第52話 誰も居ない
船が水壁門を通過し、もう少しで門が閉まってしまうというタイミングで、俺たちはなんとか滑り込むことに成功した。
後は船の後部デッキに降り立ち到着するまで隠れておけばいいだけだ。
「それにしてもこの時間でもまだパーク内に行く船があって良かったな」
「ああ、それは夜のパレードがあるからよ。だからパークの閉園時間はもっと遅くて、確か22時ぐらいだったと思うわ」
「なるほど、パレードか」
そう言えば日本でも有名な千葉の所とか、大阪の所とかも夜のパレードがあると聞いたことがある。俺は修学旅行で1回行ったきりで、夜には行ったことが無いので直接見たことは無いのだが、動画で見た感じでは綺麗で賑やかで楽しそうだった。
ちなみに俺は修学旅行で千葉の所に行ったのだが、アトラクションの1つも乗らなかったし、冬だったからめっちゃ寒かった。それだけが思い出さ。
それはそうとこの船が下に着くまで20分かかる。その間派手な動きをして見つかるわけにもいかないので、背中の『レンコン』で訓練をすることも出来ない。となれば時間をつぶす手段はお話しかないので、ここで少し気になっていたことを聞いてみることにした。
「そう言えば、2人は昔から知り合いなのか? かなり親しそうな感じだったけど」
「ええ、私とアリスは同じ年にポティート伯爵の下へやって来て、一緒に訓練を受けてきた仲なの」
「へー、てことは小さい頃のこいつに苦労させられたんじゃないか?」
「ふふっ、そうね」
やっぱりな。ただでさえ今のアリスでも大変だってのに、子供の頃のもっとやんちゃだったアリスに苦労させられてないはずが無い。年が近いなら特にだろう。
「なっ! 何を言うかアレン! 私の方こそアリーズに苦労させられてきたんだぞ! すぐに泣きべそをかいて毎回慰めるのは大変だったのだ!」
「へっ?」
「ちょっ! 何を言ってるのよアリス! それは言わない約束でしょう!」
嘘だろ、そんな感じには全然見えない。今はむしろ余裕綽々と言った感じじゃないか。小さいアリスにちょっと年上のアリーズが世話を焼いているイメージがあったけど、まさか逆だったとは意外だな。
しかしながら、ちょっと話の内容を間違えたな。アリスとアリーズがヒートアップして段々と声が大きくなって行ってる。ここは何とか鎮めないと。
「まあまあ、2人とも子供だったんだから仕方ないって。アリスも子供ならやんちゃするのは当たり前だし、アリーズもちょっと年上だとしても当時は子供なんだから泣きもするさ」
「ちょっと待てアレン、私とアリーズは同い年だぞ」
「えっ?」
てことはこの大人っぽい大人のお姉さんなアリーズは、アリスと同じ19歳……?
いやいや、えっ? 嘘でしょ。こんなエロい雰囲気醸し出してんのに、どう見たって20は越えてるじゃん! 経験豊富って感じじゃん!
「うふふ、アレン君そんなに私の事お姉さんだと思ってたの?」
「うわっ!?」
や、止めろ! 今座ってたからってその四つん這いの格好で近寄って来るな!
「おい、アレンに近づくなと言っただろ!」
「あぁん! もう、なんで邪魔するのよアリス!」
「私はアレンの専属護衛騎士だぞ! アレンを危険から守るのが仕事だ!」
「危険って何よ! むしろ優しく包み込んで癒してあげようとしている途中じゃない!」
はーヤバい、今度は俺のせいで火が付いたぞ。この2人仲は悪くないみたいだけどいつもこうなのか?
もういい仕方がない、ここは間に入ろう。俺が我慢すればいい話だもんな、うん。そうしよう。
「だ、大丈夫だアリス。さ、アリスはこっちに、な?」
「ほらぁ、アレン君だって私を求めているじゃない!」
「むぅ、アレンがそう言うのであれば……」
よ、よし、これで……ひあっ!?
