派遣勇者、派遣勇者の身の上話をきく。


 瞼が腫れている。

 頭が痛い。

 どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。


「……」


 我を忘れて泣き叫んでいたもんだから、もしかしたら宿屋中に俺の声が轟いていたのかもしれない。

 それを想像すると、酷く恥ずかしくなって、もう一度だけ目を瞑った。


「…………」


 引きこもりを長年経験していると、昼夜逆転なんてものは当たり前だ。

 大体は朝の4時から5時に寝て、お昼頃に起きるのが日課だろう。


 だけど、慣れてくるとそれも辛くなる。

 一番は朝の8時に寝て、夕方頃に目覚めるのがベストだ。

 そうすれば、お昼の太陽を浴びなくて済む。


 ニートにとっての一番の敵は、お昼である。

 テレビをつけても変なワイドショー番組しかやっていないし、外に出ると近所のババアなどに会う。

 スーツを身に纏った同年代の奴らとすれ違ったときには酷く吐き気を催す。


 やっぱり出歩くとしたら、深夜が一番ラクだ。


「……」


 と、まあ、そんなどうでもいいことを考えながら二度寝をぶっこんでやろうと思っていたが、中々寝付けなかった。

 環境の変化には弱い。

 こういう時には二回程シコって体力を奪い、無理矢理寝るという手法もあるが、隣にアマカワがいたのでそれもできなかった。


「うーん……」


 隣のベッドで蒼い髪が動いた。

 やっと、お目覚めらしい。


「え? ここどこよ……?」


 意識がまだハッキリとしていないのか、アマカワがぼやいている。

 もしかしたら、俺が襲ったと勘違いするかもしれない。

 怖くなって、布団を被った。

 やべぇ……暑い。


「あ、そっか。この人と飲んでたんだ」


 アマカワが一人で喋りながら、立ち上がった。

 部屋のカーテンを開く。


「……」


 俺は黙ってやり過ごすことにした。


「げっ、湯浴びするの忘れてた。うわー……サイアクよ」

「……」

「荷物ギルドに取りに行かないといけないじゃん……。ふぁあ、眠い……」

「……」

「お腹すいてきちゃった。この人、起こしてもいいのかしら? ていうか、チェックアウト何時だろう?」

「……」


 ーーこのアマ、うるせぇな。一人でベラベラ喋ってんじゃねーよ。


 ふつう初対面の男とホテルで一晩過ごしたら、自分の身の危険を心配するだろう。

 なのに、コイツときたら、飯の心配をしてやがる。

 まあ確かに俺も二日は風呂入ってねーから、気持ち悪いのはわからなくもないが……。


「おーい」

「……」


「起きてー」

「……」


「朝ですよー」

「……」


 ーーやめろ! はずかしい!


