違いない」


「そっちの回答はいいんで‥‥‥ここで何やってんですか?」


「そうそう、君と一戦しようと思ってね。『グレイの兵法』は読んだかい?」


「読みました。そうだ、ウェンディ先輩にいくつか質問したいことがあったんです!」

 

「フフフ、その質問の答えはこの戦場にあるはずだよ」


 そう言うとウェンディ先輩は、持っていた鞄をゴソゴソすると、見慣れた箱を取り出して机に置いた。

 『王様ゲーム』だ。


「もうすぐ授業が始まりますから、今からはまずいですよ‥‥‥」


「これは奇異な事を言うね。君にはもう学園の低度な授業なんてどうでもいいだろ? マナ・グランド君、バウディ君をお借りするよ」


 この人やっぱりメチャクチャだな‥‥‥。

 ‥‥‥そして何故マナに聞く?

 

「ウェンディ・ノースさん、カイトをたぶらかさないで頂けます?」


 俺の腕に絡みついていたマナ。


下僕げぼくの彼をいずれ君の軍の参謀にする予定なのだろ? 君にとっても良い話だと思うが?」


 ウェンディ先輩の認識では俺はマナの下僕のようです。

 下僕とは、地位の高い令嬢などが雇う男の召使の事。そして色々と可愛がってもらえる職業‥‥‥。

 まあ、俺の職業は『抱き枕』なのでほぼ正解かも。


「これ以上カイトを愚弄しないでもらえます?」


 マナの冷たい声。

 俺の腕を持つ手に力が入ったのがわかった。

 

 ───あ、やばい。怒ってる‥‥‥。


「‥‥‥話が噛み合わないね。愚弄するどころか、私はバウディ君をかなり評価しているんだ。彼は素晴らしい、私と対等に渡り合える人間は初めてなんだゾクゾクするよ」


 対等に渡り合える?

 昨日は『王様ゲーム』で全戦全敗でしたけど‥‥‥。


「カイトの凄さは私が一番理解してますから、貴方に言われるまでもありません」


「それなら話は早いね。私自身もバウディ君と切磋琢磨してもっと高みに登りたいんだ。お互いにとって悪い話じゃないだろ? 君は暫くの間、新しい下僕を見つけて可愛がっていればいい。バウディ君は私が責任を持って育成しお返ししよう」


 『新しい下僕』というフレーズが出た時に、机に突っ伏し下を向いていたラールがピクリと動いた事を俺は見逃さなかった。

 お前も俺をそんな目で‥‥‥。

 そして『新しい下僕』ポジション狙いか?!

 

「ウェンディ・ノースさん‥‥‥カイトを『下僕』なんて言う貴方と話す事はもうありません。お帰りください」


「バウディ君は君の下僕じゃないのか?! そうでなきゃ、君たちのその振る舞いは私には理解できないのだが‥‥‥」


 机から立ち上がり、目を見開くウェンディ先輩。


「どこからどう見ても、カイトと私はラブラブなカップルでしょう?!」


 俺の身体を力強く抱きしめるマナ。

 身長差から自然と柔らかい胸に顔が埋まる。

 やばい‥‥‥ラールが痙攣してピクピクしてる!


「人智を超えた器量と戦闘能力を持つ君が、こんな‥‥‥こんなチビでモッチャリしたバウディ君と、真剣にお付き合いをするなんて事があり得るのか?!」


 ‥‥‥ウェンディ先輩、事実だがそんな目で俺を見てたの?

 しかも大声で言わないで‥‥‥もう教室中が俺を見てるじゃん。


「もう許さない、またカイトを愚弄した! カイトは小さいけど、その全身で毎日私を優しく包み込んで寝てくれるんだから。貴方はカイトの良さなんて何一つ分かってない!」


 ‥‥‥あ。


「君達は、毎日一緒に就眠しゅうみんする仲なのか?!」


 再び目を見開くウェンディ先輩。


「‥‥‥マナ、アホ」

 

 マナの胸に抱かれて小声で俺。


「本当なんだからいいでしょ!」


 水を打ったように静まる教室。


 

 ゴンッ!



 ゴンッ!!



 ゴンッ!!!



 そして響き渡る怪奇音。

 

「‥‥‥カイト、俺のダークサイドはもうお前を絶対に許さないと言っている」



 ゴンッ!!!



 机に強く頭を打ちつけるラール。


 ‥‥‥とりあえずお前は落ち着け。

 死んじゃうぞ?

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