4、カイトに何すんだ!



「カイト、なんか色々やばい。俺、胸のザワつきとドキドキが止まらない」


「やばくない、無視して食べよう」


 食堂に昼食を取りに来た俺とラール、それにサラ。

 

「‥‥‥やっぱり、私たち事務クラスの人間が食堂で食事すると駄目なんだよ‥‥‥」


 俺たちに誘われ、本日初めて食堂デビューしたサラ。


「俺とラールはいつも食堂で食べてるから大丈夫だよ」


 確かに事務クラスの人間が大手を振って堂々と食堂を陣取ると、嫌な顔をする人間は多いだろう。

 しかし俺達も馬鹿じゃない。

 大きく綺麗な食堂の端の端、日も当たらない隅っこで目立たないように食事をしている。

 こんな席、俺とラール以外誰も座らないので、最早指定席である。


「食事が喉を通らないって、こう言う時に使うんだろうな。なんでお前は平気で食べてられる?!」


「ラールらしくないぞ? 上級生に絡まれてもいつも気にしないじゃないか。気にせずいこう」


「無理だ、この胸のトキメキは俺には抑えられない」


 俺達からかなり距離がある食堂の中心に堂々と座る人物を、赤い顔でチラチラと見るラール。


「やばい、目が合った! 俺、今絶対マナ・グランドと目が合った!」


「ラール、無視!」


 ラールの視線の先に座っているのは、無表情で此方をじっと見つめてくるマナ‥‥‥。

 本来ならこの距離で見られてても気づきはしないのだが、アイツはとにかく目立つ。

 食堂にいる人間は必ずと言っていいほど、一度はマナに視線を向けるのだ。

 ラールとサラも例外ではなく、その視線に気付いたのは二人。


 ───マナのアホ‥‥‥。


 自覚がなさすぎる。

 自分の立場がまるでわかってない。

 入学してから3ヶ月。

 今までは学園ですれ違っても他人の振りして大人しくしてたくせに、なに急に訳の分からない行動してんだ‥‥‥。


 ───帰ったらお説教だな。






「おいおい、事務クラスの落ちこぼれのくせに、女連れでランチとはいいご身分だな」


 俺達が座るテーブルの空いていた席に、ドシリと腰掛けながら上級生と思われる大男が話しかけてきた。


 ───はい、めんどくさい。


「お、よく見たらお前可愛いじゃねえか。お前も事務クラスか? そんなアホ共とつるんでねえで、将来有望な俺と一緒にメシでも食おうぜ」


「‥‥‥ひっ」


 大男に肩を掴まれ、小さく悲鳴をあげるサラ。

 確かに事務クラスの俺達と違い、彼はこの国のエリート。

 将来が約束された勝ち組の超優良物件だ。


「サラ、質問なんだけど、この人に興味あったりする?」


「‥‥‥カイト、どう見てもそれはないだろ‥‥‥」


 呆れ顔のラール。


「いや、一応確認しとかないと」


「お前って、頭いいのに時々変だよな‥‥‥」


 だから一応だってば‥‥‥。

 乙女心は俺にはわからない。

 座っているサラに視線を向けると、青い顔でフルフルと首を横に振っていた。


 ───興味なしって事でいいよな。


「彼女は貴方とお友達になる気はないそうです。お引き取り下さい」


「‥‥‥引き取るわけないだろ。黙ってろチビ」


 もしかしたら、サラを食堂に連れて来たのは失敗だったかもしれない‥‥‥。

 この学園は戦闘能力の高い人間が入学してくる為、サラのように華奢で可愛らしい女の子は少ない。

 腹を空かせた猛獣の群れの中に、子羊を一頭放り込んだようなもんか‥‥‥そりゃこうなるよな。


「さあ、行こうぜ。俺と一緒にいりゃ、こんな隅っこでコソコソしなくて済むんだ。お前の頑張り次第だが、ずっと面倒見てやっても良いんだぜ?」


 ニヤニヤと笑いながら、座っているサラの手を強引に引き、連れていこうとする大男。

 まあ、確かにコイツと一緒に居たらサラの学園での立場は向上するんだろう。

 ‥‥‥あれ? もしかして、悪くない条件?


「や、やめて下さい‥‥‥」


 拒否るサラ。


「おい、やっぱり嫌がられてるみたいだぞ。手を離せ!」


「‥‥‥お前の言い方はなんか気に入らねえ、舐めてんのか!」



 ガシャーンッ!



「うわっ!」


 椅子から立ち上がろうとしてる俺に、大男が蹴り飛ばしたテーブルがクリーンヒットした。

 横に座っていた筈のラールは、ヒョイと交わし事なきを得ているよう。

 俺だけモロに食らってテーブルの下敷きです。


「カイト、大丈夫か?!」


「大丈夫、大して痛くはなかった」


 ‥‥‥情け無くて心が痛いだけだ。


「カイト君‥‥‥血が!」


 テーブルの下から、ゴソゴソと這い出た俺を青い顔で見つめるサラ。


「‥‥‥え?」

 

 派手な音がしたわりに大した怪我はしてなさそうだけど?

 ただ、頭の辺りが濡れてるような気はするが‥‥‥。

 額を拭った手にべったりと付いた赤い液体。


 ───これは、トマトソース!


 サラが食べてたパスタの。


「ああ、大丈夫これはトマ───」


「テメェふざけんなよ! やり過ぎだろうが!」

 

 俺の声を遮ったのは大男に詰め寄ったラールの罵声。


「俺は軽く蹴っただけで‥‥‥あれくらい避けれねえ方が悪い!」


「そんな問題じゃないだろ!」


 今にも大男に掴みかかりそうなラール。

 コイツは何かと男前で、やっぱりいい奴。


「ラール大丈夫だから! これはただのトマト───」


「ぐわっ!!」


 俺の『トマトソース』は大男の悲鳴により再び遮られる。


「貴方、許さないわよ‥‥‥」


 胸ぐらを掴まれ、大男は宙に浮いていた。


 ───うわ、最悪だ‥‥‥。


 どこにそんな力があるんだと思うような細い腕で軽々と大男を持ち上げているのは、恐ろしく冷たい目をした美女。


「マ、マ、マナ・グランド!」


 赤い顔でモジモジしてるラール。

 さっきまであんなにカッコよかったのに、声が裏返ってますよ‥‥‥。


「な、なんでマナ・グランドさんが?」


 震えるサラの声。

 そうだ、早く何とかしないと。

 今のマナは正気を失ってる、俺たちの関係がバレちまうかもしれない!


「みんな落ち着け! これはただのトマトソ───」


カイトに何すんだ!」


 俺の『トマトソース』は、食堂中に響き渡るマナの大声で再再度掻き消された。


「うぎゃ!」


 投げ飛ばされ、壁に激突し失神する大男。

 そしてざわつく食堂。


「‥‥‥カイト‥‥‥今、マナ・グランドが『私の』って‥‥‥」


 キョトンと俺の方を見てくるラール。


「トマトソース‥‥‥」


「‥‥‥え?」


「トマトソースなんだ‥‥‥」


「‥‥‥カイト、お前大丈夫か?!」


「だいじょばない!」

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