派遣勇者、派遣勇者と行動を共にする。


「……うぅ」

「お前、飲み過ぎなんだよ」


 アマカワを介抱しながら店を出る。


「宿屋はどこだ? そこまで連れてく」

「……だ、大丈夫」

「大丈夫じゃねーだろ。ほら、行くぞ」


 街を歩く。

 外はすっかり暗くなっていた。


「しっかりしろ」

「……ごめん、ありがと」


 女の肩に手をかけて、声をかけると素直にお礼を言われた。

 良い感じである。


 もちろん、普通ならこんな面倒なことはしない。

 どこぞのブスがそこら辺での垂れ死のうが俺には関係ないからだ。

 だが、コイツは美少女だ。

 だったら話は変わってくる。


「そっちの……角」

「こっちか?」

「うん」


 よくわからない道を説明された通りに歩く。


「……ゲプッ」


 ーーコイツ、ゲップしやがった。殺してぇ……。


 アマカワを半分持ち上げるような形で歩いているのだが、いかんせんコイツは口臭がキツかった。……マジで飲み過ぎだろ。


 おまけに、宿屋の看板が見当たらない。

 わからん、これどっちに行けばいいんだ?


「おい」

「……」


 返事がない。

 ただのしかばねのようだ。


「……おい」

「……」


 は? は?


「おいって!」

「うーん……」


 寝てねーか? コイツ、寝てねーか!?


「起きろって! お前。なに寝てんだよ! てめぇコラ!?」

「……ずぅー、ずぅー」

「人の肩の上でよだれを垂らすな! おいこら、聞いてんのか!?」

「ずぅー……ずぅっー」


 返事がない。

 おい、コイツ正気か?



「おいって!!!!!」



 怒鳴りつけるような声を出して、ほっぺを少し叩くと、アマカワは「うーん」とちょっとだけ甘えるような声を出して、俺に抱きついてきた。


 心臓がバクバクと鳴り出す。

 近い。

 すぐにでも口づけできそうな距離だ。


「……」

「ずぅー……ずぅー」


 とりあえず、人気のいない道を選んで、アマカワを引き剥がす。

 結局のところ、勇気なんて出なかった。


 美女がこんなに俺の身体に近づいて、甘えてきているのに、逆に興奮は途絶えてしまった。


 こんなことをしようとしている自分が酷く気持ち悪く思えてくる。



「……」



 普通から女をヤることしか考えておらず、飲み会という名の介抱で自宅に連れ込み、経験人数を自慢するような連中を、俺は女と同じくらいに嫌っていた。


 奴らと同じような行動は取りたくないと、ずっと考えて生きてきた。

 修学旅行で女子部屋に行こうとするリア充共を冷めた目で見ていたあの頃から、俺はなんら成長していない。

 体育教師に捕まって、でも不思議とどこか満足そうに「〇〇ちゃんのパジャマ姿見れたからいいべ!」語るリア充共の声を聞きながら、一人先に寝ていた俺は、なにがそんなに面白いのかと内心腹立っていた。


 嫌いだった。

 女とヤることしか考えていない、脳と生殖器が合体したような男共が。

 そして、そんなクズ野郎共に騙されて、平気で股を開き、喘ぎ声を出すような女共も、同じくらいに嫌いだった。


 自分はクズなのに、肝心なときにはクズになりきれずにいる。

 なにもかも中途半端な負け犬。

 弱い犬だからこそ、よく吠えているのだ。


 女にモテないコンプレックスをこのアマカワにぶつけたところで、苛立ちは消えることはない。

 残るのは罪悪感だけ。


 モテたくて、モテたくて、それでもモテなかったあの頃の俺の努力は、一度たりとも実らなかった。

 好きで好きでしょうがなかった女の子に、告白される前から振られるときから、世の中の理不尽を憎んでいた。


 イケメンは死ね。

 女は死ね。

 幸せな人間は全員くたばれ、と。


 そんなものは、一方的な嫉妬でしかないのに。



「……くそッ」



 隣で呑気に寝ているアマカワを見ながら、路地に唾を吐き捨てる。


 同じだ。なにも変わっていない。

 異世界に来たとて、俺の本質は何一つとして変わっていない。


 ムカつく。ムカつく。ムカつく。

 ただひたすらに苛つく。


 陰キャラでぼっちでヲタクで非モテの童貞でクズみたいなニートが、持て囃されるこの異世界が嫌いだ。


 楽しい主人公みたくなれない俺が嫌いだ。

 ハーレムを作れない俺が嫌いだ。

 人に優しくできない己がなによりも嫌いだ。


 俺はなんだ? なんの為に生きている?


