第2話「タカ。」


「タカという人物の特定はできたのか?」


 蒸し蒸しとした部屋の中。部長の鳩山はとやまはチラシを乱暴に机に叩きつけて、声を荒げた。

 部室のクーラーは故障している。

 いつになく、鳩山は機嫌が悪い。


「いえ、まだっすね」


 即座に否定したのは副部長の犬飼いぬかいだ。犬よりも猫派の彼はうちわを扇ぎながらほくそ笑む。


「なんすか。嫉妬してるんっすか? 話題を全部に取られちまって。ウチら新聞部としては面目丸潰れっすもんね。みんな言ってましたよ。新聞部は偏向報道しかしねぇーから、消えても問題ねぇーって」


「黙れ」


 犬飼の言葉に不快感を露わにする鳩山。

 新聞部がクラスメイトから嫌われていたのは重々承知の上であった。


「ずっと生徒会長の肩を持つような記事しか発表してこなかったっすもんね。都合の悪いことを書くと部の存続に関わるし、部費も減らされるから」


 クーラーの修理を生徒会に依頼したばかりであった。


「先輩にも罪はありますからね? 獅子田ししださんのことを持ち上げて、悪い情報をひた隠しにして、彼女が選挙を有利に勧められるように情報操作した。なにがジャーナリズム精神ですか」


 ペンを口に咥えたまま、犬飼は天井を見上げる。

 鳩山は目を瞑って、ため息をこぼす。


「……なんだ、ワンの助。俺を脅しているのか」


「んなワケないでしょう。てか、下の名前呼ぶのやめてもらいます?」


「ワンワン喚いていろ。いぬっころ。お前だって悪気なく、協力しただろう」


「まあそうっすけど……」


「もう俺たちに事態は止められない。獅子田会長はこのままいくと退学まで追い込まれる。彼女のクラスでは暴動が起きているらしい」


「おーおー」


 鳩山が席を立つ。

 ブラインドを指で持ち上げて外を眺めると、大きな弾幕が校門前に貼られていた。



【獅子田は辞めろ!】



 生徒会役員たちが何度ソレを撤去しても弾幕はあくる日には貼られていた。

 生徒会長室の前には大勢の人たちが詰めかけている。

 抗議の声は鳴り止まない。

 



「「「「やめろ! やめろ!! 獅子田はやめろ!!!!」」」」



「獅子田を出せー! いつまで立てこもっている気だ!」


「体調不良だとぉおおおお!? 雲隠れする気かっ!!」


「我々、非モテヲタクどもを愚弄したことを絶対に許すな!!」


「殺せるなら殺してみろー!」



「「「「殺してみろー!!!!!!!」」」」



「差別主義者を決して許すな!!!!」



「「「「許すなー!!!!!!!」」」」




 まるで市民革命だな、と鳩山は感じた。


 誰かの声に同調して、大勢の人々が声を上げる。

 虐げられてきた人間たちの怒りの炎は決して消えることはない。

 顔がいいやつ、身長が高いやつ、コミュニケーション能力が高いやつ、運動能力が高いやつ、頭がいいやつ、万人受けする趣味を持っているやつ、そういった人間がいつだって持て囃されてきた。


 そのルサンチマン精神を利用して抗議デモを発生させた。


 タカの思惑通りだ。

 今は生徒会がターゲットにされているが、今度は新聞部である我々が晒し上げられるのだろう。


 今、できることはタカの正体をいち早く見つけだし、この暴動を止めさせることだけである。

 でなければ、獅子田会長の命すらも危ういのだから。



「……なあ、犬飼」


「なんすか」



 外を眺めながら、鳩山は述べる。



「お前は本当に獅子田会長があのツイートをしたと思うか」


「ははっ、急になんすか。タカのやつが獅子田会長を退学に追い詰めるために、情報を捏造したとでも言いたいんっすか?」


「ああ」


「そんな……馬鹿げた真似を」


「有り得ないこともない。獅子田会長に恨みのある人間ならば可能性は高い。人気の反面、彼女は敵も多かった」



 ブラインドを閉じて、鳩山は近くにあったファイルの山へと向かう。

 一つのファイルを取り出してきて、それを開く。



「獅子田会長は男性から絶大な支持を集めていた。しかし、一部では獅子田に嫉妬するような連中もいたとか」


「同性の犯行ってことっすか?」


「可能性の話だ」



 鳩山が手を止める。隣の犬飼に向かって「ここだ」と告げる。彼はまだペンを咥えていた。



「生徒会長選挙で破れたは特に、かなりの恨みを抱いていた」



 鳩山がそういった瞬間、部室のドアが乱暴に開けられた。

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