第5話 旅立ち

 古い洋服ダンスから服を出して袋に詰めると、窓から差し込む朝日の日差しに反射して舞い上がった埃がキラキラと光っていた。


 部屋を見回せば、加工の荒い木造の部屋に大きなベッドが一つ。幼い頃から最も多く過ごして来たこの部屋も昔と違って随分と狭く感じる。


「よし、これで準備完了だな」


 スキルレベルが上がったことで黙々とレベル上げを行っていたあの日から2年。

 17歳となった今日、俺はこの村から旅立つ。


 7歳までは神童と呼ばれ、それ以降は腫れ物扱いされてきたこの村の住人とも今日でお別れだ。

 楽しい事や苦しい事、この17年のすべてが詰まったこの村を離れるのは感慨深いものがあるが、離れ難いという事は全くない。


 この村にある大事な物は両親だけだ。当然だろう。


 荷物を持って村の入り口へと向かって行くと、村人たちが同じ方向に向かって歩いて行くのが見えた。

 入り口に近づくにつれて多くなっていくこいつらは、別に俺の見送りに来てくれたわけじゃない。


 昨日は俺の誕生日だったこともあって翌日には旅立つと決めていたのだが、偶然なのかあの日一緒に儀式を受けた幼馴染のシエッタと宿屋の息子のジョージも今日旅立つらしい。つまりこの村人たちは2人の見送りのために村の入り口に向かっているというわけだ。


「くだらねえな、ぞろぞろと」

「ははっ、あの2人はかなり期待されているみたいだからな。みんな見送りたいんだろう」

「シエッタちゃんすごく綺麗になったから、それもあるのかもしれないわね」


 俺の見送りは父と母だけだが、たぶん2人はシエッタとジョージの見送りにも来ているのでちょっと複雑な気分だ。

 

 母の言う通りこの10年でシエッタは目の覚めるような美人になっていた。

 整った顔立ちに艶のあるピンクブロンドの髪、バランスの取れたスラっとした体にはしなやかな筋肉が付いていて、まるで美術品のようだ。


 しかしまあ、それが何というか気に入らない。


 レベル上げの最中に何度も村で見かけたが、その度にジョージと一緒に楽しそうにしているのを見せつけてきて、俺の中に深い苛立ちを覚えさせてくれた。そんな奴があんなに美人になって、それでいてスキルも最高の物を持っている。これで良い感情を持つのは無理ってものだ。


 ……クソ美人が。


「父さん、母さん、ここまででいいよ」

「あら? 村長さんが用意した馬車には乗って行かないの?」

「乗らないよ。あの2人も居るし、顔も見たくねぇから」

「だが、ここから町までは歩いて行くにはかなり距離があるぞ。大丈夫か?」

「大丈夫だよ。そのための準備はしてきた」


 村長が馬車を用意すると言うのは一応俺の家にも村長自身が言いに来てくれていた。もちろんあの2人のついでだ。

 「目的地が同じなのだから乗っていけばいいじゃろう」だとさ。乗るわけないだろアホがと思っていたが、「ありがとうございます」とだけ言っておいた。両親がまだこの村に居るのにふざけた態度はとれない。


「それじゃ俺はもう行くよ。町に着いたら手紙送る」

「そうか。じゃあ最後に父さんからの贈り物だ。お前の持ってるナイフだけじゃ途中で魔物が出た時に大変だろうからな。この剣を持っていけ」


 そう言って父さんが出してきたのは、よく磨かれた鉄の剣だった。 


「どうしたのこれ? 鉄の剣なんて高かったんじゃ……」

「これは昔俺が使ってた物だよ。だからまあちょっと使い古しではあるが、ちゃんと磨いておいたから切れ味は抜群だ。これを使って頑張れ」

「……ありがとう父さん。大事にするよ」


 確かにナイフだけでは少々心もとなかったが、ここから町の間にはほとんど魔物も出ないし、町に着いたらお金を貯めて買おうと思っていた。それを出発の餞別にくれるなんて、しかも昔自分が使っていた物なら手放したくないだろうに。


 俺は少し涙が出そうなところをぐっと我慢して、父さんに笑顔を向けながら鉄の剣を受け取った。


「ママからはこれ。お弁当とお守りよ」

「母さんもありがとう」

「年に何回かぐらいは手紙送りなさいね」

「うん。……それじゃあ、行ってくる」

「「いってらっしゃい」」


 笑顔で手を振って見送ってくれる2人を背に、俺は振り返ることなく歩いて行く。目指すはこの辺りで最大の町『ポティート』だ。


「ちょっと待ちなさいよアレン!」

「あん?」

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