 壁を見つめていた俺の身体をアマカワが揺らしている。

 妙に気恥ずかしい。

 早朝だからか、声は大きくないし、どことなく母ちゃん感がある。


 学生の頃、こうやって寝坊ばかりする俺を母ちゃんはよく起こしにきていたっけ。

 学校に行きたくないとタダをこねる俺に、いつだって母ちゃんは温かい朝食を準備して待ってくれていた。

 いつもギリギリに起きる俺は、そんな母ちゃんの優しさにイラついて、せっかく準備していた朝ごはんを食べずに毎朝登校していたな。

 ちゃんと食べればよかった。

 だから、一時限目で眠くなって、テストの成績だって悪くなるんだよ。

 部活に入っていなかったのに、落ちこぼれになってさ。


 ーーホント、親不孝者だよな。



「おーい」

「……うぃ」

「あ、起きた。おはよう」

「……おう、おはよう」


 アマカワと目を合わせる。

 髪はボサボサで、服はボロボロで、酒臭くて、どこからどう見ても浮浪者なのに、どうしてか女は笑顔だった。

 太陽のような笑顔を浮かべている。


 美人は得だ。

 こんな姿でも、可愛いんだから。


 朝起きて、目の前にブスがいたら、殴りたくなっていると思う。

 ま、歳を重ねりゃ、全員汚ねぇババアになるから、結局は性格の良い美人が一番なんだけどな。


 人は見た目だけじゃないと言われる。

 だが、女は見た目でほとんど決められてしまう。

 美人かブスかでカテゴライズされて、無意識的に差別を受ける。

 可哀想だと思う。

 興味はねぇし、同情はしねぇけどな。

 イケメンにだって、B専っていう物好きもいるから、いざとなりゃどうにかなるんじゃねーの? 知らねーけど。


 時々思うんだが、『男のニート』と『女のブス』って同じじゃねーのかな。

 『女のニート』は専業主婦になれれば問題ないが『男のニート』にはヒモという道しかない。

 モテなければ、そこで詰みだ。


 男が美人が好きなのは当然だ。俺らは直接的には口には出さないけど、ブスの女が近付いてきたら無意識に嫌な顔をしてしまう。

 あれがもしかしたら、俺が女にとられていた態度と同じなのかもしれない。


 ニートは見下されてる上に、笑われやすい。

 自立はしていないし、家族を養える経済力もないから。

 許されるのは学生の内だけだ。

 あと五年もすりゃ、俺は30歳になって、世間的には詰みだと言われる領域まで足を踏み入れることとなるだろう。


 高校生や大学生のガキは、性経験がないことを『魔法使いになる』とネタにしているが、あんなのは余裕があるからそう思えるだけだ。

 段々と余裕はなくなってくる。

 ネタにできなくなってくる。

 笑えなくなってくる。


 暗いブスより、明るいブスがモテるのは当然だ。

 誰だって明るい人の周りに来て、力を貰いたくなるだろう。

 性格を改善しない限り、ネガティブな自分は変えられないのにな。


 俺はブスのことをバカにできない。

 だって、俺自身が女からみたら、単なる暗いブスだから。

 目糞鼻糞を笑うってやつだ。


 自分のことをいつまでも認めることができない。

 なにもかもブスなのに、人を見た目で判断して、甲乙つけようとしている。

 どうしようもないクズだ。

 美人だろうが、ブスだろうが、そんなことはどうだっていいのに、くだらねぇ。


 自分のことを好きになってくれる人を結婚できればなんでもいいってのに、理想ばかりを追求してしまう。

 職も同じだ。


 そんなにニートが嫌ならすぐに働けばいいだろ? と気楽に人は言うけれど、それが出来ないから悩んでいるんだよ。


 結局、特別な力があると信じたいだけなんだろうな。

 才能なんてありゃしないのに、ないことを認めたくなくて、それを言い訳にしていつまでも逃げようとするーーそんな甘えたクソガキなんだ、俺は。


「どうしたの?」

「えっ」

「急に黙ったから」

「あ、いや……」


 アマカワから目を逸らす。

 早く出発したそうだ。


「あー……なんというか、昨日は悪かった。すまん。俺、人付き合いが苦手でさ、なんていうか、ついつい酷い言い方をしてしまうんだよ……。偉そうな態度を取って、ごめんなさい。酒奢ってくれて嬉しかった」


