第37話 新時代の夜明け

 「「「カンパーイ!」」」


 ここはジーンいちと言われる酒場、『エデン』。そんなエデンでは今、昨日からぶっ通しで宴が行われていた。

 朝も昼も夜も関係なく騒ぐ住人達。だが、宴が行われているのはこの酒場だけではない。町中がそうなのだ。


 ウルフマンの軍勢2万と騎士隊及び冒険者混合部隊455人がこの町の北の平原で戦っているという情報は、開戦直後には既に『ジーン』のほとんどの住民に広がっていた。

 2万対455というその圧倒的な数の違いにこの町はもう終わりだと諦めていた住民たちであったが、夜が明け昼を過ぎても敵が攻め込んでこず、最終的にアナウンスされた情報で勝利が伝えられれば、こうなるのも仕方のない事である。


「おうアレン! 飲んでるか?」

「見てわかんない? ジュース飲んでる」

「なんだジュースかよ! こんな祭りは滅多にないんだぞ、そんな日に酒デビュー出来るってのに、カーッ、もったいないねぇ!」

「ほっとけよ。それよりダンデさん、お客さんが呼んでるぞ」

「おっといけねぇ! じゃあま、酒はともかく楽しめよアレン!」

「ああ、ダンデさんもね」


 ムーを湖の底に沈めた後、俺たち3人はジーンへと戻った。

 あの伝説の化け物を連れて消えた俺たちが無事に帰って来たってことで、待っていた騎士や冒険者たちは大騒ぎ。湖の底に沈めて来たとので二度と戻ってこないと伝えると、またまた大騒ぎ。それを聞きつけた住人たちが避難所から出て来て戦いに勝ったと知ってまた大騒ぎ。で、宴だ。


 隊長さんたち騎士や兵士の皆も伯爵様に連絡を取ったあと許可が出たらしく宴に参加。

 それからずーっと朝から晩までお祭り騒ぎが続いているってわけだ。


 そんななか肝心の俺は何をしていたかって言うと、酒場のすみっこでちびちびジュースを飲みながら飯を食ってた。


 お祭り騒ぎは結構なんだけど、もっとこう美味い物とかの方面に楽しみが増えてほしかった。この町は酒が主だから食べ物はつまみみたいな物ばっかりなんだ。


「あー、ポティートの串焼きが恋しい」


 あ、でも『酒と踊り』の踊りの方は凄かったぞ。美人の女の人が縦横無尽に踊り狂って、派手な衣装をひらひらとなびかせていた。

 美人ってとこがポイントだよな、布面積も少なかったし。


「こんな所に居たのか」

「ん? ああ、アリスか。どうした、なんか用か?」

「ああ、ちょっと話したいことがあってな。お前を探していた」

「話したいこと? なんだ?」

「ここじゃうるさいし話づらいから、宿で飲み食いしながらにしたいんだが」

「じゃあ移動するか」


 ちなみに俺たちがこの町でとっている宿の部屋はなんと同じ部屋だ。俺は男と女だし別々の部屋が良いんじゃないかって言ったんだが、「私は騎士なので問題ない」とずれたことを言われて結局同じ部屋になった。


 色々持って宿に戻って来ると、流石にいくらか宴の騒音は和らいだようだった。

 すっかり慣れてて気づかなかったけど、相当うるさかったみたいだ。


「さて、話ししようか」

「待て。その前に」


 アリスは立ち上がって自分のベッドに向かうと、脇から何か取り出して来た。酒瓶か?


