第43話 急病人のロケット

「うまうま」

「そんなにがっついて味が分かるのか?」 

「あじ? 分かる分かる」


 今俺たちは船内で買って来た『魅惑の海鮮丼』を船のデッキで椅子に座って食べている。

 というのも、この船で買える飲食は全てテイクアウトだったからだ。

 俺はてっきり中に食堂があるのかと思っていたのだが、どうも船のあちこちに飲食できるスペースが設置されているらしく、そこからの景色を見ながら飲食してほしいという事らしい。


「いや~、しかしこの海鮮丼うめ~な~。何の魚かさっぱり分かんないけど」


 見た目は俺が前世で見た海鮮丼と同じような感じだ。

 マグロ、サケ、いくら、うに、イカ、タコ、エビ、何でもかんでも入ってご飯まで大盛りの超豪華海鮮丼。だが、この世界に似た生物は居てもまったく同じ生物はそうそう居ないと思うので、いつかこれらの生きた姿を見るのがちょっと怖い。


 ちなみにこの世界じゃ米もパンも同じぐらい主食として食べられている。米の方はなんでも昔の偉い人が広めて回ったんだとか。よくやるよな。ちなみにこれらも似てるだけだ。

 まあでもそのおかげでこうして美味い丼を食えたんだから、有り難く感謝しておくか。神にすら感謝なんてしない俺からの感謝だ、きっとその人も喜んでいることだろう。


「あ~美味かった! ご馳走様でした!」

「早いな。ちゃんと噛んで食べたのか?」

「そんなこと気にしてたら楽しく飯が食えないだろ。ほら見ろ、いぬだってこんなにがっついて食ってるじゃないか」


 せっかくなのでいぬにも同じ魚の刺身を食わせてやっている。中々値段は高かったが、先日の件の報酬が結構あるので全く問題ない。


「そうか、ならお前はいぬと同じか」

「むっ、そう言われるとちょっと……」

「ガフガブガブ、わう?」


 そ、それにしても良く造られた船だ。時間が掛かることを前提として色々な要素を盛り込んであって、お客さんが飽きることなく楽しめる工夫がされている。20分間海中トンネルの景色見ててもつまらないからな。

 さっき海鮮丼を買いに船内には行った時も他に色々と面白そうな物があった。

 ちょっとした海中探査用ポットのような物もあったし、帰りには乗ってみても面白いかもしれない。


「そう言えばあのジジイはどこに行ったんだろうな。船の中じゃ見かけなかったけど」

「分からんな。師匠は神出鬼没なところがあるから」


 別の船に乗ったとか? いやいや、それにしても俺たちとそんなに時間差無かっただろ。


 まあいいか、ジジイの事は。


 それより気になるのはアレだ。なんだアレは? さっきから海水トンネルの外でチカチカと激しく点滅している物体がある。

 最初は海光魚の一種かと思ったが、見たところそんな点滅現象を起こしているのはあの物体だけだし、何ならその光の周りだけ他の海光魚が居ないようで余計に目立っている。


「アリス、アレなんだか分かるか?」

「いや、だが海光魚の一種じゃないかと思うが」

「だんだんこっちに近づいて来てるよな、アレ」

「ああ、そう見えるな」


 何だろうな。こんな海の中に光る物体、前の世界ならまだしも今の世界じゃ何もピンとこない。ネットなんて便利な物は無いからそもそも海に関する情報がほとんど回ってこなかったからな。それこそ青くて波があって風が吹いてて綺麗だね。ぐらいだ。


