第42話 魅惑の海鮮丼

 海魔獣の描かれたアーチを潜り町の中に入ると、そこには地中海に面したスペインの街並みのような白い建物がずらりと並んでいる。

 海に向かって降りて行くように造られた道には海辺の街特有の商品が売られる店がちらほらと見られ、太陽の光に輝く透き通ったオーシャンブルーのアクセサリーや不思議な形の綺麗な貝殻が、ここに訪れた者たちを海へと誘うようだ。


「海中テーマパーク『シーアイランド』へようこそ! お客様3名様でよろしかったですか?」


 輝く笑顔と小麦色の肌。白い歯を惜しげもなく見せてくるこの女性は、俺たちが今から入ろうとしている海中テーマパークの受付スタッフさんだ。

 上半身は人間、下半身はお魚。そう、この女性は人魚さんである。

 着ている服はピッタリとしたウエットスーツのようなもので、胸にワンポイントとして『シーアイランド』のロゴマークが入っている。こういう服なのは海中を泳ぎやすいようにという事なのだろう。


 俺たちが居るのはまだ入り口のちょっと入った場所で、パーク内にも入っていないらしいがもうここでも全くの別世界という雰囲気が漂っている。

 乾燥を防ぐためか、それともお客さんを盛り上げるための演出なのか、トンネル状の広い通路の頭上には何本もの水のアーチが掛かっていて、その中を魚や魚人たちが悠々と泳いでいるのだ。

 しかもその水はガラスに囲まれているとかではなく、簡単に触ることが出来る。これも魔法なのだろう。


「3人? いえ、俺たちは2人とペットの犬1匹です」

「ですが、そちらの方は……?」


 そう言われて振り返ると、さっき置いてきたはずのジジイが後ろに立っていた。


「げっ、ジジイ、あんたいつの間に!」

「甘いぞ小僧! ワシから逃げきるなんぞ1000年早いわ! それよりお姉さん、大人3枚ね」

「はい! では大人3枚で銀貨15枚になります!」


 銀貨15枚、つまり日本円で言えば1万5千円だ。高いように思えるかもしれないが、千葉のあそこはもっと高いのでこんなものだろう。


「む、銀貨5枚じゃと。……よし、我が弟子アレンよ。ここはワシとアリスの分も一括で払っておいてくれ!」

「何言ってんだジジイ、いつ俺があんたの弟子になったんだよ! 自分で払え銀貨5枚ぐらい!」

「いつも何も、この旅行に出発した時にアリスにお主をを鍛えてくれんかと頼まれたんじゃから、その時からに決まっとる」


 は? アリスが俺を鍛えてくれるようにこのジジイに頼んだ?

 そう思ってアリスを見ると、アリスは頷いて口を開いた。


「その通りだ。私が師匠にお願いした」

「何で?」

「一緒にムーを倒した時、お前は自分に敵を倒す力が無いと落ち込んでいたようだったからな。ならばと思って師匠にお願いしてみたのだ。まずかっただろうか?」

「い、いやいや、全然まずくはない。お前の優しさだからな、うん、受け取るよ有難く」


 あの時ひと言もそんな事言ってなかったのに気づかれていたとは。めっちゃ顔に出てたってこと? 恥ずかしーっ!

 仕方ない、ここはアリスの分は払おう。それでお相子だよな。うん。


「これ2人分です」

「あ、アレン。私の分は自分で払うぞ」

「良いんだよ。やってもらった事にはちゃんと返さないとだろ」

「しかし」


 食い下がるアリス。だが頼む、ここは俺の為に引いてくれ!


「じゃあついでにワシの分も払え、小僧」

「嫌だ!」


 ジジイの分まで払う気は無い!


