派遣勇者、白ゴリラと一夜を過ごす。
「着ィたウホ!」
「あざっす」
小さく礼を言って、背中から降りる。
エドワード曰く『夜の森は魔獣が出てきて危ない』らしい。なので、こうしておんぶをしてもらいました。快適っすわ。
ということで目的地である
「えっ、ここですか?」
目の前に広がっていたのは、どこからどう見てもただのデカいほら穴だった。
なんか思っていたのと全然違うんですけど……。
コイツ、
「そうだよ。じゃあ、中に入って入って!」
「う、うっす」
しぶしぶほら穴へと足を進ませる。
中は特にこれといって変わったものは見当たらなかった。
ちょっと歩くだけですぐに行き止まり。
奥にはランプが点灯している一角があり、足元には草で作ったようなベッドが並べられていた。
貴重品でも入れているのか、傍には黒っぽい箱も置かれてある。
随分と質素なアジトだ。
コイツこんなところで生活してんのかよ。ミニマリストすぎる。
「カケルはなにか食べたィものあるウホか? キノコや薬草、バンザスの皮があるけど」
弓を立てかけて、エドが尋ねてくる。
なにその、バンザスって。……動物?
「あー……お任せします」
「わかったウホ!」
よくわからなかったので適当に頷くと、エドが近くに置いてあった箱を開いて、獣の皮を手に取った。
なにやらブツブツと呪文を唱えだす。
そのまま、目を瞑って、指を鳴らした。
「──
その瞬間、皮が燃えた。
これはまさか。
「おぉ……!?」
魔法らしい。獣の皮が青い炎を纏っている。すげぇ! はじめてみた! 指パッチンで火が付くのかよ。お前、エドワードって名前のクセに、焔の錬◯術師なんだな。
それからエドは飯の準備を始め出した。衛生面とか色々とか気になる点はあるが、メシを食えるだけありがてぇ。働かずに食うメシは最高に旨いからな!
ニートにとっての一番の敵は空腹だ。空腹さえ凌げれば、後はどうとでもなる。
つまり、図々しく生きるためには、いかにタダメシにありつけるかが重要なのだ。
その点、コイツは最高のパートナーだぜ。飯を作ってくれるんだからな。飯を作ってくれるやつは全員好きだ!!
サンキュー! ゴッリ!
この恩は明日くらいまで覚えているぜッ!!
※ ※ ※ ※ ※
飯はふつうに美味かった。
味は塩も胡椒もなくて、単なる肉を焼いただけだったけど、それでも何も食わないよりかはよかった。
前に母ちゃんと喧嘩して、二日飯抜きだったときもあったしな。
その時の地獄と比べりゃ、余裕さ。
飯を食い終えてから、エドは俺にベッドを貸してくれた。
もしかしたらなんか夜這いとかするつもりなんじゃね? 「ウホ♂」展開でもする気かーーとほんの少しだけ警戒はしたが、眠かったので喜んで借りておいた。
欲を言うのであれば、風呂とかも入りたかったけれど、ゴリラは水浴びが基本だろう。身体は臭くなっているが、我慢しておく。
「ずっとここに一人で住んでいるんすか?」
スーツを脱いで、シャツを畳んで置いてから、寝転んだ。
作業をしているエドに尋ねる。
彼は指先を器用に動かして、新しい矢を作っていた。
「そうだよ。物心つィたとにはここにィたウホ。弓の使ィ方なんかは、独学で覚えたよ。ほら穴も自分で掘ったウホ」
「はえ〜すごいっすね」
「カケルは親御さんと住んでィるのかィ?」
「そうですね。住んでるというか、一緒にいるだけっていうか、まー、そこにいるだけの存在ですね」
適当に相槌を打つ。
ゴリラは静かに俺の話を聞いていた。
エドの話によると、人猿族と呼ばれるコイツの仲間は単独で生活するのが基本だそうだ。
群れを作らずに、生きている。
それでよく子孫が繁栄できるなと思ったがーー野暮なことは聞かないでおいた。