 もういっそ職員さんに聞いてみた方が良いかもしれない。ずっとこっちに向かって来ているようだし、ここに突っ込んで来たら大惨事になる可能性もある。


「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

「はい、構いませんよ。シーアイランドについてのご質問ですか?」

「いえ、さっきまで外で飯食ってたんですけど、トンネルの外から何かがこっちに向かって来てるみたいなんで、それが何か聞こうと思いまして」

「何か、ですか? 分かりました、一緒にまいりましょう」


 桟橋で俺たちを案内してくれた人間のスタッフさんと一緒に、俺たちがさっきまで飯を食ってたデッキに戻る。すると待っていたアリスといぬがすぐさま近寄って来た。


「アレン! かなり近くなってきたぞ!」

「やっぱりこっちに向かって来てるのか。見てください、アレですあの点滅してるやつ」

「あ、あれはっ!」


 やっぱりスタッフさんは何か知っているようだ。見た瞬間かなり慌てた様子になった。魚か、それとも人工物か。


「あれは何なんです? 魚ですか?」

「い、いえ、アレは魚人です! しかもかなり重症の!」

「重症? という事は何処か怪我をしてこちらに向かって来ているということか。あの光は救難信号か何かだったんだな」

「い、いえ、それは……とにかく、まずはあの人を止めないといけません。このままでは船に追突して双方無事ではいられませんから!」


 何が何だか分からないが、しかしそう言う事なら最近レベルが爆上がりした俺たち2人の出番だろう。


「なら俺たち2人で突っ込んで来るあの魚人を受け止めます。その間に貴女はお医者さんの手配をお願いします」

「そんなの無茶ですよ! ベテランの冒険者さんだってあれは受け止められないんですから!」

「大丈夫です。俺たちはそのベテランの冒険者よりもレベルも上ですし、強いので。そんな事より早くお医者さんを!」

「は、はい! ですがどうかご無理はなさらないでくださいね」


 船内に戻って行くスタッフさんを見送ってアリスの方に向きなおる。勝手に受け止めると言ってしまったが大丈夫だっただろうか。


「問題ない。お前が言っていなかったら私が言っていたさ。それよりどうやって受け止める? ああは言ったが簡単に受け止められるスピードじゃなさそうだぞ」

「俺のスキルで道を作ってそこに突っ込ませる。上手くすればいくらかスピードが緩むはずだから、そこを2人で受け止めよう」

「なるほど、それなら何とかなるか。と言ってる間にもうそろそろだぞ、準備を!」

「わかってる!」


 光が来る方向から考えて、それに対してなるべく平行になるように道を作っていく。ほんの少し角度を付けてあの魚人が接地するようにしておけば、摩擦でスピードを落とせるはずだ。

 もちろんそれによって傷も出来るだろうし、骨も何本か折れるかもしれないが、まあ何とか死なないように受け止めるので勘弁してほしい。


「よし、準備完了。来るぞ!」


 海水トンネルの壁を突き抜けてかなり体格の良い魚人が発光しながら飛び出してくる。そして轟音と共に俺の作ったコンクリートの道に接地し、何度かバウンドしながらこちらに向かって来た。後は受け止めるだけだ。


「来たぞ! 受け止めろ!」


 アリスと横並びで立ってバウンドしながら向かって来た魚人の男を両腕でしっかりと受け止めると、勢いがまだまだ殺せておらず踏ん張った足が後ろに押し滑らされていく。


 魚人の体が思ったよりデカ過ぎたのだ。このままではコンクリ部分から元のデッキ、つまり木の部分にまで行ってしまう。


「グッ、止まれ!」


 ついに足が木の部分に到達した。踏ん張る力があまりに強すぎて、デッキの綺麗な床に足が埋まって削れていく。


「マズいな、このままじゃ船も突き抜けるぞ!」

「こうなったら……! アリスお前は一旦外れろ!」

「どうするつもりだ!」

「新しく道を作って上に打ち上げる!」


 アリスをどかし、俺の後に上に向かって曲がるようにして道を作り出す。

 これで打ち上げれば後は重力と上の水壁に突っ込んだ事による衝撃緩和で後は落ちてくるだけになるだろう。と言うかそうなれ!


 魚人の体が受け止めている俺ごと道に沿って上に行こうとするところを何とか抜け出し、甲板に着地する。すると直後に上から大量の海水の雨が降って来た。

 鱗で傷つけられてボロボロの体に海水が染みる。


「落ちて来るぞ!」

「私に任せろ!」


 着地した体勢で動けない俺に代わり、落ちてくる魚人に向かってジャンプするアリス。空中でその巨体を難なくキャッチすると、今俺がいるデッキより何段か高い所に着地した。

 ふう、良かった。何とかなったか。


 それにしても、なんで病人がこんなスピードで突っ込んで来るんだ?

 海と宇宙は不思議がいっぱいと言うが、まさか急病人がロケットのように飛んでくるなんてことがあるかよ。せっかく休暇で遊びに来たってのに、体中海水でベトベトだし。あーもう、何だろうな。


 嫌な予感がする。

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