「いいのか? 可愛い我が弟子のせっかくの好意を無にすることになるかもしれんぞぉ?」

「……くっ、分かったよ。ただしジジイ! てめえは後でちゃんと返せ!」

「ああ、分かっとる分かっとる。さて、ピチピチの姉ちゃんを探しに行くぞい!」


 そう言って一人で歩いて行くクソジジイ。今だに奴のすべてが疑わしい。

 それとそこ! アーチの中の魚を獲って食おうとするな! 犬のしつけがなってないとか言って追い出されたらどうすんだ!


 ジジイもそうだがいぬの行動から見ても俺たちって最悪の客じゃん。ほら、受付の人魚さんも引きつりそうになる顔を必死の営業スマイルでこらえてる。


「で、ではごゆっくりお楽しみください!」


 あっ、流された。


「アレン、後で私も返すぞ」

「いやいい、と言うかむしろ返さないでくれ、俺のために」

「? 何か分からんが、お前がそう言うなら分かった。それはそうと師匠は先に行ってしまったな」

「ほっとけあんなの。それよりさっさと海鮮丼食いに行こうぜ! 腹減っちまった」

「そうだな。実は私も気になっていたのだ海鮮丼!」


 逸る気持ちを抑えながら2人と1匹で入場路を歩いて行き、しばらくするとやがて目の前に巨大な船が現れた。どうやら帆船はんせんのようで帆が張られているが、ここは周りを海の水に囲まれているので風なんて無いし、どこにも行けそうにない。

 一体なぜこんな所に? そう思っていると乗り込みをする桟橋から受付で見た人魚さんと同じ服を着たスタッフの女性が現れた。今度は人間だ。


「皆さま、海中テーマパーク『シーアイランド』へようこそ! パーク内へはこちらの帆船に乗って向かいます。お乗りのお客様はご乗船ください」


 どうやらこの船に乗ってパーク内へ向かうらしい。だが船なんかでどうやって海中に行くんだ? さっぱり見当もつかない。


 俺たちが乗り込むと船は錨を上げて動き出した。風もなく進む船、不思議に思って海面をよく見てみると川のように流れているのが見えた。なるほど海流を作って流してるのか。じゃあ帆とか要らないじゃん。


 進むのは良いが目の前はただの水の壁だ。このままいけば激突して海中に飲まれるのでは? とそう思ったが、杞憂だったらしい。いきなり目の前の壁が左右に真っ二つになったかと思うと、そこに下へと続くスロープ状の海路が現れたのだ。


「凄いなこれ、海水のトンネルか。海の中で何かが光ってて幻想的だ」

「あれは海光魚かいこうぎょだな。飼いならして照明の代わりにしているのか」


 リュウグウノツカイみたいな魚が体中を光らせながら船と一緒に泳いでいる。

 これを見るだけでもここに来た価値があると思えるぐらいには綺麗だ。


 しかし今は花より団子。俺は腹が減り過ぎて町の方で食べなかったことを若干後悔し始めていた。

 

「あ~、腹減ったなぁ」

「着くまで我慢だな」


 こんな事なら携帯食料の1つでも持って来ておけばよかった。空腹が最高のスパイスとか言ったやつ誰だよ。


「お客様へお知らせいたします。当船は約20分ほどで海中テーマパーク『シーアイランド』へと到着いたします」


 20分!? マジかよ。きっつ!


「船内では飲食物の販売やお土産物の販売もしておりますので、お待ちいただく間にぜひお越しくださいませ。なお本日のおすすめメニューは『魅惑の海鮮丼』となっております。数量限定ですので、お買い求めの方はお気を付けください」

「おいアレン『魅惑の海鮮丼』と言っていたぞ、食べに行くか? ……アレン? あ、もうあんな所に!」

「おい何してるアリス! 魅惑だぞ魅惑! これを逃せば一生後悔するぞ! 早く来い!」


 海鮮丼、海鮮丼、海鮮丼、海鮮丼、海鮮丼、かいせんどん! 

 

 待ってろよ魅惑の海鮮丼! ヤッフー!

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