第66話 そんなに行きたきゃ行かせてやるよ!

 水浸しの石作りの床の上で硬いもの同士がぶつかり合う音が鳴り響く、辺り一面が水に覆われたこの場所はさっきまで戦いが行われていた場所とまったく同じな筈なのだが、その様相はほんの数分前から一変していた。


 No.1の全身に展開された魔装から溢れ出す水は留まることを知らず、常にこの場所に流れ続けてとうとう足元が水に浸かるほどになってしまった。

 まるで水の鎧を着ているかのような奴の体は、体色が青さを増し鱗もより固くなっているようで、アリスの刀もアリーズのヌンチャクもその水と鱗の防御でぜんぜん通っていない。


 俺はレンコンを失ってから2人が戦っているのを後ろで見つつ『動く歩道』を上手く使って攻撃を回避させることに専念していた。あの水の魔装相手に素手で攻撃を仕掛けてもノーダメージな上に切られて死ぬだけだからだ。


「くっ!」

「どうだ、攻撃は通りそうか?」

「いや、私の刀では水の魔装を切り裂けても奴の鱗を切れない、属性が不利でなければもう少し何とかなるのだが……」

「やっぱりそうか」


 こうしている間にも奴の魔装は次々と水を吐き出しているというのに、こちらには有効な攻撃手段が無い。アリーズのヌンチャクも刀より余計に水の魔装の影響を受けてしまい全く効かないようだし、このままではじわじわと追い詰められて切り刻まれて死ぬか、おぼれて死ぬかになってしまうだろう。特に水の方は時間が経つにつれて俺とアリスを苦しめてくる。さっき奴自身が生み出した深い溝も今や水で溢れかえっているし、この調子で行けばあと数十分で部屋が水で満杯だ。


「魚人は普通種族的に水の魔装は使えないはずなのに、反則だわ!」

「それさっきも言ってたが、どういう意味なんだ? 別に魚人が水の魔装を使っても変じゃないだろ?」

「おかしいわよ、とってもね。普通は種族に親和性が高い属性は発生しないものなの。私たち魚人の場合は水の中で暮らすことから水属性は絶対に発生しない、それは大昔から残っている記録を見ても明らかよ。少なくともこの町が出来た200年前から現代までは誰1人として水属性の魔元素を持った魚人は生まれていないわ」


 魔元素にそんな法則があったとは、ならそれを捻じ曲げて水属性を持っているNo.1は純粋な魚人ではないのかもしれない。しかしそこまでして水属性を持たせる理由とは一体何なんだ? さっき奴が言っていた魚人たちの悲願と何か関係があるのか?


「来るわ!」

「!」


 ちっ、水を得た魚とはこの事か、さっきよりさらに早く鋭い攻撃をするようになってきている。黒刀もそうだがヒレの攻撃が手足に纏わりついている水の魔装で攻撃範囲を拡大してしまっているのがさらに厄介だ。


 俺の『動く歩道』はせいぜい2つ同時の操作がやっとだから、アリスとアリーズだけなら逃がせるが俺は逃げられない。つまりどちらかは俺と一緒に乗ってもらわないといけないという事になる。


「私が前で防ぐ! お前は移動に専念しろ!」

「有難い、そうさせてもらう」


 アリスが奴の攻撃を防いでくれるのなら俺は操作に専念できる。取り敢えず奴の攻撃は今俺たちの方に向いているからアリーズはそのまま真っ直ぐ入口の方に移動させておくとして、俺はアリスと背中合わせになるようにして後ろを向く。移動するべき方向を見れないと奴から逃げきれないからな。


「アリス、ヤバかったら方向を支持してくれ。言う通りに動く」

「分かった。だが安心しろ、私が全力で防ぐ」

「頼んだぜ、相棒」



 アレンとアリスがNo.1の攻撃から逃げている頃、反対側の入り口付近に移動させられたアリーズは、ちょうどその辺りで観戦していた町長と対峙していた。


「シバス様、なぜこのような事をするのですか! まさかあの怪しげな男に何か唆されて!」

「違う。これは全て私の意思によるもの……いや、この町に住む魚人たちの意志によるものだ」

「この町の魚人たちの意志?」 


 そう言われてもアリーズには何のことかさっぱり分かっていなかった。アリーズは幼少のころからポティートで暮らしていたからだ。

 アリーズは自分がなぜ故郷の町を離れてポティートで暮らしているのか知らなかったが、それでも差別も無く何不自由ない生活が出来ていたことから今までほとんど気にすることも無かった。親の事でさえもだ。

 もちろん故郷であるこの町には何度も来たことはあるし、町の魚人たちも町長もみんな良くしてくれた。自分と同じ種族の者を見るのはここだけだったし、それだけで仲間意識が芽生えるのも当たり前のことだろう。

 だがアリーズは今町長が言った魚人たちの意志とやらを全く知らない。


「私はずっと……私だけですか?」

「そうだ、お前だけが知らない。何故か? それはお前がこの町から伯爵家へと送られた人質だからだ」

「私が人質? 一体何のために?」

「それは我々がここに暮らす為だ。ポティートの領主は我々がこの地に暮らすようになってから200年間ずっと、ここで暮らすことを許す代わりに長の家系の者をひとり人質として自分たちの家に連れて行くという事を続けて来た。それがお前だ」


 200年間この町の町長の家系の者が1人づつ人質に取られていた。アリーズはそれを聞いて驚きはしたものの到底信じられるものでは無かった。当然だ、人質というならなぜ自分を隠密部隊のリーダーにする? 力を付けさせる? 普通人質と言うのは待遇は良いが、何もさせてもらえず監禁生活を送るものだ。自分の場合はそれが全く当てはまっていない。


「私を動揺させようとしても無駄よ」

「そんなものではない、全て事実だ。が、まあそんなことは今はどうでもよい事」

「どうでもいい……? もしその話が本当なら、私はあなたの家族という事でしょう? それがどうでもいいと言うの?」

「当たり前だ。200年そうして来た、今更子供の頃に別れた者などにどうという感情も湧かん。だがこの体制については許しがたい事だ! いつまでもいつまでも人間どもに一所に押し込められ、移動するのもままならぬ!! 可能なら人間など滅ぼしてやりたいわ!」


 一般的に魚人の一生は人間の3倍と言われている。つまり魔元素のおかげで人の寿命が50年ばかり上がっているこの世界では、およそ400年近く生きるという事だ。

 アリーズの目の前に居る町長も既に350年を越えている立派な老人、200年前にこの地に来て一から町を作り発展させてきたのだから、色々と思うところもあるだろう。中には魚人に対する差別や不当な扱いもあっただろうし、その全てを貯め込んでしまったがために吐き出す事無く来てしまったのが今の町長の状態という事なのかもしれない。


「それで、それが可能でないと思っているなら貴方たちの悲願とは一体何なの?」


 老人とは思えない町長の迫力に若干押されながら、アリーズはそう聞き返した。すると、打って変わっその怒りの表情を引っ込めた町長は、静かに口を開く。


「帰るのだ。我々魚人の故郷、アトランティスへと……」


 何処とも知れぬ空を見つめながらそう答えた町長の顔は、懐かしさも何も無くただただ無であった。


「アトランティスって深海にあると言われている伝説の? 魚人の国だったのね……」

「へぇ、いいこと聞いたな」

「! あ、アレン君!? いつの間に!?」

「ちょうどいい、そんなに行きたきゃ送ってやるよ。あんた達の国のある場所へな」


 そう言うとアレンは両手を下に向けて構えた。そして……。


「お前も一緒に行こうぜNo.1! トンネル発動!」

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