第8話 ま、いっか

 野盗を死なない程度に半殺しにして道から放り投げた後、馬車をどかした俺は何事もなかったように町までの旅を再開した。……と、言いたかった。


「あの、助けてくださってありがとうございました」

「あー、いえいえ、俺はただ目の前にあった障害物をどかしただけですから」


 誰だこいつなんて思っていたこの女性。よくよく考えてみたら俺はこの人の悲鳴を聞いて盗賊をぶっ飛ばしたんだった。

 つまりこの人は馬車を襲われた可哀そうなご令嬢だ。


 ではこれで失礼します。なんて言えたら良かったんだけど、相手はどう見ても貴族、ここで見捨てればもし生きて町に辿り着かれた場合、俺は貴族を見捨てた人間として広まってしまう。

 非常に面倒なことだが、助けないわけにはいかない。


わたくし、ポティート伯爵家の娘で『オリヴィエ・ポティート』と申します」

「俺はこの近くの村の出身のアレンと言います。お困りの様ですし、良ければ手を貸しましょうか?」

「はい。是非お願いします!」


 正直、前世でもお偉いさんと話をする経験は殆ど無かったのでこんな対応の仕方で大丈夫なのか不安だが、他の連中は野党にやられたり馬車の転倒時に巻き込まれたりでダウンしているので、ご令嬢から何か言われない限りまあ大丈夫だろう。

 それにしても『ポティート』というのは確かこの辺り一帯の領主ではなかっただろうか。これは益々見捨てるわけにはいかなくなったぞ。


 俺は見守るご令嬢を余所に黙々と作業を進めていく。

 まずは倒れている騎士や馬車の中で気絶しているお付きの女性を離れた所に寝かし、横転した馬車を両手で持ち上げて立たせる。これで取り敢えず道は通れるようになった。


「す、凄い」


 レベル200越えの俺にとってこの馬車ぐらいの重さなら軽いものだ。とは言え純粋に驚いてくれるご令嬢の声に少しうれしくなりながら、辺りを見渡す。

 馬車なのでどこかに馬が居るはずなのだが、近くには全く見当たらない。もしや馬だけで先に走って行ってしまったのだろうか。


 うーむ、これは参ったぞ。

 放置しておけない以上、お嬢様だけでも町に送り届けないといけない。だが、お嬢様は貴族なのに随分とお優しいようで、倒れた騎士や従者を置いて行くことはしなさそうだ。かといってここに止まっているとまた面倒な連中に目を付けられかねないし、はてさてどうするか。


 侍女は大丈夫そうだが、4人居る騎士の内の2人は盗賊に刺されて重傷だ。鎧の隙間から流れる血がそれを証明している。恐らく不意打ちをくらったのだろう。この辺りで野盗が出るなんて噂は全く聞いたことが無いし、それで油断していたのかもしれない。

 あとの2人は倒れて来た馬車の下敷きになったショックで気絶しているようだ。流石に馬車が倒れて来て無傷とはいかなかったようで、全身打撲ぐらいにはなっているんじゃないだろうか。


「それにしてもよくこの馬車の転倒で無事でしたね」

「! え、ええ、侍女が咄嗟にかばってくれたんです」

「そうでしたか。見たところ侍女の方も軽い打撲程度で済んでいるようなので、きっとこういう場合に備えた対処法を考えておられたのでしょうね。素晴らしい方だ」

「はい。私の自慢の侍女です」


 『見ず知らずの人間と会話する時は僅かな情報を元にして取り敢えず褒める』という漫画かなにかで学んだコミュニケーション技術を使いながら、この後の事を考える。

 ここからなら町に向かうより俺の村に戻る方が断然近いのだが、騎士の傷を治療できるような医者は残念ながら村には居ない。居るとすれば薬草を売ってる婆様か祈祷師の婆さんぐらいである。だが、それじゃあこの傷では間に合わないだろう。かといって町の方に向かうとしても急いだって徒歩では後2日半はかかってしまう。スキルを使えば別なのだが……。


 最近俺のスキルは一段と磨きがかかっていて、『動く歩道』の速度は40km近く出るようになっている。これは競技用自転車の速度と同じぐらいの速さだ。

 俺が馬車を引っ張りながらこの速度で町を目指すとすると、馬車のように途中休憩等なく休まず進めば、およそ1時間半ぐらいで町に着く計算になる。


「1時間半か……。オリヴィエ様、この騎士の方々なのですが盗賊にやられた傷が深く重傷です。あとどれぐらいもつのかも分かりません」

「そんな……」

「この方々を助けるために取れる方法は2つ。1つは俺の村に行って治療する事。但しこちらは村に医者が居ないので薬屋と祈祷師の婆様頼みになります。なので助かる確率はあまり高くありません。もう1つはこのまま町へ向かって優秀な医者に彼らを診せる事。こちらにも到着に多少時間が掛かるという問題があります。どちらにしますか?」


 酷なようだがここはオリヴィエ様に決めていただくことにした。見ず知らずの人間が生きるか死ぬかの決定なんて俺はしたくないし、責任も取れない。


「それは、もう1つしか選択肢が無いのと同じではありませんか。私にだってここから私の町まで馬車でどれぐらいかかるのかは分かります。ましてや今は馬も居ません。ならば貴方の村に向かい、薬屋さんと祈祷師の方のお世話になるしか……」


 おっと、スキルの事を伝え忘れていた。


「言い忘れておりましたが、俺のスキルによってここから町まではおよそ1時間半ほどで到着出来ます。それでも1時間半は掛かるので、その間に騎士の方々の体力がもつかどうかという心配もありますが」

「えっ! ほ、本当に1時間半で町に到着できるのですか!?」

「はい。間違いなく」


 まあ、実際には行ったことはないので正確な時間は分からないのだが。


「……分かりました。では町の方にお願いします」

「では急いでいきましょう」

「はい!」


 早く行って早く終わろ。

 はぁしかし、結局スキル使う事になっちゃったなぁ。途中であの2人に見られてなきゃいいけど……。




 ま、いっか。

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