「カケルは親御さんが嫌ィなのかィ?」
ゴリラが矢を片手で持ち上げて、弓に引っ掛けた。
指には合わなかったらしく、また机に置く。
「……苦手ってわけじゃないですけど、気まずいっていう感じですかね」
言葉に詰まる。
苦手というよりかは、なんて会話をすればいいのか、キッカケが見当たらない、という方が近かった。
高校を卒業してから七年間引きこもっていた毎日。
母ちゃんと会話はしているが、クソ親父とはろくに話もしていない。目が合えば舌打ちを鳴らすようにしてる。
感謝はしていないし、正直嫌いだ。
だけど、それを誰かの前で言うことはできなかった。
「ボクはずっと両親がィなィから、両親がィる魔法人族の気持ちはよくわからなィ。でも、たまに羨ましィと思うときがあるウホ。誰かと一緒にこうやってご飯を食べるあィ手がィるなんて、カケルは幸せモノだウホ」
「そうですかねぇ」
エドの人生は、惰性で生きてきた俺とは対照的だ。今を生きるためだけに必死に狩猟採取を行っている。
寝転んでいるだけで勝手にメシが出てくる俺なんかとは価値観があまりにもズレているだろう。
たぶん、俺がここでなにを言ったところで、全部を伝えるのは無理だと確信した。
自分が恵まれた環境にいたことは知っている。
それを変えたくて、ハロワに行ったことも、強制的に異世界に連れてこられたことも、エドがなんの義理もない俺にタダメシを振舞ってくれたことも、全てに感謝すべきだということも理解している。
でも、根っこでは認めたくない俺がいた。
あの七年間になにか意義があったんじゃないかと、無駄なプライドを守ろうとする俺がいた。
誰かに守ってもらえることを当たり前のように感じてきた俺自身が、変わることを拒絶していたから。
だから黙っておくことにした。
親への感謝なんてしていないと、意地を張っているバカな自分から逃げたかったから。
※ ※ ※ ※ ※
どのくらいの時間が経過しただろうか。
唐突に俺は目を覚ます。
身体にかかっていた葉っぱの布団を取って、起き上がる。ランプは既に消えていた。
エドがいない。小便か?
「……おーい、エド」
暗がりに向かって呼びかける。
反応はない。どこへ行った?
「エドさーん」
急に不安感みたいなのが出てきた。怖くなってきたので、立ち上がって、呼びかける。
やはり反応はない。
足元に注意をしながら、ほら穴の入り口まで向かう。
入り口近くに白い毛の塊がじっと座っていることに気付き、安堵する。
……良かった。急に消えんなよ、寂しいだろ。
一人が苦手なわけじゃない。ただこんな前も後ろもわからない異世界で生きていく自信がないだけだ。
ほら、だって、外の世界は怖いじゃない?
エドは大きな石に座りながら、空を見上げていた。
俺もつられて頭上を眺める。
緑色の空。当初は気持ち悪いと思っていたがーー慣れると意外とそうでもない。
エメラルドグリーンの輝きの中に、いくつもの星たちが浮かんでいて、どこかロマンチックだ。
異世界にも星があるんだな。
なーんだ。地球と同じじゃないか。
何も変じゃないし、おかしくもない。
「……カケル、起きてィたのかィ」
「うん。ちょっと目覚めちゃってさ」
俺もエドの隣に座って、同じように星を見上げる。
いつの間にか無意識に敬語じゃなくなっていた。
人付き合いが苦手な俺がーーまさかゴリラと分かち合えるだなんてな。
「……」
「……」
お互いに会話はない。
白いゴリラと、引きこもりニートがただジッと黙って空を見ている。
どうしてだろう。
不思議と、ずっと抱えていた不安がーー少しだけ和らいだ気がした。
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