第72話 侵入

 アレンを寝かせてある建物に戻ってきた私はすぐにアリーズに見たことをそのまま伝えた。奴らが何の目的で城の中に入って行ったにしても、こちらへの関心が最大限薄れているのは間違いない。今ならこっそりここを抜け出して安全に地上へと戻ることが出来ると。


「でもそれにはアレン君が起きてないと」

「アレンは相変わらずか?」

「ええ、ずっと意識を失ったままよ」


 しかし事はそう上手くはいかない。アレンが起きた時のために色々と集めに行ったわけだが、結局見つけたのは保存食らしき謎の食品だけ。これだけでは回復には心もとないし、水が無ければ食えたものじゃなさそうな見た目をしている。そもそもアレンが起きない事には何も出来ないのだが。


「そう言えば水についてなんだけど、この家の水道が使えたわ。まだ生きてたみたい」

「本当か! ならアレンが起きたらこれを食わせてやってくれ」

「なにこれ? 鉄の入れ物?」

「ああ、たぶん筒の周りに描いてあるものが入っているはずだ。おそらく保存のきく硬いパンのような物だろう」

「確かに絵はそれっぽいけど、食べられるのこれ?」

「それは分からんが、食い物らしき物はこれしかなかった」


 見たこともない薄い鉄の筒のような容器だが、振ってみると中に何か固いものが入っているのは分かる。容器のどこにも開けた形跡はないので、中身は確かに容器に描かれている物のはずだ。これは私のカンだが、まあ食えるだろう。


 それよりしばらくここから動けないならこれからの事を決めておかなくてはならない。

 このままここに居れば奴らに見つからないかもしれないが、奴らが何をしているのかが全く分からないと言うのも不安が残る。行くべきか、そのまま隠れるべきか。


「私は様子を見に行った方が良いと思うわ。あの人たちの目的はこのアトランティスに来ることだって言ってたけど、実際に辿り着いて今度は何をするか分からないもの」

「では私が見に行こう」

「いいえ、ここは私が行くわ」

「しかし!」

「私がどこの部隊の隊長か忘れたわけじゃないでしょ?」


 言われてみればアリーズは諜報隠密部隊の隊長だ。こういった敵に見つからずに行う作戦においてはポティート領では誰よりも上手く行えるだろう。しかしながら、その隠密部隊の精鋭たちが無残にも町の広場で惨殺されてしまったのは記憶に新しい。戦闘力では私に及ばないアリーズが万が一的に見つかった場合の事を考えると、素直に行かせていいものかと考えてしまう。


 戦って分かった事だが、敵であるNo.1はこちらの気配を読むのが異様に上手い。3対1で押し切れなかったのはその事も大きく関係している。


「アレンの治療はどうする」

「私程度の回復魔法で出来ることはもうないわ。後はアレン君自身の回復力で何とかしてもらうしかない。大丈夫よアリス、私も敵の攻撃手段や間合いを戦って把握してるからいざとなったらすぐに逃げるわ」

「だが奴から逃げきれるのか?」

「心配しないで。あの時は出口が1か所しか無くて逃げ場が無かったから何も出来なかったけど、今回はそうならないように動くから必ず逃げられるわ」


 そう笑顔でこちらを安心させるように言ってくるアリーズだが、肩をよく見ると若干震えているのが分かる。これはおそらく恐怖からくる震えだろう。いや、もしかしたら部下を殺された怒りからの震えも混じっているかもしれない。 

 目を見れば真っ直ぐ決意に満ちた視線が私に帰って来る。これはもう私が何を言っても聞かない時の目だ。昔から一緒だったからこそこの目は何度も見てきて知っている。


「分かった。だがくれぐれも無茶だけはするなよ」

「ええ、分かっているわ。それじゃあ行ってくるけど、その間アレン君をお願いね」

「ああ。アレンの事は任せておけ」


 自分の懐に手を突っ込み暗闇で目立たないようにするための全身にピッタリ引っ付いたような服に早着替えすると、アリーズは口元を覆うようなマスクをつけて靴を脱いで走り出した。あの状態で隠れたアリーズを見つけるのは私でも困難だ。何とか奴らに見つからずに帰って来てくれるといいが。



 着替えて走り出した私は大通りをそのまま真っ直ぐ城へ向かって直進した。真っ黒な全身ピッタリスーツなんて普通は恥ずかしくて街中で着れるようなものではないのだけれど、この街では人が全く1人も居ないから気にせずに居られる。

 うそ、やっぱりちょっとだけ恥ずかしいわ。普段こんな開けた明るい場所で着る事なんて無いもの。……でもちょっとだけ気持ちいかも。


 そんなことはどうでもよくて、道中にある障害物を軽やかに飛び越えて行けばすぐに城の城壁前へと到着することが出来た。ポティート領で一番と言われる私の足をもってすればざっとこんなものよ。

 魚人なのに泳ぐより走る方が得意になっちゃって少し複雑だけど、これも長い間陸で暮らして来たせいかしらね。


「ふう、さてどこから侵入しましょうか」


 アリスの情報によると敵が入って行ったのは正面の入り口だったはず。ここから馬鹿正直に入って行けばバッタリ会ってしまう可能性が高いわ。という事は正面から入る選択肢はまず除外ね。そんな事をするのは隠密部隊の隊長どころか部下たちよりももっと下、下の下だわ。

 どこか良い場所は無いかなとパッと上を見れば、高い城壁に囲まれた天辺の兵士が見張りをする小さな見張り塔に縦1m、横20cmぐらいの穴があけられているのが目に入った。あそこまではかなりの高さがあるし、塔は少し前に出っ張っているから普通ならあそこから侵入するなんて出来ないだけど私なら関係ないわ。この鮫肌と鍛え上げた体があればあの穴から中に入るなんて目の前に穴が開いているのと一緒よ。


 私の鮫肌は意図的に構造を変えられる。こういう時は手と足の指先に荒めな状態で出してしまえば特に力を入れなくても壁に引っ付いていられるようになるから、後は筋力でよじ登って穴から入るだけ。


「よし、侵入成功」

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