最終話「ハト。」
鳩山は一人、部室で缶コーヒーを飲んでいる。
PCの前で眉と眉の間を押さえてから書類を眺める。
「……タカって誰なんだ」
彼は真実に辿り着けずにいた。
すべてあの火事で灰になってしまった。
「わからん。会長も炎上したし」
会長が炎上したとき、なぜか犬飼は号泣していた。
彼のデスクには未だに会長が好んでいたペロペロキャンディの棒が置かれている。
「あいつら付き合っていたのか?」
首をひねるが、やはり答えは出てこない。
「炎上してしまったもんなぁ……」
非モテたちのやっかみは恐ろしい。
彼らは退学処分を食らって当然だ。
炎上は人を死に追いやる犯罪行為でもあるのだから。
「しかし、象谷は実名をネットにさらされているのか」
未成年者の行動だということで実名報道はされなかったが、やはり主導者である象谷へのバッシングの声は相当なものであった。
学校の掲示板には象谷のフルネームだけでなく、交友関係や通っていた中学校の名前まで記載されていた。
誰がリークしたのか。
鳩山がクルックルーと首をひねる。今度は答えが出た。
「ああ……猿中がいたか。あいつは金のためならなんでもするしな。俺が売られるのも時間の問題かもしれない」
鳩山がPCに目をやる。
そこには猫美副会長の写真が表示されている。
「猫美副会長もバカだな。脱ぐ必要なんてなかったのに」
鳩山はそう言ってまじまじと全裸画像を眺めている。
鼻の下が伸び始めた。
「よし、今度の記事の見出しはコレでいこう。社会の闇系とエロ関連は強い。読者も喜ぶだろうな」
鳩山はウキウキでキーボードに文字を打ち込んでゆく。
画面には『美人生徒会に思わぬ闇!? 火事の真相とは? タカの正体は例の〇〇さんだった!? 学園有数の猫目ガールの【幻】懺悔ヌード写真をゲット! 盗撮10枚!!』と表示されている。
「ふふん、悪くないだろう」
鳩山は口元の笑みを隠しきれていない。
生徒会がまともに機能していない今、誰も新聞部の暴走を止める人間などいなかった。
「俺はジャーナリストだ。読者を楽しませるためなら、道徳なんて捨ててやる。常識だけで飯を食っていけるか。民衆が欲しがっているのは、誰かの特大の不幸だ。誰かの失敗は蜜の味。不倫ごときで仕事を失ってゆく芸能人が哀れで仕方ない。所詮はマスコミの奴隷。生徒会連中にとやかく言われることもなくなった。……今度こそ、学園の実権を握るときがきたようだな」
鳩山には夢があった。
表は単なる新聞部として活動していたが、着実に成果を掴んできていた。
もうすぐなのだ。もうすぐで、学園を陰で牛耳っている裏社会の首領になれる。彼は焦らず、温厚にコトを進めてきていた。
それなのに、それなのに、タカが全部台無しにしてくれやがった。
ふざけやがって。
会長は消えた。もう逃げ場はないぞ、タカ。
お前の居場所を必ず探ってやるからな。
「……憶測で記事を書くなど、造作もない」
タカをあぶりだすために、適当なやつに疑いをかけてやる。会長を慕っていた女子生徒にインタビューをして、非モテ連中をガンガンに追い詰めてやる。戦争が起きようが構わない。非モテどもは女性蔑視を繰り返し、ネットで女を叩くだけのこの世に存在してはいけないーー害悪なのだ。
今度こそ、我らと共に女性の権利を勝ち取ろうではないか。
猫美副会長を苦しめたアイツらキモオタどもに制裁を!
怒りを消してはいけない。
女性をぞんざいに扱う男を許すな。
あの優しかった会長を炎上させた奴らを許すな。
家族子供全て根絶やしにセヨ。
燃やせ。
燃やし尽くせ。
怒りの炎を。
永遠に、不滅に、永久に。
「こんなもんか……」
書き終えた鳩山は満足そうに背もたれに持たれた。
真実なんてどうでもよかった。
人々は悪意に流されやすい。自らを善人だと、正義だと、正論を押しつけて、過ちを犯した人間を死ぬまで攻撃する。
誹謗中傷はいけない、だなんて綺麗ごとは通用しない。
止めたって無駄なのだ。
全てはタカが始めたこと。それならば受け継いでいこう。
己の気に食わないものを世界から排除しろ。
争いを嗾け続けよう。
暴力で全て支配しろ。
優しさも、愛も、正義も、倫理も要らない。
必要なのは怒りだけ。
怒りをもって、世界を壊せ。
「……ふぅ」
飲み終えた缶コーヒーをデスクに置いて、鳩山は記事の最後の行に取り掛かる。
タイトルは総括。
「これでいいか」
鳩山は数秒だけ悩んだのち、キーボードの文字を記事へと打ち込んだ。
真相はよくわからないが、
とても考えさせられる事件であった。
──ハト。
今、ぼくらの学校では非モテ男子による抗議デモ運動が行なわれております。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune
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