8、負けてどうすんの!
校舎の屋上。
風が心地よい。
俺は昼の休み時間を利用し、例の図書室の本を返却しない不届な先輩に直接交渉のため、事務クラス3年の教室に向かったのだが、ウェンディ・ノースは不在だった。
教室に居た他の生徒に聞くと、この時間はだいたい屋上にいると教えてもらって今に至る。
「‥‥‥さて、誰も居ないわけだが」
かなり広く綺麗に掃除されている屋上だが、どうやらウチの学園の生徒は、休み時間に外の空気を吸いに来るような人間は少ないようだ。
まあ、事務クラス以外の生徒はほとんどの授業で訓練のため外で暴れまくってるから、休み時間は室内で休みたいのかもしれない。
「とりあえず一回りしてみるか‥‥‥」
どこかに隠れてるかもしれないし‥‥‥流石にそれはないか。
少し歩くと割とすぐ人を見つける事はできた。
───幼女?
可愛らしい女の子が気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。
俺より身長が小さいかもしれないな‥‥‥。
───ウェンディ・ノース‥‥‥か?
なんか別人な気がする‥‥‥。
屋上の風に煽られてスカートが捲れ上がり、太ももが露わになっていた。
太ももどころか、頑張ればその先まで見えそうだ。
俺のウェンディ・ノースのイメージは、かなり利己的でとっつき難い女性。
無防備に眠るこの可愛らしい幼女は、あまりにもイメージとかけ離れている。
学園の制服を着てるので、生徒である事は間違いないようだが‥‥‥。
───うん、別人だろう。
近くにいると男のサガに抗えず色々なモノを見てしまうので、さっさとこの場を離れよう。
変に疑われるのも嫌だもんな。
振り返り幼女に背を向けて屋上を後にしようと歩き出した時、後ろでガサガサとする音。
「き、君は何をしていた! まさか私を襲っていたのか?!」
幼女が起きたようだ。
タイミングが悪すぎる、勘弁してください‥‥‥。
「違います。何もしてません」
振り向かずに答える。
「嘘だね。こんな淫らな格好をさせて、どういうつもりだい!」
「だから、何もしてませんってば‥‥‥俺が来た時には勝手にそんな格好してましたよ」
弁明しようと幼女の方に顔を向けたが、まだスカートが捲れたままだったので、慌ててまた反対を向いた。
「勝手にこんな事になるわけないだろ! 最早、下着まで見えそうじゃないか!」
「どうでもいいから、さっさと服を直してください。そっちを見れません」
「これは大事な証拠だ。君がやったと判断できるまで、直す事は出来ないね」
「‥‥‥あのね、俺じゃないですから。風で
「風か‥‥‥。確かに今日はいつもより風量はあるが‥‥‥」
「もう帰っていいですか?」
「まだだ、君の疑いはまだ晴れてないぞ。こんな誰も居ない屋上に何をしに来た?」
「人探しです。どうも今は居ないようなので、また出直します」
「フフフ、浅はかな‥‥‥君はやはりスカートめくりの犯人だ!」
「‥‥‥なんでそうなるんですか?」
「この屋上は、ほとんど人が来ない。いつも私の貸切独占だからね。そこに人探しとはなんて滑稽な言い訳だ!」
「だから‥‥‥‥‥‥あっ!」
振り向いた俺は言葉を詰まらせた。
「フフフ、何も言えまい!」
「‥‥‥もうね、パンツ丸見えですよ。いい加減スカート直してください、ウェンディ・ノースさん」
「‥‥‥何故君は、私の名前を知っている?!」
「なんででしょうね」
貴方を探してたからです。
「‥‥‥それで、私に何か用かね?」
服を直し、立ち上がるウェンディ・ノース。
俺より少し背が低い可愛らしい女の子だ。
「貴方が図書室で借りてる本を───」
「あっ! どこかで見た顔だと思ったら、君は今学園で噂のマナ・グランドの腰巾着君だな!」
酷い言われよう。
そして指をさすな‥‥‥。
「そんな事はどうでもいいので、図書室で借りられてる本を返却してください」
「なんだ、腰巾着君は図書室の回し者か?」
‥‥‥この幼女、失礼である。
「違います。貴方が借りてる本で『グレイの兵法書』ってあるでしょ? あれ借りたいんで早く返却してください」
「それは無理だ。アレはアホどもの読む本ではない。私が持っている方が本も報われる、返す気はない」
「‥‥‥何言ってんすか? 借りたモノは返しましょう。早く返却してください」
「下級生で腰巾着のくせに、君はなかなか生意気だな‥‥‥」
自分だって生意気な幼女のくせに。
「生意気でもなんでもいいんで、早く返却してください」
「‥‥‥なんだ、腰巾着君は参謀にでもなりたいのかい?」
「貴方に話す義理もない」
「そうか! マナ・グランドが将軍になった時に、従軍しておこぼれにあやかろうと言う腹づもりだね。そんな浅はかな君には決して理解出来る本じゃない、諦めろ」
やばい。
この人、凄いイライラする。
「‥‥‥理解できるとか、できないとかもどうでもいいんで、早く返却してください」
「‥‥‥君はそれしか言えないのか?」
「いいから早く返却してください」
「‥‥‥私を怒らせたいのかい?」
こっちはとっくに怒ってます。
「いいから早く返却───」
「わかった! 君があの本にふさわしいかどうか、私がテストしてやろう」
「テストとかどうでもいいんで、早く返却してください」
こうなったら意地だ。
「フフフ、怖いのか? 君がこれで私に勝てたら本は潔く返却してやろう」
ウェンディ・ノースは鞄から小さな箱を取り出し、地面に座り込んだ。
地面に置かれた箱。
見覚えがある。
かなり前に発売されて、全く流行らなかった盤ゲーム『王様ゲーム』。
2人で対戦し多数ある駒を使い、相手の王様の駒を追いつめ、倒した方が勝ちというシンプルなルール。
しかし、身体を動かしたいこの国の人間に取って、こんな頭を使う盤ゲームなんて流行るわけもなく、一瞬にして姿を消したかわいそうなゲーム。
「‥‥‥それで俺が勝ったら本を返却してくれるんですか?」
「お、君はルールを知ってるのかい?」
はっきり言おう、俺はこのゲームで負けた事がない。
‥‥‥とは言っても、人と対戦したのは発売したての頃だけの話なんだけど。
そう、少ししたら誰も相手をしてくれなくなったんだ‥‥‥他の人にしたら面白くもないゲーム性能で尚且つ、俺とやっても全く勝てないんだからそりゃやりたくないよな‥‥‥。
だがその後も俺は、一人二役でひたすら攻めたり守ったりを繰り返す、悲しい一人遊びをして幼少期を過ごしたんだ。
おそらく俺はこの『王様ゲーム』で誰よりも遊んでいる。
───負ける気はしない。
「やりましょう」
「フフフ、これはなかなか楽しめそうだね。勝負だ!」
屋上の床に置かれた紙。
そこが『王様ゲーム』の戦場。
戦場には複数の駒が入り乱れていた。
そして向かい合い座る、俺と幼女。
「‥‥‥そんな‥‥‥馬鹿な」
「フフフ、私の勝ちだね、カイト・バウディ君」
俺はウェンディ・ノースに『王様ゲーム』で完膚なきまでに叩きのめされたのだった。
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