 罰の悪さを取り消したくて、謝る。

 本当に自分はDV男なのかもしれない。

 こうやって、時間が経って、謝れば何事も帳消しにできると思っている。


 アマカワは優しいから、すぐに許してくれるだろう。

 それをわかっていてーーそんなことをわかっていながら、無理に謝るだなんて、パフォーマンスを披露している自分が嫌いだ。小心者の自分が嫌いだ。


 ビンタでもしてくれればいい。

 罵声を浴びせてくれればいい。

 そっちの方が慣れっこだ。

 そっちの方が俺に合っている。


 人をイラつかせることは得意だ。

 人から嫌われることが好きだ。

 期待なんてして欲しくないし、自己防衛をしていれば、傷つくことはないから。


 他人を信じるのが怖い。

 好かれるのが怖い。

 素直になって傷つくのが怖い。


 人に攻撃的になるのは、自分に自信がないからだ。

 感情的に怒鳴りつけて、それからすぐに後悔をする。

 そしてまた自己嫌悪の繰り返し。


 ーーいつになれば、己を好きになれるのか。


「こちらこそありがと。付き合ってくれて。そんなことより、早く、湯浴び行きましょ?」

「……湯浴びって、俺お金持ってないぞ」

「ここの宿泊代はアンタが払ってくれたんでしょ? その分のお礼でいいわよ」

「お前に奢ってもらってばっかりで、流石に悪い」

「お礼だって。イヤなら、貸しでもいいけど? ほら、湯浴びいこ? 早くしないと、閉まってしまうかもだし」


 アマカワに手を引かれて、俺も立ち上がる。


 ※ ※ ※ ※ ※


 湯浴びというのが、この世界のお風呂のことだろうか。

 どうやら隣町で行かなきゃいけないようで、馬車を使うこととなった。


 馬車は現世でいうタクシーのようなもんで、以外に高くついたようだが、アマカワは早く風呂に行きたかったらしく、躊躇なく金を払っていた。

 酒豪で金遣いが荒く、器が大きい。

 見た目は美少女のクセに、中身はおっさんみたいな女である。


「お前、金あんの?」


 揺れる馬車の中、俺はアマカワにそう尋ねる。

 馬車には俺たち二人しか乗っていない。


「ないわよ。アンタは?」

「ねーな」

「ふふ、前途多難ってやつね」

「やべーな」


 肘をつきながら、森に入っていく馬車の流れを目で追う。

 隣に座っていたアマカワも、俺とは反対の方向から外の景色を眺めていた。


「【派遣勇者】ってなんなんだろうな」

「それあたしもずっと気になってた」

「お前と会ったのに、これからどうすりゃいいのか誰も全然教えてくんねぇ」

「確かに。手紙とか送ってきてくれたらいいのにね」


 ぼんやりとアマカワと話をする。

 昨夜の会話はほとんど覚えていない。

 ちゃんと話すのはこれが初だ。


「お前はさ」

「お前って言うのやめてよ。名前で呼んでほしい」

「なんだよ、急に。それならお前も『アンタ』って言うのやめろよな」

「わかった。カケルくんだよね?」

「……ハセでいい」


 馬車がガタガタと揺れる。

 隣街にはどれくらいで到着するのだろうか。


「アマカワはさ」

「うん」

「どっから来たの?」

「あたし?」

「おう」

「あたしは、うーん」


 馬車を運転しているのは、紫のターバンを被った男だ。

 いかにも怪しそうな風貌ではあったので、俺は正直まだ信用していない。

 目的地に着いてからの後払いっていう部分も、含めてだ。


「あんまり言いたくないんだけど……」

「あー、そうか。じゃあ、いいわ。聞いて悪かったな」

「あたしは辺境の村から来たの。村全体が貧乏だったから、街で稼がないとダメだったのよ。お母さんは身体の悪いおばあちゃんの看病をしていたし、家には働き手はお父さんしかいなかった。……でも、お父さんも最近体調を崩してね」


 ーー結局、話すのかよ。つーか、内容どシリアスじゃねーか。


 こんな話をされると、胸がえぐられるように辛くなってくる。

 やめてくれ、やめてくれよ。

 めちゃくちゃ良いやつじゃねーか。俺が馬鹿に見えるだろ。



「あるとき【派遣勇者にならないか?】ってチラシが村に届けられたから、あたしが真っ先に立候補してね、家族を楽にさせるために、応募したの。そしたら、あのおじさんが夢の中で現れてね、言ったのよ。【黒のスーツの猫背の男に会え】って。だから、街に来たのよ」