「アレンく~ん、ふふふっ、どう? お姉さんの体、あたたかいでしょう?」
「そそそそそそうですね!?」
アカン! 気持ちわりぃ! 別々の意味のゾクゾクが一気に体を駆け巡ってる。うわぇぇ。
こりゃいかんと咄嗟に反対側のアリスの手を握る。
頼む! その万力のような力で俺の手を痛めつけてくれ! この状況を変えてくれ!
「ん? ふっ」
な、なぜだ!? なぜ優しく握り返す!? 違うんだよ今求めているものは! そうじゃ無い! そうじゃ無いんだよ!
仕方がない、最終手段だ。本当はここからあまり動かない方が良いのだが、こうなったら船内の様子が気になるとか言って離れるしかない。じゃなきゃ着く前に俺が死ぬ!
「ち、ちょっと船内の様子が気になるから見てくるよ」
「あっ、アレン君、あんまり動かない方が良いわ」
「大丈夫大丈夫、少しだけだから」
「では私も行こう」
「え、ああ、じゃあついて来てくれ。アリーズはここで待機を頼むよ。すぐ戻る」
そう言って素早く立ち、足早に前部デッキの方へと向かう。後ろから「え~っ」と小さく声が聞こえた気がしたが、気がしただけなので気にしない。
それにしても。
「おいアリス。なんでさっき俺の手を痛めつけてくれなかったんだ! おかげで俺は死にかけたんだぞ!」
「は? いきなり何を言っているんだお前は。それより早く確認して戻るぞ」
「あぁぁ、戻るのかぁ」
「当たり前だ。まずは前部デッキを見て、次に見つからないようにしながら船内を少しだけ確認だ」
「はあぁ、分かったぁ」
俺が言い出したことなのにアリスが先頭に立って歩きだす。この船は大きいとは言っても歩いて30秒もあれば後部デッキから前部デッキにたどり着く、という事は戻るのもそれほど時間が掛からないという事だ。くっそ。
後部デッキから前部デッキへと歩いていても、誰にも会う事は無かった。そもそもお客さんが出歩ける場所が前部デッキの方のみだからだろう。スタッフが居なかったのはラッキーだったな。
「よし、この物陰から確認するぞ」
「おう」
何が入っているのか分からない大きな木箱に隠れつつ、前部デッキの様子を見る。しかし予想に反して前部デッキには誰の姿も無かった。
確かに今の時間帯はちょうど夕食時だし、人が少ないのはまあ納得できる。だが1人も居ないと言うのは偶々なのか?
「次は窓から船内を確認しよう。確か前部デッキの方を向くように食事スペースがあっただろ。あそこはデカいガラス窓から外を見れたはずだ」
「ああ、2手に分かれるか?」
「いや、一緒でいい。確認で1人、見張りで1人の方が見つからずに済むだろ」
「確かに、ではそうしよう」
もう一度前部デッキに人が居ないのを確認し、前に回り込んでガラス窓の端から中を覗く。すると休憩スペースには白い机と椅子が綺麗に並べられており、誰の姿も無かった。お客さんどころかスタッフの姿もない。
その後、外から見える範囲の場所は全て見て回ったが、結局誰の姿も見つけることが出来なかった。
「おかしい、流石に誰も居なさすぎる」
「アレン、一旦アリーズの所へ戻ろう」
「……そうだな。ひとまずそうしよう」
この後アリーズの下へと戻り今見て来たことを話すと、そう言う事もあるかもしれないと言われた。点検のために操縦室のみ人が入って船を動かしているという事もまれだがあるらしい。
俺とアリスはその話に少しの違和感を感じながらも、そのままパークに着くのを待った。しかし、パーク内で俺たちが目にしたものは……
「アレン! スタッフルームにも救護室にも誰も居ない!」
「パーク内もざっと見える範囲では誰の姿もないわね」
「おいおい、一体どうなってんだ」
まったくの無人状態となった海中テーマパーク、『シーアイランド』の姿だった。
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