 埋められない女性経験の無さをコイツにぶつけたとて、何か解決するのか。するわけがない。


 アマカワがなにかしたのか?

 していないだろ。

 じゃあ、なんでこいつに酷い態度を取る?


 なにもしていないのになぁ。

 この子は無知な俺に、この世界の説明をしてくれただけなのになぁ。

 単に、優しくしてくれるのが怖かっただけなんだろうなぁ。


 俺に優しくしてくれる女の子なんて、今まで出会ったことがなかった。

 美女は基本的に性格が悪くて、ゴミみたいな奴ばかりだと、ずっと考えて生活していた。


 ーーだけど、本当にそうなのだろうか。


 今更態度を改めて、この子に優しくしたところで、さっきまでの酷い言葉の数々を取り消せるわけではないだろう。


 こんなのただのDV男だ。

 ああ、そういや、昔占いをしたときに、お前はDVの素質があるって、注意をされたときがあったっけ。



「……」

「ずぅーっ……ずぅーっ」



 アマカワの寝顔を見ていると、どうしてか心が痛んだ。


 あれだけ酷い言葉を投げかけたのに、この子は一度も怒ることはなかった。

 それどころか俺と一緒に酒を飲み明かしてくれた。

 奢ってくれて、俺と会えたことを歓迎してくれた。

 楽しそうに話しかけてくれた。


 それなのにーーなんて酷いことを。


 この子はきっと親に愛されて生活してきたんだろうな。

 産まれてきたばかりの両親は、この子になんて声をかけたのだろうか。


 「ひとに優しくしなさい」「どんなに辛いことがあっても泣かないようにしなさい」「他人に親切をしなさい」「怒ったらダメ」「酷いことを言われても負けないで」


 そのような恵まれた環境の中で、育ってきたのかもしれない。


 こんなに心の優しいこの子をーー俺は襲うことなんて出来なかった。

 そこだけは超えたらダメだと思った。



「……」



 アマカワをおぶって、俺は動き出す。

 こんなところで寝かせるわけにはいなかったので、もう一度だけ宿探しを再開させた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 宿屋はすぐに見つかった。

 ヒゲの亭主はアマカワが今朝にチェックアウトをしたばかりだと教えてくれた。

 借りるためにはまたお金がいると、しかも二人部屋とすると、更に費用はかさむとダルそうな表情で言われた。


「……じゃあ、これならいいっすか」


 面倒だったので、エドから貰った金貨をすべて出しておいた。


 どのくらい値段なのかイマイチわからなかったので、全部貰っといてくれと言っておいた。

 亭主はかなり驚いていたので、きっと大金だったのだろう。


 ーーまあ、どうでもいいが。


 借りていたキーを使って、部屋を解錠させる。

 部屋はかなり湿っていて、ちょっとだけ臭かった。

 妙に蒸し蒸ししていた、とてもじゃないが快適ではなかった。


 この子はこんな部屋で生活していたのか。


 チェックアウトをするということは、これでもかなり料金が高い部類なのだろう。

 一体、この世界の人々はどれだけ金銭格差があるのか。考えるだけで嫌になった。


 自分の住んでいる世界は恵まれている。

 ここは生きるか、死ぬかの、場所だ。


 アマカワが言っていた言葉の意味が、今になってわかった。



「……ずぅーっ、ずぅーっ」



 アマカワをベッドに寝かしてから、布団をかける。

 部屋にはシャワーなんて便利なものは置いてなかった。

 電気もなにもない。

 あるのは質素なベッドが二つだけ。

 ま、朝まで過ごせるのは有難いが。



「色々と悪かったな、酷いことを言って。介抱してやったんだから、そこは感謝してくれよ。手は出さねーから安心してくれ。俺にそんな度胸はねぇから」


「……ずぅーっ、ずぅーっ」



 当然だが、女は答えない。



「俺はクズだから、わざと酔わせるために飲ませたんだよ。我ながら最低だとおもうぜ? だって、最初から抱くつもりだったんだからな。俺ももっと酒を飲んでたらよかった。それなら今すぐお前の服を脱がして、抵抗できないように縛ることができたのによ。異世界だから捕まったら殺されるかもだけど、働かなくて済むならいいや」


