第6話 ああ、天よ……

「ちょっと待ちなさいよアレン!」 

「あん?」


 村を数歩出たところで誰かが声をかけて来た。あまり聞き覚えの無い声に誰だと振り向くと、そこに居たのはなんと10年近くまともに話していない幼馴染のシエッタの姿があった。


「……」


 俺はその姿を見た瞬間口を閉ざす。当たり前だ、ある意味でこの村の中じゃ一番話をしたくない相手なんだからな。


 その顔は前にも言ったように非常に整っていて、街ですれ違えば10人中9人は振り返りそうな見た目をしている。

 とは言え俺はその中に含まれない1人、コイツの顔なんて見たくもない。


 俺はザッと草履を擦るようにして振り返るとそのまま歩きだす。何の用で呼び止めたのかは知らんが、どうせまた嫌味か罵倒かなんかだろう。


「ちょ、ちょっと! なんでまた行こうとしてるの!」

「……」

「待ちなさいよ!」

「チッ、うるせえな。いったい何の用だ!」

 

 あまりにうるさいのでつい聞き返してしまった。これだけ呼び止めてくるならそれなりにまともな用なんだろうな? 


「何で馬車に乗らないのよ。荷物も少ないようだし、アレン一人ぐらいまだ乗れるわよ!」


 久しぶりに話しかけて来たと思ったら言う事はそれか。くだらねえ。


「そんな分かり切った事をいまさら聞くんじゃねえよ。てめえらと一緒の馬車になんか乗ってられるか。だったら歩く方が1000倍ましだ」

「えっ」


 なんでそこでショックを受けたような顔してんだよ。馬鹿かこいつ。

 もういい、時間の無駄だ。


「あ、アレン!」


 俺は歩き出す。今度は振り返ることもせずに。

 どうせスキルを使わなければ馬車に抜かれる場面は来るのだ、その時に絡んでくるのかは知らないが、もしそこでも絡まれるのだとしたら、ここでこれ以上余計な時間は使いたくない。



・ 



 村を出てから1時間。気持ちのいい風と太陽の光の下、俺はゆったりと時間をかけて町へと向かっている。


 シエッタとジョージの乗る馬車は結構前に俺を追い抜いて行った。予想通り馬車を一時停止してシエッタが俺に何かを言おうとしたようだったが、ジョージがそれを止めてすぐさま発進させたので結果話をせずに済んだ。

 ありがとうジョージ。

 

 あの時シエッタに誘われて馬車に乗らなかったのは、あいつがムカつくからという以外にももう1つ理由がある。それはあの2人がここ数年でますます仲良くなって、恋人同士のような雰囲気を醸し出しているからだ。

 現にシエッタが俺に話しかけた時は後ろでジョージが睨んでやがった。そんな中に放り込まれるなんて拷問以外の何でもない。


「ふう、道は綺麗に作れてるが、このペースじゃ町までどれだけかかるか分からないな」


 俺の村から隣町の『ポティート』までは馬車でおよそ1日半の距離になる。馬車は1日に50kmぐらいしか進めないと聞いたことがあるので、距離にするとおよそ70km強ぐらいだろうか。

 

 で、ここからが問題なのだが、俺の『動く歩道』はアイツらが乗っている馬車より断然早い。つまり使えば奴らをすぐに追い抜いてしまうという事になるのだ。

 せっかく今まで村人たちに俺の能力のことを隠して来たのに、ここであんなアバズレとその男に見せたいと思うか? 嫌に決まってる。


 ちなみに先に出て能力で町まで行ってしまうと言うのは論外だ。同じ道を通ってるはずなのに徒歩で出た俺に馬車が追いつけないなんて不自然だからな。

 『動く歩道』を使うには一度追い抜かせて油断したところで、夜の内に追い抜くという方法しかない。追い抜いて先に町に着いたと思わせておけば、後から来る俺の事なんて気にしないだろう。


 だが、もちろん俺はここまでの工程を無駄にはしていない。『動く歩道』は使えないが能力で道を作ることは出来る。だから俺は村を出てからここまでずっとスキルを発動して、道を整えながら歩いて来た。おかげで町に着く頃にはまた1レベル上がりそうだ。


 まあ、冒険者になるなら上がらない方が良いんだろうけど。


「それにしても、いい天気だなぁ」


 空を見れば白い雲がゆったりと流れている。空はいい。空を見ていれば嫌なことは全部忘れてしまえる。あの2人の顔とかな。


 のんびり歩くのも偶には良いな。最近は『歩く歩道』で移動してばかりだったし。


「食料も水もあるし、野宿については父さんに一通り教わってる。急いで行かなくてもいいか」


 ここら辺りには危険なモンスターはゴブリンぐらいしかいない。それにしたって町が近いことで冒険者が刈りまくっていて数も少ないし、基本的には人間を見たら逃げるので問題ないはずだ。

 盗賊なんかもこの辺じゃあまり聞かないので大丈夫だろう。


「きゃあああっ!」


 ああ、天よ……。

 

 村から町へ向かう道には途中で別の村の方向からの道が合流する場所がある。そのちょうど合流地点にある看板の下で一台の馬車が横転していた。

 俺から見える屋根側には騎士が2人横たわっており、近くには馬車を囲っている小汚い男たちの姿がある。


 男たちの手には鋭そうな両刃の剣やナイフが握られていることから、あれらが野盗なのは一目瞭然だ。


「さっきの悲鳴は女性の声だったな」


 あの馬車の装飾からして貴族か力のある商人と言ったところだろうか。婦人か令嬢かはしらんが、ちょうど今その人が襲われているらしい。


「運がないねぇ。こんな場所で野盗に襲われてしまうなんて」


 目の前で起こっているのに随分と他人事じゃないかって? 実際他人事だし、俺は俺の目的があって町に向かう途中なわけで、こんなことに付き合っている時間はない。




 ……だがまあ、ちょっとあの場所は邪魔だなぁ。

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