第64話 戦闘!No.1 「見えない攻撃」

 No.1はまるでウォーミングアップをするように比較的ゆっくりとした動作でアリスへと向かっていく。相変わらず腰の剣を抜く気はないようで素手のまま殴りかかっているが、殴る度にさっきと同じ様な傷痕が地面に刻まれている。そんな見えない攻撃をアリスはやり辛そうにしながら何とか回避していた。


 一方、俺とアリーズは『動く歩道』でNo.1の周りを様子を見ながら移動し続け、奴の攻撃の対象とならないように距離を取って観察していた。アリーズには奴の攻撃の瞬間に何かが見えているらしいが、この薄暗さでは俺には奴が何をしているのか全く分からない。


「どうだアリーズ、何か見えたか?」

「ええ大体は。たぶんあれはヒレだと思う、それも限りなく薄くて透明なものだわ」


 ヒレだと? そんなの奴の腕には見えないが、攻撃する時にだけ出しているという事か? もしそんなものがあってもどうやって地面を切り裂いているというんだ?


「魚人の種類によるけど、ヒレがすごく硬くて鋭い刃のようになっている種族が存在するわ。それでも普通は背中や足についているのだけど、アイツが改造されていると言うならあの場所にそういうヒレがあってもおかしくないでしょ」

「なるほどそう言う事か。しかも腕のヒレは出し入れ可能とか、どんだけ改造してるんだあのマッドジジイ」


 仕掛けは分かった。地面に出来た傷痕が固いヒレによって切り裂かれたものなら、奴が攻撃した時の腕の位置とその時に出来た傷痕の位置から見てヒレは腕の外側についていることは間違いない。となれば自ずと攻撃が来る範囲というのは限られてくる。脅威度は数段下がったと言えるだろう。


「とりあえずアリスと合流するぞ。情報共有してどう対処するか考える」

「分かったわ。けどそんな考える時間をアイツが与えてくれるとは思えないから、その間は私があいつと戦っててあげる」

「大丈夫なのか?」

「ええ、これでも隠密部隊の隊長ですからね」


 自信ありげにそう言うアリーズは本当に奴を相手に出来ると思っているようで、表情にも恐れなどは見られなかった。ヌンチャクと言う武器の特性上、奴もその攻撃の軌道を読むのは難しいはず。それならアリスが戦うよりずっと時間は稼げそうではある。


 『動く歩道』でNo.1の背後に近づき、飛び降りてヌンチャクで殴りかかって行くアリーズ。それをNo.1は後ろに目が付いているかの如く左腕でガードすると、後ろを振り返ってアリーズに殴りかかった。

 それを横目に見ながら俺は先ほどまで戦闘を行っていたアリスを回収する。避けるので精一杯だったアリスは疲れたのか少々息が上がっているようだ。


「なんだ、もうバテたのか?」

「バカを言え、私があの程度でバテるものか。……それで、あの攻撃については何かわかったのか?」

「ああ、アリーズによると奴の腕にはヒレがあるらしい。収納可能な固く鋭いヒレで、それを殴りかかる瞬間に出して地面を切り裂いていたんだ」

「ヒレだと? 近くに居てもそんなもの見えなかったぞ。目は良い方だと思っていたんだがな」


 確かにあんな至近距離に居たアリスが見えていないのはかなり不自然だ。もしかして魚人の目は人間と違う特殊な構造にでもなっているんだろうか。

 アリスに説明しながらアリーズとNo.1の戦いの様子も見ていたが、アリーズは確かにヌンチャクでヒレの攻撃を防いでいるようだった。防いだ後に地面に傷がつかないのを見れば確かにヒレがあるというのも分かる。


「腕にヒレがあるとしてあの傷痕のつき方から考えると、ヒレは腕より前に突きだすような感じになるのか?」

「そうだな。たぶんそんな感じだ」


 まさに本来の目的としてのヒレではなく戦闘用という事なのだろう。右腕についているという事は左腕にもあるという事、アリーズとの戦いでギアを上げて行ってるのか、攻撃のスピードもテンポも上がっている。


「これ以上はアリーズがもたないな。とにかく作戦はシンプルだ、お前とアリーズが正面から戦っている間に俺はかく乱と奇襲を行う。分かったか?」

「ああ、分かった。そうと決まればすぐにアリーズの下に向かうぞ。急げアレン!」

「了解、俺は真っ直ぐ突っこむから途中で飛び降りろよ」


『動く歩道』の軌道を奴の正面に向かって行くように調整し、今出せる最大スピードで突っ込んで行く。するとNo.1は目の前のアリーズから俺に視線を移し、その突進に備えようと構えた。

 人間も魚人も良く動くものに目が行くものだ。そのため俺がアリーズよりも速く動いて突っ込んで注目を集めれば、他の2人が格段に動きやすくなるだろう。


 俺は奴のヒレの攻撃範囲を考えてギリギリのところで左に曲がる。すると俺が左に動いたことで奴の視線が左に流れ、俺の少し後ろで『動く歩道』に乗っていたアリスの存在に一瞬気付くのが遅れた。


「はあっ!」


 俺と同じ速度で突っ込んだアリス。俺が曲がった地点で『動く歩道』から飛び出して行った奇襲攻撃は、俺を攻撃しようとしていた奴の戦闘モードのヒレを根元からぶった斬った。もちろん斬った瞬間は俺もアリスも見えていなかったが、それが本体から離れた瞬間白く濁ったことでハッキリと分かるようになる。


「やるな。だが右が留守だぞ」

「何!? 左腕か!」

「いや、左足だ」

「ぐあぁっ!!!」


 流石あのNo.8より強いというだけはあるな、戦闘においての判断力と瞬発力がずば抜けて高い。

 奴は切られた右腕のヒレを囮に使い、左足での攻撃の存在感を隠していた。比較的近くに居たアリーズは気づいていたようだったが一歩遅く、その足はアリスの鎧の胴の部分に直撃する。そしてその鎧には、奴の足の形とその先に鋭い刃物で切り裂かれたような切れ込みが入っていた。


「足にもついているのか!?」


 腕にも足にもあの見えないヒレがあるなんて、全身がまるで刃物で装飾されているようだ。しかもこれで奴はまだ本気じゃない。腰の剣を抜いていないのが何よりの証拠だ。


「アリス! 無事か!」


 蹴飛ばされたアリスに近寄り助け起こすと、アリスは蹴られた部分を抑えながら立ち上がった。どうやら衝撃はあったようだがヒレによる斬撃は体には届いていないようで血は出ていない。


「お前たちのせいでヒレが1つなくなってしまったな。仕方がない」

  

 そう言って腰の剣を右腕で抜くNo.1。その黒い刀身と美しい波紋はこの剣がとてつもなく切れ味が良い名刀だという事を知らせてくる。


「こっからが本番ってか?」


 いやあの顔、まだ何かありそうだな。


「さあ、もっと楽しませてくれ」

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