「……変な話だな」



 コイツはどうやら俺と同じように他の星から来たのではなくて、元々この世界の出身だったらしい。

 しかし、夢で会った男の話を信用するだなんて、コイツは純粋な人間だな。

 騙されても知らねーぞ。


「カケルくんは違うの?」

「ハセでいいっての……」

「カケルくんは異世界から来たんだっけ?」

「……あー、そうそう。急にトラックに轢かれて、飛ばされてきた」


 言うと、アマカワは目を見開いた。


「へー、すごいわね。そこから来たんだ。随分と長旅だったでしょ?」

「そうでもねーよ。アマカワのが遠いだろ」

「あたしはお父さんの貯金をちょっとだけ借りて、馬車で来たから。カケルくんのが遠いでしょ。他の世界なんだし」

「まあ、そうなんだけども」

「そのスーツもそっちの世界の?」

「そうそう、お気に入りなんだけどな。もうボロボロだ」


 スーツはホコリまみれで、グチャグチャになっていた。

 眠るときは掛けていたけど、それでもほら穴や森で過ごしていたから、かなり汚れている。


「着替え買わないとね」

「そうだな」

「お金をいっぱい稼がないとダメね。【派遣勇者】頑張らないと!」

「……」


 俺は頷かない。

 変わることをまだ拒んでいる。

 そこを認めなくはなかった。


 お金を稼ぐことを許容してしまえば、かつての自分を否定することなる。

 ニートでいた七年間を無駄だとは思いたくないーー思いたくないーー思いたくないのだ。たとえいまが、どれだけお金に飢えていたとしてもーー。


「あ、そうだ。カケルくんにこの世界を説明していなかったでしょ? 教えてあげるわよ」

「……いいよ、言わなくて」

「なんで」

「難しい話は苦手なんだよ。それより、お前の話をもっと聞かせてくれ」


 あれこれカタカナ言葉を並べられたところで、理解できるのは一割程度だ。

 世界観説明なんて興味がない。

 あんなの不要だろ。

 というか、覚えなくても、生きてはいける。


「あ、またお前って言った」

「アマカワの話を聞かせてくれ」

「話って、他になにが聞きたいの?」

「なんかねーの? 夢とか」


 言ってから『しまった』と思った。

 この子にとって、やりたいこといえば、家族を楽にさせたい、だ。

 数分前に聞いたことを、もう忘れてしまっていた。


 ーー記憶力がなさすぎる。


「夢かぁ。お母さんたちを助けてあげたいってのが一番かな」

「それだけ?」

「うーん……ホントはね、昔からずっーとやりたかったことがあったのよ」

「ほうほう」


 アマカワに目を向ける。

 蒼い髪を耳にかけながら、彼女は外の景色を眺めている。



「騎士団に入りたかったんだ。あたし」



 そして、そんな言葉を漏らした。


「騎士団? あの、街で見た連中か」

「そ。でも、騎士になれるのは、男の子だけなんだ。あたしみたいな女は相手にされない。門前払いが当たり前。そりゃ、そうよね。力だってないし、本気を出した男性には絶対に勝てないから」

「……」


 アマカワは騎士団に所属したかったようだ。

 だから、あんなに騎士を庇うような発言をしていたのか。



「カケルくんが羨ましいよ。いいなぁ、男の子になれて。いや、女の子でも別にいいのよ。お母さんやお父さんやおばあちゃんや皆に、すごくすごく可愛いって言われて、それが嬉しかったから。……でも、騎士になりたかったなぁって思うんだ。こんなことを今更言ったところで、運命なんて変えられないのにね」


「……」



 聞いた俺が馬鹿だったと感じた。

 もうそれ以上、なにも追求することはできなかった。


 馬車はガタガタと揺れて、森を抜けていく。

 これから俺たちはどこへ向かっていくのだろうかーー。

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