3、勉強しなくていいんです!



 事務クラスの授業は主に数学と語学、そしてこの国の成り立ちを教える歴史の時間がメインだ。

 俺としては兵法を学びたいのだが、現在授業は行っていないそうだ。

 教えられる教師が居ないらしい‥‥‥。

 士官兵育成の為の国の最高機関で、兵法の授業がないとか驚きしかない。

 というか、この国大丈夫か?


「さあ、この問題が解ける奴はおるか?」


 今は数学の授業中。

 口髭を蓄えた身体のでかいおじいちゃん先生が、持っている杖で黒板をバシバシと叩いている。

 黒板壊れるよ?


「誰もおらんのか?! お前ら事務クラスのくせに頭の出来も一般クラスより悪いのか?」


 口髭おじいちゃん先生は、わざとらしく両手を広げやれやれといった感じのポーズをしている。


「カイト、わかるか? 俺にはさっぱりわからん‥‥‥」


 隣の席に座る赤い髪が特徴の、割と良い体格のラールが話しかけてきた。


「俺たちを馬鹿にしたくてウズウズしてんだよあの教師。習ってもいない問題を出して、自分が優位に立ってる感じを味わいたいんじゃないか?」


 入学して3ヶ月。

 事務クラスに対する嫌がらせは、生徒からだけではなく教師からもそこそこある事がわかった。

 そんなに俺たちが嫌なら入学させなきゃ良いのに‥‥‥。


「そこの二人! ワシの授業中に私語とは、

いい度胸じゃないか」


 口髭おじいの持つ杖の先が此方を向いている。

 

「げ、やべ‥‥‥」


 教科書で顔を隠し身を縮めるラール。


「おっと誰かと思えば、バウディ君もいるじゃないか。入学試験で満点を取ったから、ワシの授業は必要ないってことかな?」


「‥‥‥カイト、すまん」


 小声でラール。


「いいよ別に、いつもの事だし‥‥‥」


 俺はありがたい事にクラスの中で一番、この教師に目をかけてもらっていた。

 もちろん悪い意味で。


「ではバウディ君、前に来て問題を解いてくれるかね。君なら余裕なんだろう?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる口髭おじい。

 全くもって不愉快。


「おっとすまない、黒板に手は届くかね」


「‥‥‥そこまで小さくありません」


 本当に事務クラスなんて作らなきゃいいのに。

 






「‥‥‥バウディ君‥‥‥正解だ」


「どうも」


「‥‥‥まあ、今回は少し問題が楽すぎたかもしれんな。これくらい出来んでは経理官すら務まらん。せいぜい自惚れずに頑張る事だな」


「‥‥‥それは、どうも」


 豪快に笑う口髭おじいに肩を叩かれ、俺は自分の席に戻った。

 かなりの力で叩かれた為、肩が結構痛い。


「お前、やっぱり凄いよな。あれはいったい何の計算してんだ?」


 黒板を指差しながらラール。


「事象に対する確率の計算」


「なんだそれは‥‥‥」


「ラールあんまり気にすんなよ。まだ授業で習ってないんだから」


「お前は知ってたじゃんか‥‥‥俺は勉学でも自信をなくしそうだ」


 そう言って項垂れるラールは、通常のクラスに入れる程ではないが、戦闘能力もかなり高い。

 事務クラスに入れてる時点で、頭の出来も国のトップクラスときている。

 落ち込んではいるが、おそらくコイツは頭だけで運動神経プッツンな俺と違い、かなり優秀な人間だ。

 モスグリーン王国は、もう少しこういう人材を大事にするべきだと思うのだが‥‥‥。

 

「また後日ちゃんと教えてくれるんだろうから、ラールなら大丈夫」


 教えられたらの話だけど‥‥‥。

 俺が黒板に書いた回答を、参考書と睨めっこしながら見直ししている口髭おじい。

 多分この人は元武官。

 本に書いている内容をそのまま問題として使用しただけのようで、本人は何も理解していないと思う。


「いいか、お前ら事務クラスはモスグリーン王の大いなる慈悲により、この学園に入学できているんだ。その事を肝に銘じて、他のクラスの邪魔にならんよう、国のために死ぬ覚悟で尽くせよ!」


 そう言い残し、口髭おじいは教室から出て行った。

 尽くすも何も、俺たちは士官出来るか怪しい立場なんだけど。

 死ぬ気で勉強しろって事か?

 ‥‥‥いや、多分今のは他のクラスの邪魔すんなよって事なんだろうな。






「ねえねえカイト君、今の問題の解き方教えてくれないかな?」


「え? ああ、いいけど‥‥‥」


「やった、ありがとう! 私サラっていうの、カイト君よろしくね!」


 休み時間。

 机に座りラールと雑談していた俺は、同じ事務クラスの背の低いサラという可愛らしい女の子に話しかけられていた。


「あ、ずるいぞ! カイト、ついででいいから俺にも頼む、この通り!」


 此方に向かって頭を下げている、横にいたラール。

 潔くて逆に男らしい。

 ‥‥‥やっぱりコイツは大物になりそうな気がするな。

 

「俺で良ければ、二人とも一緒にどうぞ」


「ありがてえ!」


「カイト君、お願いします!」


 爽快に笑うラールとお淑やかにお辞儀するサラを見て、俺は思わず笑顔になった。


「ありがとう、二人とも」


「なんでお前が礼を言うんだよ‥‥‥」


「‥‥‥いや、何となく。さあ、勉強しようか!」




 事務クラスに対する、他のクラスの生徒や教師からの嫌がらせは物凄かった。

 卒業しても将来的な約束すら何もない。

 はっきり言って学園内での扱いと、環境は最悪だ。

 しかし、俺の心は晴れやかである。


 『勉強する奴は女々しい人間』


 そう教えられて育った俺たち。

 多少の違いはあるだろうが、家で勉強してても家族ですら良い顔はしてくれなかっただろう。

 劣悪な環境で必死に勉学に励む事務クラスの人達を見て、俺は生まれて初めて仲間を見つけたような、そんな気分だった。

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