第50話 槍ください
まいった、俺は前世での一件があってこういうタイプの女が苦手だ。
あれは前世で社会人2年目の頃、同じようなタイプの女に騙されて金を貢がされそうになったことがある。クルクルと良く回る舌で若造だった俺の心を簡単に操る女は、搾れるだけ搾って何も無くなったらポイする予定だったらしい。
幸いその女が別件で先に逮捕されたので俺は全て失くすことにはならなかったが、それ以来こういうタイプの女どころか女自体に不信感を抱くようになってしまった。だから死ぬまで彼女の一人も居なかったんだ。
この人を見ているとあの時の事を思い出す。この世界に来て多少はマシになったと思ったのだが、どうも似たタイプだと駄目らしい。
ああ、なんかちょっとドキドキしてる自分になんかムカついてきた!
誰かに助けを求めようとチラリと伯爵様を見るが、伯爵様は「仲が良いことは良いことだ」とか言いながら笑っている。ならばオリヴィエ様はと視線を移してみるも、何故か顔を覆って指の隙間からこちらを見てブツブツ言っていて、それどころじゃなさそうだ。
誰か、誰かいないのか、この状況を邪魔してくれるやつは。
「いい加減にしろアリーズ。アレンが困っているだろ!」
俺がアリーズに迫られ疲弊して来ていたその時、俺とアリーズの間に割って入るようにして救世主が現れた。
「アリス!」
「あら? アリスじゃない。居たのね、気づかなかったわ」
「さっきから横に居ただろ! まあいい、それより必要以上にアレンに近づくな」
おお、なんと頼もしい事か! やはり持つべきものは専属護衛騎士だな!
諜報部隊の隊長をやっているというだけあって悪い奴じゃないんだろうが、苦手なものは苦手なのだ。アリスぐらい真っ直ぐな馬鹿の方が裏表が無くてずっといい。
「それに今はそんな事をしている場合ではない」
「せっかくいい雰囲気だったのにつまらないわね。じゃあアレン君、今度2人っきりでお食事にでも行きましょうね!」
「あはは、はは……」
「その時は私もついて行くぞ。私はアレンの専属護衛騎士だからな」
「え~っ」
さて、切り替えて『ランドシータウン』で起こっていることについて話さないと。あの町で起こっている出来事について伝達紙で伝えてはいるが、やはりあの町からの報告は何も来ていなかったのだろうか。
「ランドシータウンから私にはこれまで何の報告も来ていない、やはり騎士隊もあの町の上層部も何か隠しているようだ」
「その隠し事が毒と何か関係があるのでしょうか?」
「それは分からんが、毒という診断が出ていなかったにしても死者が2人も出ていて報告が来ていないのはおかしい」
「ではやはり騎士団支部と上層部の調査を?」
「うむ、アレン君、諜報部隊と共に調査に当たってくれるだろうか?」
まあ、そう来るとは思っていた。一応『
「承知しました。ですが代わりに1つだけ、今回の休暇の残りの日数分はまた後日に取らせてください」
「それはもちろんだとも」
それさえ聞ければ問題はない、後はさっさと問題を解決して戻って来るだけだ。
残りの休暇はまた別の所にでも行こう。そうだな、今度は王都に行ってみるのもいいかもしれない。
話が終わって3人で武器庫に向かう、もちろん俺の槍を借りるためだ。
武器庫の前に居る見張りの兵士に事情を話して中に入ると、そこにはつい最近知り合いになった人物が俺たちを待っていた。
「隊長! 何でこんな所に!」
「やぁアレン君! 数日ぶりだな! 何でって、君が槍を探してるって連絡が来たからさ、ここは一応整理はされてるが槍はあまり使わないから場所が分かりにくいかと思ってね」
「それでわざわざ隊長が来てくれるなんて、もしかして暇なんですか?」
「ははっ、言ってくれるな! ま、実際私も少し休暇を貰っていたから暇だったんだけどね。さ、こっちだ」
窓のない薄暗い部屋の中、松明の明かりがだけが室内を照らしている。
樽のようなものに無造作に入れられた剣、壁に立てかけられた弓と矢、大量にあるそれらは所狭しと置かれていて、確かにこの中から槍を探すのは大変そうだ。
隊長は壁に置かれていた松明を1つ取ると、奥へ奥へと進んで行く。どうやら貴重な武器は奥の方に置いてあるらしく、進むにしたがって棚にきちんと入れてある武器が多くなってきていた。隊長によると、これらには高名な魔術師に状態保存の魔法を掛けてもらっているんだとか。
「着いた。これだ」
「これ? でもこれは」
見るからに高級そうな長い木の箱だ。大きさ的に槍が入ってるのは間違いないんだろうが、どう見ても貴重な物が入っているだろう事が分かる。
隊長が木箱を結んでいた太い紐を解くと、中にはこれまた高級そうな布に包まれた槍が姿を現した。
「わ~お、すごく綺麗な槍じゃない!」
「確かに、美しい槍だな」
いや、めっちゃ綺麗だよ。だけどさ、俺が欲しいのはもっとこう壊しても大丈夫そうな鉄の槍とかなんだよ。それが数本でもあれば十分だ。
「言いたいことは分かるが、残念なことに槍はこの1本しか無いんだ」
「え、マジで?」
「マジだ。元々槍なんてもう随分と使われてなかったからな、普通の鉄の槍は磨かれることも無くなって、錆びて使い物にならなくなったので捨てたと聞いている。コイツは名のある槍だったからこうして残ったけどな」
名のある槍か。柄の部分には赤と金を基調とした細かい装飾が施されており、何故か鈍く青色に光っているように見える先端部分はどことなく海や空を思わせる。そんな槍だ。名の1つぐらいあるだろうな。
「こんなの俺が持って行っても良いの?」
「ああ、伯爵様からのお許しは出ているよ」
「そう……」
隊長から槍を渡されて上から下までじっくり見てみる。
じゃあこれぶっ壊れてもいいよね、なんて言えるような槍ではないよな。きちんと持ち帰らないと。
「最後にこの槍の名を教えておこう。この槍は天を突き地を割る槍、その名も『レンコン』だ」
「え?」
「聞こえなかったか? 『レンコン』だ」
あ、やっぱぶっ壊れてもいいや。
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