「ずぅーっ……ずぅーっ」



 寝息を立てている。



「こんなことを考えてしまう俺って最低だよ。いや、わかってんだよ。お前が優しいやつってのは。俺が素直になれないだけなんだって。知ってるんだよ。全部わかってんだよ。愚痴ったところで、なにも解決しないって。怖いだけなんだよ、変化するのが」


「ずぅーっ、ずぅーっ」



 意識のない女に話しかけている。

 第三者からみたら、バカみてぇな行動に違いない。



「なぁ、お前は俺みたいなクズと呑んでいて楽しかったのか? 嫌だったか? こんな上から目線で、なんの思いやりもない行動ばかりするゴミ人間と一緒にいて、不快でしかなかったか? あぁ、知ってるぜ。俺ってさ、マジでゴミなんだよ。なんの生きる価値もない。存在意義を見出せないクズ。そんな俺が【派遣勇者】なんかになれるわけねーだろ?」


「ずぅーっ、ずぅーっ」



 真っ暗な部屋。

 二つのベッド。

 俺は布団にくるまりながら、枕に顔を埋める。



「くだらねぇ……。なにが異世界だよ。どいつもこいつもバカみてぇだ。ファンタジー世界なら、ニートが新しく生まれ変わって、まともな人間になれるとでも思ってんのか? あるわけねーだろぉ!? そこが一番ファンタジーだわ。教えておいてやる。クズはいつまで経っても、クズなんだ! 性根が腐った人間が、異世界に来たところで、なにかを成せるワケがねーんだよっ……!!」



 誰に対して言ってるのかすらわからない暴言を述べる。

 これはきっと、自分に対しての言葉だ。



「成功者は羨ましいよなぁ……! 色んな人間に注目されて、チヤホヤされて、なにをしても褒められるんだからよぉ……。顔がそれほどカッコよくなくても、金さえありゃ、美女が寄ってくるんだろ? いいなぁ、羨ましいよ。力がある人間はさぁ……!!」



 涙が出てくる。

 声が震えていた。



「俺はクズの中でも更に最底辺のクズだ。詐欺で金を稼いだりする知能もねぇ。酒で女を酔わして強姦するような度胸もねぇ。なにもかも人のせいにして、親に甘えて、なんの努力もせずに、現状の不満をブチまけているだけのクズだ。周囲に認められないと泣き言をいいながら、逃げる言い訳を繰り返しているゴミだ。……笑えよ、全部を」



 女の寝息は聞こえない。

 唇を噛んで、手のひらで顔面を押しつぶすように、くだらねぇ戯言をブチまける。



「クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがぁぁぁぁ!! ふざけんな! なんでだよ! なんで誰もわかってくんねーんだよ!? ズルして生きてるやつばっかりなのに、なんで俺が虐げられなきゃならねーんだよ! どいつもこいつも、幸せそうにしやがって! クソっ! クソっ! 死ねよっ!! 死ねよ!!!! 人から好かれるやつは全員死んじまえ! 愛されるやつは俺の前から消えろ!」



 暗闇の中に、希望は見えない。



 苦しい、苦しい、苦しい。


 死にたい、死にたい、死にたい。


 

 そのような言葉を、この七年間どれだけ言ってきたか。


 努力をしない人間を「働け」「楽をすんな」「俺が頑張っているんだから、お前も同じくらいに頑張れ」と責め立てるクセに、死ぬほど苦しんでいる人間には「頑張らなくていいよ」「楽をしてしていいんだよ」「俺も辛いから、一緒に頑張ろうよ」などと甘えた言葉を使う。


 手のひらを返して、弱者の心を揺さぶる。

 優れた人間を馬鹿にして、そいつが落ちぶれたら笑う。


 底辺を嘲笑い、自分たちが優れていると優越感に浸る。


 そいつの人生をなんにもしらないクセに、全てをわかったかのように上から目線で説教をする。



 思考停止のバカがっ!

 暇人のアホ共がっ!

 気持ち悪いんだよっ! クソがっ!



 消えろっ! 消えろっ! 消えろっ!



 くだらねぇ、くだらねぇ、くだらねぇ!




「アアアアアアアア」




 叫ぶ。




「アアアアアアアア」




 叫ぶ。




「アアアアアアアア」




 何度も、何度も。




 張り裂けるような悲鳴をあげる。




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」




 泣き疲れて、朝が来るまで、俺はそうやって叫び続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る