7、犬とお呼びください!
「あの、この本っていつ返却されますかね? ずっと貸し出し中なんですけど‥‥‥」
授業も終わり放課後。
学園の図書室。
物凄く広く、そしてかなり多くの書物が所蔵されている。
流石は国を上げて作られた学園といったところだろう。
「お調べしますね」
「お願いします」
受付の司書のお姉さんに本の名前が書いてあるメモを渡し、しばらく待機。
「すいません、まだ返却されてませんね‥‥‥かなり貸出期間は過ぎてるんですけど‥‥‥」
申し訳なさそうに司書のお姉さん。
「‥‥‥ですよね」
知ってた。
図書室に来てその本が返却されてないか確認するのが、俺の最近の日課である。
「返却するようにお願いしてもらえないですか? その本どうしても読みたいんですが」
「‥‥‥えっとですね、借りられてる方がちょっと難しい方でして‥‥‥他に何冊も貸出期間の過ぎてる本もありまして、此方としてはずっと交渉してるのですが‥‥‥」
あ、これ無理なやつ。
「‥‥‥学園の生徒ですよね?」
「そうです」
「お名前を教えてもらっても良いです?」
「すいません、ちょっと名前は言えないです。その方が返却しない悪い人みたいな噂されちゃうと申し訳ないので‥‥‥」
完全に返却しない悪い人でしょ。
「‥‥‥ウェンディ・ノースって人ですか?」
「え?」
当たりかな?
司書のお姉さんがビックリしてるから正解だろう。
「今の話は無かった事にしましょう‥‥‥」
「‥‥‥お願いします」
───ウェンディ・ノース。
俺はこの名前を図書室に通いだしてから、ちょくちょく目にしていた。
借りた人間がわかるように本の最後のページに貼り付けられている、名前を記入する貸出票。
そう、俺がこの図書室で読んだ本に必ずと言っていいほど、ウェンディ・ノースの名前が記入されていたからだ。
それだけなら、まあ普通は返却してない人間だと断定出来ないんだけど、俺が今探してる本は『兵法』が書かれた物。
兵法の本を借りる人間はかなり少ない。
と、いうかそのウェンディ・ノースという人の名前しか貸出票にほとんど書かれてなかったから、もう確定でしょ‥‥‥。
この学園に‥‥‥いや、この国に兵法を学ぼうなんて人間はほぼいないんだ。
「さて‥‥‥どうしようか」
俺は夕日が差し込む図書室を後にした。
「眠いよ、眠いよー」
「わかったから‥‥‥」
一日ぶりの睡眠を欲するマナ。
早くしろと言わんばかりにベッドでバタバタ暴れている。
そんなに眠いのなら一人でも寝れそうなもんだが‥‥‥。
「ああ、これこれ。カイトの匂いはやっぱり落ち着くわ」
ベッドに入った俺にしがみつき、クンクンとしてるマナ。
「犬ですか?」
「私はもう犬畜生と呼ばれても構わない」
「‥‥‥なんだそりゃ‥‥‥」
「おやすみカイト」
俺を胸に抱き、気持ちよさそうに目を閉じるマナ。
「あ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「‥‥‥嫌だ、今日は無理。おやすみなさい」
絶対に聞くもんかと、目を閉じたまま俺を抱いている手に、より強く力を入れるマナ。
「学園の人でさ、ウェンディ・ノースって人知ってる?」
「‥‥‥なんで?」
「ちょっとその人に話したい事が‥‥‥って、痛い、痛い!」
両手で顔を掴まれ、マナの顔の前に持っていかれた。
強引に持ち上げられたので、掴まれている顔と首がかなり痛い‥‥‥。
「カイト‥‥‥また女の子とイチャイチャするつもりなの?」
息がかかるくらいの距離にマナの顔。
綺麗だが寂しそうな視線。
まあ名前で何となく気付いてたが、ウェンディ・ノースは女性なんだろう。
「なんでそうなるんだよ‥‥‥その人が持ってる本を読みたいんだよね」
「下心は?」
「会ったこともないから、わからない」
「そこはないって言いなさいよ」
「冗談です。なんか貸出期間がかなり過ぎてるのに、図書室に返却しないみたいなんだ。マナはその人知ってるの?」
「変わり者で有名な事務クラスの3年生よ」
「変わってる?」
「価値観が独特って言うのかな。かなり頭の回転は早いみたいだけど」
なんかめんどくさそう‥‥‥。
ちゃんと本を返却してくれるのだろうか?
「‥‥‥まあ、明日会いに行ってみるかな」
考えたって仕方ない。
もう寝よう。
俺も昨晩はなんやかんやで寝てないから眠いんだ。
「‥‥‥ねえカイト、昼間言ったけど、私はカイトを他の女の子に取られたくないの‥‥‥。他の子とイチャイチャしたくなったら、その‥‥‥相談してよ。私で我慢できるなら頑張るし、覚悟は出来てるんだから」
そう言うとマナは俺に抱きついて寝息をたて出した。
「‥‥‥イチャイチャする覚悟って」
思春期真っ盛り、嬉しくないわけがない。
ただ俺には、マナが無理してるようにしか見えなかった。
マナは幼い頃、両親を野盗に殺されている。
詳しい話を教えてもらってないが、マナの家族は寝込みを襲われたらしい。
マナが目覚めた時、血だらけの父親の屍が目の前に転がっていて、母親は泣きながら野党に襲われていたそうだ‥‥‥。
その後母親も殺され、マナ自信は殺される寸前で、駆けつけた父上の配属されている騎士団に命を救われたらしい。
マナは夜に怯えている。
また目覚めた時に、あの惨劇が起こっていないかと目を閉じる事が出来ないそうだ‥‥‥。
───そんなマナが覚悟を決めた?
それは多分、俺に対する好意じゃない。
夜から逃げるための『俺』という、道具を失いたくないからだと思う。
そう、俺は抱き枕。
それでも‥‥‥俺は、彼女自信が思っている以上に、マナを大事に思ってる。
───欲望に任せて、俺がマナを泣かせてどうすんだ。
だから俺は絶対に手を出さないし、出そうとも思わない。
それが俺とマナの関係。
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