「こいつで乾杯しよう」

「え、酒か」

「駄目か? 2人で飲もうと思ってダンデに預かってもらってた秘蔵の酒を出して来たんだが」

「あー、まあいいか。じゃあ貰おうかな」

「よしきた!」


 しかし預かってもらっていた秘蔵の酒とは、やっぱりこいつもこの町出身なだけあって酒が好きなんだな。


 透明のコップに並々注がれる酒を見ながら、俺は持って来ていたイカだかタコだかの足を食いちぎる。


「よし、注ぎ終わったぞ、それじゃあコップを持って」

「はいよ」

「「かんぱーい」」


 俺は恐る恐る酒を口に含む。だが何と言うかスッとして飲みやすい酒だった。アルコール度数もそこまで高くなさそうだ。

 アリスはぐびぐび美味そうに飲んで、既にもう一杯注ごうとしてる。


「話って言うのは別に大したことじゃないんだが、今回お前に色々と迷惑をかけて来たからな。私が子供を助ける事に固執する理由を話しておこうと思ったんだ」


 なるほど、こいつもこいつで迷惑をかけているとは思っていたのか。


「私は知っての通りこの町の出身で元孤児だ。この町は酒と踊りの町と言われているが、それだけにクソッタレな人間も多くてな。最近は規制でほとんどなくなったが、当時は酒を買うために子供を育てる金が無いからと捨てられる子供が多かったんだ」

「お前も?」

「そうだ。で、私はあのジース孤児院で子供時代を過ごした。ここまではそう珍しい事じゃない。だがまあ、孤児院のマザーが中々変わってる人でな。あ、マザーというのは前院長の事だ」

「ああ、確か亡くなったっていう」

「そう、その人なんだが、金はきっちり子供たちのために使ってくれるくせに子供の面倒は全く見ない人でな。だから孤児院では歳が上の子供が下の子供の世話をして、子供ながらに父や母のような役目をしていたんだ。だから今でも小さい子供をほっとけないし、何とか助けてやりたい。ただそれだけの単純な理由だ。つまらない理由だろ?」

「いや、別にいいんじゃないか? それだけお前に芯があるってことだろ。少なくとも空っぽの人間より芯のある人間の方が俺は好きだね」

「……そうか」


 ちょっとしんみりした空気になったので、誤魔化そうと手に持っていた酒を飲み干す。それにしてもこの酒飲みやすいなぁ。これなら割といくらでもいけそうだぞ。


「この酒も私が騎士になってから何度か孤児院に戻った時にマザーと飲んだ酒なんだ」


 目の前で飲みながらそう言うアリス。

 そうか、そう言う思い出の酒だったからダンデさんに取っておいてもらってたのか。


「思いだすなぁ。翌日マザーに「お前は人前で酒を飲むな」って言われて喧嘩して、それからずっとこの町に来なかったんだ」


 ん? おい、ちょっと待て。こいつなんかさっきからペース早くないか? 注いでは一気飲み、注いでは一気飲みですぐコップの中の酒が消えるんだが。


「あーもうめんどくしゃい! いっきのみら~!」

「あ、おい!」


 こいつ瓶ごといきやがった! まだ結構入ってるんだぞ、大丈夫なのかよ!


「なんら~? ありぇん、おまえものみらいのか? よ~し、それじゃあわらしがのましてやろう!」

「は? お、おい、何をする。止めろ! あ、ああ、アァーッ!」


 マザーが人前で酒を飲むなって言うわけだよ。こいつ酒癖が悪すぎる! やめろぉーっ!?



 同時刻、トニ湖。


 湖の畔に、赤い髪、赤い目、赤いコートの男が1人佇んでいる。


「おー、ここがムーが沈んだ湖か。デカいなー」


 湖面は穏やか、風も吹いていない。だが、一つおかしなものが湖面から顔をのぞかせていた。


「沈んだって聞いてたんだけどな、流石伝説ってところか。てことはアレンのやつ、しくじりやがったってことだな」


 それはゆっくりと男がいる畔へと近づいて来る。近づくたびにそれはだんだんと大きくなり、最初は小島のようだったのに今ではまるで山だ。


「おー、デカいねぇ! ま、元々俺もこいつのためにここまで来たからな、後始末はやっておいてやるか。感謝しろよアレン」


 そう言いながら男は腰から一本の刀を抜く。そして。


「ふっ」


 縦に振り降ろした。


「あら? 案外弱かったな。まあいいか、ジーンに戻って酒でも飲もう。お、でもレベルは上がったか! 儲け儲け!」


 男はくるりと振り返り町の方へと去っていく。真っ二つになったムーの死骸をその場に放置して。







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