第71話 静寂

 崩れた石造りの大きな建物が整然と並んで建っている。足元の地面は元々高い技術を持っていたのを思わせるような凹凸の無い綺麗な道路だったのだろうが、ところどころに見える何かが爆発してできたかのような大きな穴が開いていた。


 街の中心に聳える巨大な黄金色のトライデントは下にある城に刺さるようにして支えられており、先端は上から射している光を反射して街全体を明るく照らしている。あれが地上で言う太陽の代わりを務めて朝昼晩を演出しているらしい。光を受けて輝いている街路樹の葉が朝焼のオレンジを葉の隙間からこぼれさせていて綺麗だ。


「ここがアトランティス」

「ただの廃墟にしか見えんな」


 アリスの言う通り、これは何処からどう見ても廃墟にしか見えない。軽く見渡してみても壊れていない場所は見当たらないという程である。

 確かにアトランティスは伝説上の都市として伝わっていたが、その存在があの町長の言葉によって確かにあることを証明された今、この都市に魚人も誰も住んでいないなんて考えてもいなかった。確かに200年前に町長たちが地上に送られたわけだから何か大きな出来事があったのだろうとは思うが……。


「気配の1つもないとは……ぐっ」

「大変! アリス、急いでアレン君を寝かせられる場所に移動させるわよ! これ以上無理させたら死んでしまうわ!」

「なに!? 急ぐぞアリス! あの建物だ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 急に動かさないで!」


 薄れる意識の中でアリスとアリーズが何か言い合っているのが聞こえていた。

 そう言えば後から来るはずのNo.1と町長はどうなったのだろう。もしもう来ていたら迎え撃たないと……。



 アレンが気を失ってしばらく。近くにあった建物に入って辛うじて残っていたボロボロのベッドにアレンを寝かせた私とアリーズは、部屋の陰に隠れるようにして外の様子を窺っていた。No.1と町長が後から来るはずだと思ったからだ。


「来ないな、やつら」

「そうね。もしかしたら別の場所から入って来てるのかもしれないわよ」

「別の場所から入る意味が無いではないか。たぶん奴らはあの海魔獣に食われたんだろう」

「そうかしら? あのNo.1がそんなに簡単に食べられるとは思えないけど……」


 アリーズはそう言うが考え過ぎだ。実際あの時は私の技で起きた爆発によって後ろに居た奴らは少なからず影響を受けたはずだ、もちろん隣を泳いでいたあの巨大な海魔獣も同様にな。となれば暴れ出した海魔獣に奴らが食われたという事も十分あり得る。

 もちろんアリーズの言うように別の場所から奴らが侵入している可能性もあるが、それならそれでこちらには好都合だ。今はアレンが動けないし状況的に考えるとこちらを見失っているだろうから、じっとしていればまず見つからない。


「そんな事よりアレンの方はもう大丈夫なのか? さっきは死ぬと言っていたが」

「ええ、私が使える簡単な回復魔法で血は完全に止められたから」

「そうか……」

「でも、たとえ意識が戻ってもすぐには動けないでしょうね。血を流し過ぎたもの」


 アレンは暫く動けないのは最初から分かっていたが、そうか意識が戻っても起き上がる程度しか出来ないかも知れないのか。いや、それすらも出来るかどうか怪しいな。

 このままアレンが起きるのを待つのもアリではあるが、どちらにしろこのエアドームから脱出するにはアレンの力が必要になってくる。体力を戻す為にも食料と水が必要だ。


 こんなボロボロの廃墟に食料や水が残っているのかというのは疑問ではあるものの、とは言え動かないわけにもいかない。今私たち3人が持っている物の中には食料も水も無いからだ。せめて水だけでも見つけなければ。


「という事で、私は周辺の探索に行ってくる」

「いやいや、待ちなさいよ。貴方の頭の中だけで完結しないで、どういうことなのかせめて説明してから行きなさい!」

「アレンが起きた時に食事させる必要がある。それを探しに行くだけだ」

「なるほど、それは確かにそうね。でもいいアリス、敵を見つけても絶対に戦おうとしないで。あなたまでやられちゃったらこっちはもう終わりなんだから」

「わかっている無茶はしない。では行ってくる」


 慎重に壊れて扉のなくなったドア枠から外の様子を探る。どうやら奴らは居ないようだ。


 今居るこの場所は私たちがエアドームの中に入ってから一番近くにあった民家らしき建物の中だ。ここから左には一つの建物も無く、すぐそこにエアドームの壁がある。そして正面には大きな道を挟むようにして同じタイプの石造りの建造物があって、私から見て城の方、つまり右に向かってずらっと色々なタイプの建物が並んでいるような感じだ。


 一軒一軒見て行くにはあまりにも数が多い。しかし、ぱっと見で元々商店でしたと言う風な建物もありはしないので、この辺りを中心にあまり動けない現状では民家を一軒ずつ漁っていくしかないだろう。


 一軒、また一軒と内部を漁っていく。構造的にはほとんど同じようなものなので迷う事は無いが、どこもかしこも生活感を感じる部分が少ない。そんなだから食料なんてある筈もなく、唯々時間だけが過ぎて行く。


「逃げる時にすべて持って出たのか? いや、それにしても物が無さ過ぎるか」


 いつまでもこんな事を続けても無駄なような気がしてきた。いっそのこと城まで行ってみようか。こんなちっさい民家には無くとも、あのテーマ―パークで見たのを何倍にも大きくしたような城ならば何かしらはあるかもしれない。


「それにしても静かだな。鳥が居ないのは分かるが、魚人はペットなどは飼わないのだろうか」


 私が普段住んでいるポティートの町はペットが多い事で有名で、一歩城から出ればそこかしこで誰かがペットを散歩させているのが当たり前だった。今まで色々行って来た町でも野良犬ぐらいは居ただろう。だからこのあまりに静かすぎる空間はどこか不思議で、どこか不気味に感じられる。


「いかんいかん、そんな事考えてる場合じゃない。さて、城の入り口は何処だ……ん? っ!」


 マズい! 奴らだ!

 一瞬目が合ったような気がしたが、大丈夫だろうか……。


 ふう、良かった。向こうは気づかなかったらしい。目が合ったと思ったのがNo.1ではなく町長だったのが良かったらしい。No.1の方と目が合っていたら確実に見つかっていただろう。


 それにしても今の奴らの様子、私たちを見つけ出そうともしないで真っ直ぐ城に入って行った。これは私たちの思惑通り、奴らの意識がアトランティスの方に向いたということか。


「とにかく一旦戻ってアリーズに伝えなければ」

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