派遣勇者なんだが人生がハードモード過ぎて生きるのが辛い。
俺の身体を抱き抱えていたのは、喋る白ゴリラだった。
もう一度言おう。
俺の身体を抱き抱えていたのは、喋る白ゴリラだった。
「……」
いや、なんでぇぇぇぇ!? なんでゴリラなのぉぉぉぉ!! え? 普通はそこ“ネコミミ美少女”じゃね? 百歩譲っても、そこは“歴戦の戦士”とかじゃね? なんでゴリラ……。
「ねぇ、君ィ! こんなところでどうしたんだィ! 起きなよ! ねぇ!」
ゴリラが俺の身体を激しく上下に揺さぶっている。
ぐわんぐわんと強く動かしている。
悪いヤツじゃなさそうだ。しかし、
「君ィ! 君ィ!!」
「っ……うっぷ……」
ーーちょ、少しは加減を考えろって!
産まれながらの脳筋なのか、三半規管がブッ壊れるレベルで揺らしてきていた。
コイツ、パワー半端ねぇな……。
「うぅ」
「おっ? おっ? おっ?」
そろそろ我慢の限界だったので、すぐに目を開ける。
今、目覚めた感を出すために瞼を擦って、わざとらしく「ハッ」と息をのんだ。
「え、えっ? こ、ここは」
何も知らない記憶喪失の女の子みたいな振る舞いをしておく。
我ながら完璧な演技だ。
「ああー、よかった! やっと目を覚ましたんだねィ! びっくりしたよ。全然目を覚まさなィから」
「お、俺、倒れていたんですか……?」
言って、口元を大きく開ける。
辺りを見回す演技をして「あ、すいません!」とゴリラの腕から離れた。
あの調子で揺さぶられ続けていたら、これ以上は身が持たん。
立ち上がる。
そこでようやくちゃんとそいつの姿を確認した。
白い毛に包まれた二本足の生命体。
全身が筋肉の塊のようになっていて、腕が丸太のように太い。
鼻は凹んでいるし、口の周りは出っ張っている。やっぱりどこから見てもゴリラだ。
ただ地球のゴリラと少し違う点を挙げるのであれば、図体が俺より遥かにデカいというところだ。
あっちのゴリラの三倍近くはあるぞ。
背中には弓を背負っているし、木の枝の腰巻も付けている。
どこかの部族なのかもしれない。
おそらくーーいやーー絶対に、俺とコイツがガチで闘ったらとしたら、僅か数秒でこっちが地面に転がっている自信がある。
俺のサイ◯エフェクトが「コイツを敵に回すな」と警告している。
おちょくるのはよそう。全力で媚びるか!
「ありがとうございます! あなたが助けてくれたんですね。なんと、お礼を言えばいいか」
「気にしなくてィィよ! それより、君ィはどうやってここに入ったんだィ? ここは本来
ゴリラが頬を掻く。
どうやらここはなんかやべぇ場所だったらしい。どこに転移させてんだ、アイツら。
「……すいません。記憶が曖昧でよく覚えていないんです。お邪魔でしたらすぐに出ていきますが」
「お邪魔だなんてそんなことは思ってィなィウホ! ィく宛てがなィなら、ボクのアジトに招待するよ?」
「い、いいんですか……!?」
「もちろんだウホ!」
目をわざと輝かす演技をする。
ニートは甘えるのが上手だ。
全く事情はわからんけど、とりあえずこの白ゴリラに付いていくことにした。
※ ※ ※ ※ ※
「君は名前はなんてィうのかィ?」
「俺ですか? 俺はええっと」
前を歩いていたゴリラが振り返って、俺にそう尋ねた。
あのおっさん、なんて言ってたっけ。
あー、そうだ。
「ハセ・カケルです」
そうそうこれこれ。
理由は知らんが、偽名の方が良さげらしいし。
すると、ゴリラは小さな目を大きく見開いた。
「え? 五文字!? 君は五文字なのかィ!?」
なにに興奮したのか、俺のそばに寄ってきた。
え、なに? なに、急に?
