第36話 とある伝説の終わり
ここは『トニ湖』、酒と踊りの町『ジーン』の北にある森、そのさらにはずれに存在するこの国最大の湖である。
ここでは黄金マスを始めとした様々な淡水海水両方の魚介類が生息しており、内陸に位置する『ジーン』や『ポティート』にとって貴重な海洋資源の入手場所となっている。
この湖には、かつてこの『ベジタブル王国』に居た大魔法使いが海の魚を食べたいという人々の願いを叶えるために地下に穴を掘って海水を引き、元々あった淡水の湖の隣に300㎢ほどの小さな海を創り出したという言い伝えがある。
湖はちょうど北と南で淡水と海水に分かれており、決して交わらない永久保存魔法が掛けられているだとか。
そんなめずらしい湖に、アレンたちは
遡る事10分前、ムーを町から引きはがす為に城壁に穴をあけ『デュアルロード』を作ったアレン達は、見事道の上にムーを乗せるという作戦を成功させていた。
それによりアレンはとにかく町から離れるように『動く歩道』で北に向かって移動し、結果この湖にたどり着いたのである。
湖に着いた直後、アレンは湖の中腹あたりまで道を伸ばしムーのみを道から弾き飛ばして湖の底に沈めることを計画したが、ムーは謎の能力により半分浮かび上がってしまい沈めきることは出来なかった。
「駄目か。あのまま沈んでくれれば楽だったのにな」
「そんな事を言っている場合では無いぞ。見ろ、奴はまた『ジーン』に向かって動き出している」
「ひとまず上空から観察するぞ、『エアロード』発動!」
『エアロード』を発動し、3人で乗って地上150メートルまで上昇する。
空から見たムーは、下から見た時とはまた違った異様さを見せていた。正面から見た時に額に角のように巨大樹が生えているのが見えたが、背中はもっと木々が生い茂っていてジャングルのようになっている。
「生物の背ににジャングルとは、つくづく訳が分からんなこの化け物は」
「……」
アリスが驚いている一方で隊長さんは何やら考えこんでいるようだ。あのジャングルを見て何か思いついたのか?
「2人とも聞いてくれ、1つ作戦を考えた。ただこの作戦は仮設のもと実行することになるので上手く行くかは賭けだ」
「どんな内容なんです?」
「先ほどアレン君が奴を湖に沈めようとしていたが、あの時なぜ奴は沈み切らなかったと思う?」
「何かしらの能力で浮かんでいるのでは?」
「私も最初はそう思った。だが、私は一度あの空間に入って普通に呼吸出来ていたことを思い出したのだ」
なるほど、奴は口の中の空気によって浮かんでいるのではないかということか。
確かにあり得るな、あの巨体なので体を浮かせるには大量の空気が必要だが、あの口の中の広さから考えると十分な量はありそうだ。
「隊長の作戦というのはどうにかして奴の口内の空気を抜くという事ですか?」
「そうだ。根拠のない憶測で建てた作戦だが、やってみる価値はあるだろう?」
「しかしどうやって空気を抜くんです? あの口はもう開けませんよ」
「いや、口は開かない。腹に穴を開けるんだ」
「え? 腹に穴をですか?」
腹に穴ってことは、水中から攻撃を仕掛けるってことか? いや、俺のスキルでもまだ水中に人間が通れるような道は作れないぞ。
「作戦はこうだ。まずアリスの剣技で奴の背中のジャングルを燃やす。すると奴は背中の熱に耐えかねて湖の水で火を消そうとして腹を見せるはずだ」
「なるほど、つまりその瞬間を狙って腹に攻撃を加えると言うわけですね。普段外敵にさらされることのない腹の部分は弱くなりがちですから攻撃が通る可能性は十分ある」
「けど、その時間ってかなり短いんじゃないですか? その間に少々弱いと言っても奴の腹を突き破る攻撃が俺たちに出来ますかね?」
「1人1人の力ではまず無理だろうな、だからその時はここに居る3人の連携が必要なになる。まずアレン君の『動く歩道』で奴の腹部へ移動。次に奴の腹にアリスが最も威力のある遠距離剣技を放つ。それと同時に私がアリスの技を超高圧縮したシャドウウォールで覆い、爆発の威力を全て奴の腹へと向かうように調整する」
なんか俺だけ役割がしょぼい気がするが、水の上に居る奴の腹に近づくには俺のスキルが必要だ。それにこれは俺が少しでもタイミングをミスれば全員死ぬ。責任重大で胃が痛くなってくるな。
