第53話 No.8

 パーク内に人が居ない。まさかと思って船に戻って船内を調べてみると、なんと船内にも全く人の姿が無かった。


 どうやって船は動いていたのかとか、なぜ水壁門が開いたのかとか、色々と分からない事とは多いが、そんな事よりも今の状況が何を意図してこうなっているのかが気になる。


 こうして普段は人で賑わっている所から人を排除してしまう理由とはなんだろうか。例えば何かしらの特別なイベントがある時、点検だったり、避難訓練で一時的に居なくなっているという事も考えられるが、タイミングがあまりにも良すぎる気もする。今日の昼には俺たちはここに居たし、その時には夕方から何かがあるという知らせも特に何も無かった。


 これが意味するところを考えると、例えば敵は俺たちがこの時間ここに来ることを知っていたという事にならないだろうか。

 そうなると『高速道路』の事や戻って来るまでの所要時間がどれくらいになるのかというのを知っている人物は限られてくる。まさか伯爵様やオリヴィエ様が知らせるはずは無いだろうから、となればスパイは俺たち14人の中に居るという事になってしまう。


 まず俺とアリスは白だろう、ずっと一緒に行動していたしな。となると後はジジイとアリーズ、それからアリーズの部下の諜報隠密部隊委員10人の中に居るという事になるのだが、ぶっちゃけもうスパイが誰なのかは見当がついている。


「アレン君、夜のパレードは城前の広場付近で行われるわ。そこなら人が居るかもしれないし、行ってみない?」

「そうだな行ってみよう。このままこの辺りをうろついてても仕方ないし」


 俺がスパイだと疑っている人物、それはアリーズだ。

 言っておくがアリーズが魚人だからとかではない、そもそも諜報部隊の中には何人か魚人も居るしな。

 

 俺アリーズのことで気になっていたのは、ある会話での一言だ。

 それは『ランドシータウン』に着く前に全員でどう動くかを決めていた時の事、あの時アリーズは何故か俺の『エアロード』について知っていた。もちろん諜報部隊員だから知っていたという事も考えられるが、だとしたら何処でその情報を入手したのか。隊長が言うはずは無いし、もし『ジーン』に諜報員が居たのだとしたら戦いを静観していた意味が分からない。となると知れるタイミングは2時間前『ポティート』に入った直後に使った時だけだが、その時にはもうアリーズは伯爵様の屋敷に居て俺の情報入手するタイミングが無い。


 じゃあどこで俺の能力の事を知ったのか。そう考えるともう俺たちがこの『ランドシータウン』から脱出した時に使ったのを誰かが伝達紙でアリーズに伝えたとしか考えられなかった。


 正直推理としてはガバガバで疑うのも失礼だという気持ちもあったが、彼女に言われてパーク内に入ってみればこの状況、もう疑わないという方が無理だった。


 ただ、疑っては居ても確信は無いしそもそも証拠が無い。なので今は彼女の誘導に従って動いてみる事にする。


 アリーズに言われた通り普段夜のパレードが行われているという城前広場に3人でやって来た。

 広場は真ん中に噴水と筋骨隆々のトライデントを持ったオッサンが戦っている銅像が立っていて、全方向から放射状に続く道と海水の流れる水路の終着点になっているようだ。


「やはり誰も居ないな」

「ちょっとお城の中を見てくるわ」


 広場にはやはり誰の姿もない。魔法電灯の明かりは点いているし、パレードの道具などが散らばっていたりはしているが、肝心の人間はスタッフもお客さんも全て忽然と消えてしまったかのようだ。


「アリス、どう思う?」

「ああ、やはりテーマパークと言うだけあって飾りつけも電灯の使い方も上手いな。すごく綺麗だ」

「いや、そうじゃない。それも確かに綺麗だが、この人が消えたみたいな状況についてだよ」

「ああそっちか、確かに変だな。まるで一瞬で人だけ消えたかのようだ」


 そう言いながら落ちていた小さな人魚のぬいぐるみを拾うアリス。多分ここに来ていたお客さんの子供の物だろう。


「それにしても、アリーズを一人で行かせて良かったのか?」

「問題ない。あいつはああ見えて結構やるやつだからな」


 アリスの中にはアリーズに対しての信頼がかなりあるらしい。出来れば俺の思った通りアリーズがスパイであってくれた方が俺としては都合がいいんだが、アリスの様子を見ているとそうなって欲しくない気もしてくる。


 そうしてしばらく辺りを散策し、周囲の建物の中にも人が居ないかどうかを調べた。しかし、ここも予想通り人の姿は無く、まるで今まで作業や買い物をしていたかのような形跡だけが残っていた。


「それにしても、アリーズ戻ってこないな」

「ああ、ん? おいアリス、城の前に何かあるぞ」

「なんだあれは?」


 黒い大きな箱だ。高さは約3メートル、幅は普通体系の人が横に3人分ぐらいだろうか。そして一番目立つ中央に黄色でNo.8と書かれている。


 慎重に近づいてみると、箱の材質は木ではなく金属のようだった。端の方はボルトのような物で綺麗に留められている。


「何かは分からんが、アリーズと合流したほうがよさそうだ。私は城に入ってアリーズを探してくる。アレンはここで待っていてくれ」

「了解、気を付けろよ」


 そう言ってアリスが城の中に入った直後だった。いきなりガシャン! と音がしたかと思うと、城の入り口が鉄格子で封鎖された。そしてそれに続くように広場から出る道も次々と鉄格子で塞がれる。


「なんだ! 何が起きている!」

「さあな、けどこいつが関係してるのは間違いなさそうだ。開くぞ!」


 目の前に置かれた黒い箱、その両端に留められていたボルトが自動で外れて行く。

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