「五文字なんて珍しィウホね! はじめて会ったウホ! 握手してよ」
「は、はい……」
手を差し出してこられたのでしぶしぶ握手を交わした。
握手という文化は異世界にもあるんだというナンセンスなツッコミはさておいて、まさか名前だけでこんな興奮されるとは。ここの住民はよくわからん。
ちなみにゴリラの手はゴツゴツとしてて、肉というよりかは鉄に近かった。
「そ、そんなに珍しい名前なんですか」
「そうだよ! 君ィは
ゴリラがニッコリと笑って、また歩き出した。
なにがそんなに楽しいのか、スキップまでしている。
「君ィは
ゴリラが俺を褒めてきた。
悪意はないだろうその言葉に、一瞬だけイラッときてしまう。
正直いって、まったく嬉しくはない。
むしろムカついた。
無性に苛立ってしまった。
まず第一にこれは本名じゃない。おっさんが勝手に言っただけの偽名である。実際の名前は長谷川 翔。ハセ・カケルなんてこっちの世界で作った仮の存在だ。
まあ、そんなことはどうでもいい。というより、俺が一番苛立っていたのは第二の『素晴らしい親御さん』という箇所だ。
ハッキリと言っておく。
俺は両親に感謝なんてしていない。
特にあのクソ親父はさっさとくたばればいいとまで思っている。
バカはよく「親に感謝しろ」と綺麗事をのたまうが、俺はその言葉が昔からずっと嫌いだった。
ガキの頃からよく疑問に感じていた。『なんであんな奴らに感謝をしないといけないのか』って。
両親への誕生日プレゼントを購入しようとするクラスの同級生も、デパートに飾り付けられる【父の日】の広告も、見るたびに俺は吐き気を催していた。
だって、考えてもみろよ?
こっちは産んでくれなんて、一度たりとも頼んでねーんだぜ?
なにも願ってもないのに、勝手にこの世に産み落としたのはどっちだ。
というか、俺なんてアイツらがいっときの快楽に身を任せて誕生しただけの、単なる絞りカスじゃねーか。
お粗末なゴミクズだ。生きていることになんら意味も見出していない、周囲に迷惑をかけてしかいない最底辺な人間が俺だ。
『お前の人生はお前が好きに生きろ』と人は言う。なら、俺も好き勝手に生きてやる。つーか、ニートの原因って基本的に親の育て方に原因があるらしいな。
だったら、親の脛をかじってなにが悪い。
「……」
……ま、そんな愚痴は今は関係ないか。ここは異世界だし!
どうせ奴らと会うことはないだろうから、気にせず楽しくやりゃいい。【派遣勇者】だなんて労働はご免だけどな!
「どうかしたウホか? 暗い顔をして」
「え? あ、いや……大丈夫です!」
ゴリラ相手に気を遣わせてしまった自分が酷く腹ただしい。
「ちなみにゴリ……あなたはなんて名前なんですか?」
「ボクか? ボクはーー」
ゴリラが足を止めてこっちを見る。
カッコよく自己紹介をしているつもりなのか、グッと親指を突き立てた。
「【エドワード・ディエーゴ・サンチェスター・アドノルフ・フランスシコ・アバンソワール・ディエーゴ・デ・ラ・マーダー・パシフィスコ・クリール・ディエーゴ・シロ・ゴリーラ・サンセイ】だウホ!!」
「…………」
……ピ◯ソの洗礼名かな?
※ ※ ※ ※ ※
「……名前長いんですね」
「そうなんだウホよ……」
ゴリラと共に森の中を進んでいる。随分と歩いたからか、日が暮れてきている。
異世界でも昼夜の移り変わりがあるらしい。
地球とそんなに変わりないんだな。
「なにかィィ呼び方があればィィんだけどウホなぁ〜」
ゴリラが枝を踏みながらぼやいた。
名前か。
「さっきなんて言いましたっけ?」
「名前かウホ? 【エドワード・ディエーゴ・サンチェスター・アドノルフ・フランスシコ・アバンソワール・ディエーゴ……」
「いやいや、全部は言わなくていいです! 大体わかりましたから」
よくこんな長っがい名前覚えられるな。あと『ディエーゴ』は何回出てくるんだよ。
「ええっと、簡単に呼ぶのなら」
ゴリラに向けて、俺は人間族の知能を見せつける。
俺とお前との格の違いってやつを見せてやる!
「最初の【エドワード】とかでいいじゃないですか? それなら簡単ですよ」
的確な助言を送る。
なんて頭のいい指摘なんだろうか。頭文字を取ればいいだけって。我ながら天才的な発想である。
……ごめんなさい、調子に乗りました。
「エドワード……」
「そうです。カッコよくないですか?」
「エドワード! 最高ウホ! なんていい名前かウホ! エドワード! 五文字!! 五文字は最高だウホ!!」
白ゴリラこと、エドワードがはしゃぐ。
そんなにも嬉しかったのか、ドラミングを行なっていた。
太い腕で胸筋を叩いている。
「今日は最高の日だウホーーーーー!!」
おまけに雄叫びまで上げていた。
うるさい。
苦笑しながら、エドワードを眺める俺。いつもなら嘲笑を浮かべているところではあるがーー不思議と悪い気はしなかった。
「この出会ィに感謝だウホ。えっと、君は」
「……ハセ・カケルです」
「あ、そうそう。カケルくんだ。ありがとウホ!!」
俺の名は覚えてねぇのかよ!!!!!!
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