しかしまあ、成功すれば確かに奴の腹に穴があけられるかもしれない。
「すべてはタイミングがカギになる、しかし我々には練習する時間もない。最初で最後の一発勝負になるが、出来るか2人とも」
「出来ます!」
「出来ないなんて言えないでしょう。この状況じゃ」
幸いにも奴は今俺たちの事を全く無視している。たぶん食う事しか考えていないんだろう。だが近づいて行ったら何らかのアクションは起こしてくるはずなので、油断は出来ない。
「よし。まずは第一段階だ、奴の背にあるジャングルを燃やすぞ。アレン君、近づいてくれ」
「了解」
念のため少し高度を上げて奴に近づいて行く。
奴の縦の大きさは約70メートル、角のように生えている巨大樹を合わせると110メートル近くになるので、攻撃が届かないように130メートル付近を移動する事にした。これである程度は対処出来るはずだ。
そう思ったのだが、俺たちが近づいて来るのを察知したムーは上体を起こし、俺たちに向かって巨大樹の角を叩きつけようとしてきた。
「あぶねぇ! もう少しで当たる所だった!」
「また来るぞ!」
「クソッ!」
この巨大樹の角、巨大樹というだけあってかなりデカい。長さこそ削られて40メートルほどになっているが、横の大きさが20メートルぐらいある。横の大きさというのは太さではなく、単純に正面から見た時の横の大きさだ。
「あれに当たったら木っ端微塵になるぞ! 回り込んだ方が良いんじゃないか!」
「いや、回り込んだら今度はしっぽが来る。あっちの方が面倒だ! このまま突破した方が良い!」
何とか巨大樹を躱して背中にたどり着いた。だが、奴が激しく暴れているのであまり長居は出来そうにない。
「すぐ行けそうか?」
「もちろんだ! 一刀流・爆剣/炎 5連『
「今だ! 離れろアレン君!」
「了解!」
アリスがウルフマンの時に見せた技をムーの背中のジャングルに放つ。だがその威力と規模は桁違いだ。爆発に次ぐ爆発、そしてそれによって飛び散る炎。さすがの青々としたジャングルでも、この炎では燃えないわけが無い。
「よし、成功だ! 後は奴が思い通りに動いてくれるかどうかだが」
背中の炎に気付いたのかさっきより激しく暴れまわるムー。おかげで水面が激しく波打っていて、まるで嵐の海のようだ。
これで暴れるだけ暴れて炎を消そうとしなければ、また作戦の考え直しになる。現状これ以上の作戦は全く思いつかないし、俺たちもそろそろ限界に近い。なんとか腹を見せてくれ……。
「来た! アレン君!」
「行きます!」
それを見た瞬間、俺はトップスピードで動き出した。
いきなりギアを上げたので体に掛かるGがすごい。レベルを上げていなかったら手足がもげていただろう。
「ここだ! アリス!」
「はい! 一刀流・爆剣/奥義!『
目の前に奴の白い腹が迫って来たと言う所でアリスの剣技が放たれた。
剣先から大きな鳥のようなものが飛び出し、その周りには光る小さな花が舞いながら一緒に向かって行く。そして。
「シャドウウォール最大硬度! 金剛障壁!」
腹に技が到達しようかという所で隊長のシャドウウォールがアリスの技を包み込んだ。
俺はそのタイミングで急旋回し、今度は倒れてくる巨体につぶされないように急ぐ。すると直後に後ろで凄まじい轟音が鳴り響いた。チラリと後ろを見ると、隊長が作ったダイヤモンド並みの固さを持つシャドウウォールがひび割れ、中から大量の血が溢れている。
「GAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!!!!!」
湖全体に聞こえる程のムーの叫び。流れ出る大量の血と相まって俺たちは確信した。
「やったぞ! 穴が開いた!」
火を消そうと試みていた体はそのまま腹を下にして着水し、その瞬間穴から大量の塩水が流れ込んで行く。傷口に塩を塗るとはまさにこの事で、奴はそのあまりの痛みに足を前へと動かすことが出来なくなった。代わりにじたばたと暴れるがそれが逆効果となってさらに傷口を広げたらしく、徐々に徐々に沈んでいくスピードが上がっている。
そして30分後 ――
「勝った」
『幻想巨獣ムー』は湖面上から姿を消し、深い深い湖の底へと沈んで行ったのであった。
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