第65話 戦闘!No.1 「破壊の水音」

 黒刀を担ぎながら先ほどとは比べ物にならないようなスピードで俺とアリスの方に向かってくるNo.1。今まで無表情だった奴の顔は俺たちが意外に奮闘したからか少しだけ笑っているように見える。


 あの黒刀の攻撃を俺の槍の柄で受け止められるとは到底思えないし、かといってアリスの刀で受けようにも今は攻撃を受けた直後でアリスの体勢が整っていない。状況はすこぶる悪いと言っていいだろう。


「アレン、お前では無理だ。どいていろ」

「バカ言え、お前でも今は無理だよ。心配するな、策はある」


 アリスを抱えて『動く歩道』を発動、一気にスピードを上げて奴から遠ざかりつつ壁に沿うようにして町長とマッドジジイの居る方向へと向かう。そうすることによって奴に攻撃を躊躇させようという作戦だ。


 あの2人もボケッと見物なんかしなければ良かったのにな。俺は別に正々堂々戦うとか言うタイプじゃないから使える物はなんでも使うぞ。


「おいアレン、まさか人質を取るつもりか?」

「人質? いや、そんなもんじゃねえよ。ただこっちに行けば奴も攻撃しにくくなるかもだろ?」


 人質など取っても足かせになるだけだ。もし奴が町長やマッドジジイが居てもお構いなしに攻撃してくるようなやつだったとしたら、立ち止まった時点で人質ごとやられてしまう。


『キサマ』

「!?」

「何っ!?」


 後ろをちょこちょこ確認しつつ全速力で町長が居る場所に向かっていたのだが、突如俺たちのすぐ後ろの耳元付近から奴の一段と低い声が聞こえて来た。振り向くと、さっきとは打って変わって怒りに満ちたNo.1の顔と振り上げられた黒刀の姿が。

 

 咄嗟に『動く歩道』からアリスを突き落とし、背中のレンコンを抜く。そして瞬時に氷の魔装を纏わせると冷気の霧がぶわっと発生した。

 これほどの極限状態になると不思議なもので、あれだけ集中しないと出来なかった氷の魔装を瞬時に発生させることが出来ていた。火事場の馬鹿力というやつだろうか。


 白い霧が一瞬奴の視界を塞ぐが、とは言えもう俺の目の前に居たので後は振り下ろすだけで確実に斬られてしまう。ここから『動く歩道』を旋回させようにも剣が振り降ろされる頃にはまだ曲がり切れていないだろうし、逃げるのも立ち向かうのも現状の俺では死ぬ確率の方が高い。


「ならここで一段上げる!」


 やるのは靴、足元への雷の魔装の発生だ。雷の魔装は元々氷の魔装より魔元素の適応値が高いために発生させやすい。それでも武器以外に発生させるのは普通難しい筈なのだが、これも今の状況のおかげで瞬時に纏うことが出来た。


 その直後、奴の剣が俺の脳天をかち割ろうと振り下ろされる。レベルが大幅に上がっていたおかげで辛うじてそれを見切れていた俺は、全力で『動く歩道』から飛ぶと紙一重で剣を避けることが出来た。しかし飛んだ先は壁だ。


 だが今の状態なら……!


 壁に向かって足を向けて雷の魔装を纏った靴でそのまま壁を走る。位置を調整して壁を蹴り返すと雷の魔装で筋力が強化されたのか、それとも雷の力が宿ったのか、まるで雷が落ちたような轟音と雷光と共に、もの凄いスピードでNo.1へと体が向かって行く。


「ああああぁぁぁっ!!! ライトニングスピアァァァッ!!!」


 バチバチと放電しながら光り輝く刃先は、ブレイジングボルトの時とは違って真っ白で非常に明るい。No.1はそれを見て剣を振り下ろした状態の右腕では防げないと判断したのか、左腕を盾にするようにして体の前に突きだした。そして……。


 レンコンは接触点から凄まじい雷光を放ちながら奴の左腕を貫通し、体までその刃先をめり込ませた。放電による強烈な熱が奴の肉を焼く。No.1にとっては大ダメージだ。だが俺はこんな程度の威力しかないとは全く思っていなかった。それこそ上半身と下半身を切り離すぐらいの気持ちでやっていたのに、何故だか威力が半減してしまったのだ。


「ちいっ!!」


 俺は奴の体にレンコンが刺さっているのを見ながら、慣性で流れる体を受け入れるような体制を取る。ギリギリまで槍を放さなかったために回転する体は、そのうち足が天井に付く位置にまで達した。その瞬間足を動かして天井を蹴ると、こちらを睨みつけている奴から離れるようにアリスが居る方へと飛ぶ。


「無事か! アレン!」

「アレン君! 大丈夫!?」

「ああ、なんとかな。けど槍がなくなっちまった」


 近寄って来たアリスとアリーズに無事を伝えると、腹部レンコンが刺さった奴の姿を見る。

 奴は無理やりレンコンの貫通した左腕を動かしてその手で体から引き抜くと、黒刀でレンコンの柄の部分を叩き斬った。


「あっさり斬りやがって。一応金属製だぞ」

「それだけ鋭いという事か。しかしこれでアレンはもう戦えんな」

「そうね、武器が無いんじゃアイツに近づくのすら危険だわ」


 左腕に残った柄の長い方を引き抜き、石造りの地面にそのまま投げ捨てるNo.1。カランカランと硬い金属音が部屋全体に鳴り響く。

 そしてゆっくりと振り返った奴の顔は喜でも怒でもない無の表情をしていた。


 じっと見つめてくるNo.1はこちらに向かってくる様子も無くただそこに佇んでいるだけだ。なぜ動かない?


 ぴちゃん。ぴちゃん。


「水音?」


 静寂の中で不自然な水音が響く。


「っ! 見ろ! 奴の剣が!」

「あれは水の魔装だわ! 魚人なのに何で!?」

「言ってる場合じゃない、来るぞ!」


 ぶわっと湧き出すように黒刀から水が溢れる。それを合図に奴は剣の刃先を一度地面に付けると、そのまま振り上げた。その瞬間、猛烈な水流を細い糸状にしたようなものが下から上へと一直線に何本も走る。


「なっ!? じ、地面が!?」

「向こうの壁もよ!?」


 そこには底の見えない深い線状の溝が床から壁、天井に至るまで綺麗に刻まれていた。

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