第57話 再会と白スーツ
アレンにアリーズを追うように言われたアリスは、遠ざかっていく戦いの音を聞きながら城の中を彷徨っていた。アリスもこのテーマパークに来たのは初めてで、もちろんこの城の中に入った事も無いので当たり前だ。
アリスは走りながら考える。もしアレンの言ったことが本当でアリーズが敵側なのだとしたら、アリーズはこの後何をするだろうか。
「くそっ、アリーズめ一体何を考えているんだ、伯爵様を裏切るのか」
抑えきれない感情が胸の内から上がって来て勝手に口から飛び出す。
アリーズはアリスにとって幼い頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染であり、ライバルであり、姉妹のような存在。
頭の中でこれまで共に歩んで来た色々な風景が、浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
そうこうしている内にアリスは城の中央部にある水族館のような場所に到着した。巨大な水槽の中には様々な海の生物が泳いでおり、薄暗いなか水槽だけがライトアップされとても綺麗だ。しかし、綺麗でもこの薄暗い環境は今のアリスにとって痛手だった。何せ今はアリーズを探している最中、こう暗いと物陰にでも隠れられていたら見つけられない。
人が1人も居ない水族館を歩き回るアリス、未だアリーズの姿は見つからない。
「ここは一旦諦めて次の場所に行こうか」アリスがそう呟いて通路を探していた時だった。ふと1つの扉の上に緑色に光っている文字のようなものが見えたのだ。なんだと思って近づいてみると、そこには非常口の文字が書かれていた。そこでアリスは閃く、もし逃げるのなら早々に建物から出て船に向かうのではないかと。
「む? 鍵が掛かっているのか」
鍵が掛かっているという事はアリーズはここを使っていないという事かとそう思ったアリスだったが、すぐに違和感を覚えてもう一度ドアノブを回してみる。やはり鍵が掛けられているのは間違いない。だが、それが違和感の正体だった。非常口だと言うのに鍵が掛かっていたらそれこそ非常時に機能しない無意味なものになってしまう。
「ならばやはりこの先か!」
見たところ頑丈そうな鉄のドアなので、刀で斬れるかどうかは分からない。それに鉄格子の時に無茶な扱いをしたせいで少々刃が傷んでしまっている。ここでさらにドアを切ろうとすれば折れてしまうかもしれない。
そこでアリスが取り出したのは何やら細い金属製の棒が入ったケースだった。
アリスは昔孤児院で生活していた頃、ごろつきが集まっていた当時の酒場で女盗賊にピッキング術を教わっていたことがある。
相手としては自分と同じ女で孤児院生活をしているという部分に共感して生きて行く術の1つとして教えようとしたのだろうが、騎士を目指すと決めてからはやましい事には全く使う事は無くなっていた。
しかし、今でもアリスは暇な時があると自分の鍵付きの小物入れや衣装棚を相手に鍵開けをしており、そして任務の際にも毎回何かに使う事があるかもしれないと持ち歩いていたのだ。
「単純な鍵だな。これなら直ぐに開く……よし、開いた!」
まさか悪ガキ時代に覚えたことをこうして任務で使う時が来るとは。そう苦笑しつつもアリスは城の外へと続く通路を走る。
そして外に出たアリスは、思った通り何者かがこの通路の出口から船の方へと向かっているのを確信した。地面に散らばっている物を掃けて通られたか後があったからだ。
「やはりか。急がなくては!」
外に出たことで再びアレンとNo.8の戦闘音が聞こえてくる。アリスはそちらが気になりつつも、その度にアレンの言葉を思い出してアリーズを追った。
真っ直ぐ船着き場に続く道を走り、邪魔な障害物を飛び越えながら船着き場へと入って行くアリス。すると幸いにも船は今まさに出発しようかという所で、急いで飛び乗ればまだ十分間に合いそうな位置にあった。
「逃がさん!」
石造りの桟橋から大ジャンプして船の後部デッキへと飛び乗るアリス。後はこの船のどこかに潜んでいるであろうアリーズを捕縛するだけだ。
とは言えアリーズもアリスほどではないが中々戦う事の出来る人物、油断していればこちらがやられてしまうので慎重に様子をうかがいながら捜索する。
後部デッキから前部デッキまでは左右どちらかの通路を進むだけだ。後部デッキから船内に入ることも出来るのだが、先に船外にアリーズがいないかどうかを確認しておきたい。
後ろから見て右側の通路を通り前部デッキへと向かうアリス。するとやがて大きなコンテナが見えて来たので、それに張り付くようにして影から前部デッキを見た。
一応警戒して前部デッキを偵察しているが、まさかここにアリーズは居ないだろう。そう思っていたアリスだったが、前部デッキを見て驚くことになる。そこにはなんとアリーズがぽつんと1人で座り込んでいたのだ。
こちらに背を向けているのでここからでは何をしているのか分からないが、何をしていてもいいように警戒しつつ慎重にアリーズに近づいて行く。
そしてすぐ後ろに来たところでアリスはアリーズの背に刀を突きつけた。
「アリーズ、見損なったぞ! 私たちは共にポティート領の市民のために尽力すると誓ったではないか!」
刀を突きたてた状態でゆっくりと左から回り込む。この後どうするにしてもちゃんと顔を見て話しておきたかったからだ。
そうして半分を過ぎたところでアリスは異変に気が付いた。返事が返ってこない事もそうだが、アリーズが何かこう小刻みな動きをしているのだ。だが、何か変なコートを着ていてここからではよく見えない。
そうしてアリスはゆっくりと慎重に正面に回りきってアリーズを見ると、そこには両手足と口を粘着ガムでつながれたアリーズの姿があった。
「一体どういう事だ?」
「むーっ! むーっ!」
「待て、今焼き切る」
指先にほんの少し炎の魔装を発生させて粘着ガムを焼き切って行く。この粘着ガムは炎に弱いのでこうすることで簡単に溶けるのだ。
どうしてこうなっているのかさっぱり分からない為、まずはアリーズの口元のガムを溶かして行く。すると口元が解放されたアリーズが突然叫んだ。
「アリス! 後ろよッ!!」
「ッ!!」
咄嗟に床に置いていた刀を取り頭上に構えると、直後そこに細い剣が振り下ろされた。金属同士のぶつかり合いで発生した火花がアリスに降りそそぐ。
剣を振り下ろして来たのは白いスーツを着た長身の男だった。その男は白い髪の隙間から赤い瞳をのぞかせてアリスをじっと見つめている。
切りかかって来た男に対して剣を弾き返しながら振り返るアリス。
そしてその姿を見たアリスは、この男が何者なのかをすぐに理解した。
その白スーツの胸元にこう書かれていたからだ。『No.1』と。
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